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お孫さま、冒険者ギルド体験 解体処理場

 ギルドの建物の裏手に、解体処理場はあった。

 通路を挟んで別棟といったところだ。中も外も町工場を思わせる。高い天井には鎖の付いたフック、壁際に台車が数台並ぶ。極力柱を排除した、だだっ広い内部。

「揚羽屋さんからの解体依頼って、なんだい形のまんま仕入れなさったのかい?」

 奥から出てきたのは長靴にエプロン姿の職人然とした男だ。

「仕入れたんじゃありませんよ」

 信吉は顔馴染みらしく、挨拶もなく話を進めていく。

「じゃあまたお抱え冒険者の誰かが仕留めたか」

「冒険者じゃなくて、うちの若旦那さまです」

「若旦那? 揚羽屋の旦那にそんな倅居たか?」

「いえ、うちの旦那じゃありませんよ。大旦那さまの、お孫さまで」

 話は続いていたが初めて来た場所が物珍しくてあちこち見て回っていた。



「すごいですねぇ、上から吊したりもするんですか?」

 フックを指差しサイラスに訊く。

「えぇ、魔物によっては吊さなければさばけない場合もございます」

 アンコウの吊し切りや豚の解体を映像で見たことがある。

「牛や猪は吊しますか?」

「いえ、そういった四つ足の類は基本的に下に置きます。吊すのは主に、蛇などの細くて長い魔物です」

「へぇ……あれに吊すぐらいだから大きな蛇なんでしょうねぇ」



「……あの役者みてぇな優男が?」

「一頭だけ確認しましたが間違いなくステップバイソンでした、それもほぼ無傷」

「無傷ってこたねぇだろ。いや、あの優男が無傷っぽいのは見てわかるが」

「お言葉を。うちの、大旦那さまの、お孫さまです」

「………………悪ぃ」



 信吉と馴染みの職人の会話は続いている。

「護衛の合間に、鍛錬も兼ねて魔物討伐をすることもございまして」

 サイラスにお抱え冒険者の意味を訊いていた。

「冒険者の方にはお休みはないんですか?」

「ございますよ? 私のように契約している者でなければ強制依頼でもない限りは自分の都合で休めます。私は揚羽屋の従業員と同じ福利厚生が約束されておりますから、週に二日は休みます」

 契約している先によって条件は異なるらしいが揚羽屋は破格だそうで、固定給に加えて歩合もあるそうだ。但し、固定給を保証しているのだから休日は体調管理や休養が義務付けられている。休日に勝手に依頼を受けて魔物討伐に出掛けて怪我をしました、では契約している意味がないとのことだ。休日以外の日に揚羽屋で護衛やら物資調達やら冒険者の仕事が無い場合には言伝ひとつで魔物討伐に出掛けてもいいそうだ。倒した魔物は店に卸すのもルール。信吉が慣れているわけだ。

 話していると、エプロンをしていない男が入ってきた。職人がギルドマスターと呼んでいる。サイラスによればここの責任者らしい。ギルドというのは国も大陸も跨ぐ大きな組織とのことだ、彼はプレリアトでの責任者、支店長のようなものか。ギルドマスターというよりギルド長の方が自分にはわかりやすいかもしれない。

 ギルド長はこちらを一瞥し、信吉に声を掛けた。

「ステップバイソン三体と、ワイルドボアと聞いたが」

「えぇ。さようで」

「冗談じゃないんだな」

「そんな豆銭にもならないような冗談言いませんよ。ところでなんでまたわざわざギルドマスターがお出ましに?」

 信吉の言葉にやや険がある。

 職人とはいい関係を築いているようだがギルド長とはそうでもないようだ。

 何故かギルド長の目がこちらに向けられる。

「若旦那さま、早速お出しいただいてもよろしゅうございますか?」

 ギルド長がなにか言おうとしたが信吉が遮った。

「いいですよ」

「では、まず青から」

「どの辺りに出そうか」

 信吉が職人を見遣る。

「全部で四体あるって聞いているから、奥の左側に頼む」

「はい。では」

 指定された場所へ、青の牛っぽいものを出す。床すれすれ、高さを出さないよう気を付けたがずしんと響いた。もっと慎重に、ソフトランディングを心掛けねば。

「続けて出していきますね」

「ま、待ってくれ!」

 ギルド長に止められた。信吉や職人、サイラスもぽかんとしていた。

「場所、違いました?」

「いやそうじゃなくて、失礼、アイテムボックスの魔法をお使いになったことにも驚きましたが、今のはいったい」

「ああいう出し方はだめでした? 死骸を傷めちゃうかな? 次はもう少し優しく着地させるつもりではいます」

 職人の方は出された死骸の方に興味があるらしく近付いて見ていた。

「血が乾いていない、今仕留められたばかりみてぇだ……」

「そうではなくて!」

 ギルド長はまだ言い募る。

「何故あの場所に出たのかです! 目の前に出るのではなくあそこへ移動するでもなく」

「出す場所をあそこに指定しただけですが」

 ギルド長は固まり、職人は振り返って目を見開き、信吉は天を仰ぎ、サイラスは口を開けたまま信吉を自分とを見比べる。

「あー……今の出し方は、一般的ではないということですね」

 やらかしたことに気付いた。そうか、アイテムボックスの魔法というのは、ただ目の前に物質を出現させる。自分がしているのは揚羽屋文庫で出来てしまった物質転移との複合技になってしまう。転移の魔法が確立されていない以上、不可能だ。これは、自分が不用意だった。物質を任意の場所に展開出来るのは危険だ。要人の歩む先に刃を出す、ダイレクトに心臓に突き立てることも可能だ。口や鼻の周りに毒を散布するだけでもいい。出来てはいけない出し方だった。

 一瞬で考えた。

 ここは誤魔化すしかない。どうやら牛っぽいものや猪っぽいものは、わりと強い魔物らしい。斃した話をしただけでトーマスが気絶するくらいだ。

 よし、と小さく拳を握り。

「ま、見なかったことにしてくださいな」

 殊更、軽く言った。

「え?」

 案の定、全員きょとんとした。

「さあどんどん出しますね。次は右奥、次左手前、といった感じでいいですかね」

 ソフトランディングを心掛けて赤、茶、猪っぽいものと出していく。

「青と赤でも驚いたけど、茶のデカさなんだよこれ……」

 職人はやはり職人だ、目の前に出された魔物の方に興味を持ってくれた。

「いつ頃取りに伺えばよろしいんで?」

 信吉はこの隙に我を取り戻してくれたがあとで説教くらいあるかもしれない。

「傷も出血も最小限、一瞬で命を刈り取り余計な苦痛を与えていない手際。本当にお見事の一言に尽きます」

「いただきものですが、かなりの業物のようでして」

「ご謙遜を。使う者に技術がなければ、どれほど優れた武器を持ってもなまくらにしかなりません」

 信吉が調子を取り戻せばサイラスも復帰する。苦痛を与えていない手際という、魔物討伐のプロらしい目線で見てもらえた。

「耳から血が出てるだけ、傷は見当たらねぇ。一撃で仕留めたってのは本当だったんだな……」

「ちょっと、見惚れていないで。いつ来りゃいいんです」

「悪い。そうだな、急ぐか?」

 こちらへ向けられる真摯な眼差しに、いいえと応えた。

「特には急いではおりません」

「これだけきれいなもんにはそうそう出会えねぇ。新人共の教材にしたい。解体はきっちりやるから時間を掛けてやらせてもらえねぇか。こんだけの死体なら最初の工程から説明してやれる。解体だけは今日中にして、明日明後日で素材の下処理、三日後には全部終わらせる」

 本来なら一体につき数十分から数時間。幅があるのは損傷の度合いによるそうで損傷が少なければそれだけ大事に、丁寧に処理をするから時間が掛かるとのこと。まず原型を留めているのはめずらしく、更に傷が少ないと価値が跳ねあがる。一刀両断、なんてされてしまうと素材として使う部分をだめにしてしまうことが少なくないとか。だが命懸けの討伐で素材の質云々をいえるのは相当な手練れだけだと。

「かまいませんよ」

「教材にするなら依頼料は勉強してくださいよ?」

 応じると信吉がすかさず交渉に入った。

「しっかりしてやがる。勿論割り引いとくさ」

「あ? あ! また勝手に割引の約束を!」

 ギルド長は今頃我に返ったようだが話はもう職人と信吉の間で済んでいた。

「若旦那さま。これらの牛と猪は、いずれも食用して大変優秀な肉でございます。すべて店にいただけるとのことですが、肉は少しお持ちになりませんか?」

 かなりの高級肉らしい。A5ランクとかそういうのだろうか。

「へぇ、なら少しいただこうかな」

「この巨体ですからね、美味いところをしっかり、うちの目利きに見せますよ!」

 信吉はただ生き物を可愛がるだけでなく命をいただくということに敬意を払える性格らしい。

「じゃあ帰りにスパイスとか買っておこう。何があるかねぇ」

「え? ご自身でお料理なさるんで?」

「毎日じゃないけれどね。あ、もしかして、魔物の肉は扱いが難しかったりするのかな?」

「解体作業にはそういった処理も含まれてますから、普通の牛や豚と同様で大丈夫ですがね……あ、そうか、今までは静かなところでお暮らしなんでしたね」

 元辺境暮らしで納得された。

「あと、さすがに全部いただいちまうには額が過ぎます。一番最初に仕留められた青以外はうちでの買取とさせてくださいませ」

「いいのに」

「そういうわけにはまいりませんよ。青だけでも普通で金五百はしやす。ここまで状態がよけりゃあ更に二割か三割、いや皮も無傷で骨も臓物もほぼ使える、五割は上乗せかな。どうかここはわかってくださいまし」

 ならせめて解体費用はちゃんと差し引いてくれるよう頼んだ。

 更に、初めて仕留めた魔物ということで青の毛皮と角は重郎に記念として送ってくれるそうだ。軽くて丈夫、高級品でもあるとのことでコートやマントにするのが多いらしい。矍鑠としていても、重郎はとうに古希を迎えもうじき喜寿だ。軽くて格も申し分ないのならなにかに使ってもらえるか。

「うちにも少し融通してくれないか」

 ギルド長が一歩近付いてきた。すかさずサイラスが庇うように割り込んでくる。警戒しているのだろうか。ギルドの責任者なのに。

「その辺りの交渉は私には出来ません、信吉さんにお願いします」

 サイラス越しに返事だけしておいた。

「ギルドマスター、毎度あり」

 信吉はにやりと笑う。

「くっ……」

 忌々しげに信吉を睨むギルド長、やはりあまりよい関係ではなさそうだ。

「割引するんだから少しくらいは」

「若旦那は冒険者じゃございません。解体手数料は冒険者の二割増しだ、勉強してもらったところで知れてます」

 サイラスによると冒険者は解体手数料が優遇され、素材の買取金額はやや上乗せされるからその分魔物を狩って持ち込めということらしい。寧ろ、冒険者以外でも解体を受け付けてもらえることに驚いた。冒険者以外では農地や牧場に出た魔物を農家や従業員が駆除して持ち込むケースや、村や集落単位で討伐して収益にというケースもあるそうだ。簡単にいえば冒険者が会員料金、それ以外が一般料金か。

「あぁ、若旦那を勧誘しようっても無駄ですし、無理ですよ。うちの大旦那さまを説得出来るんならどうぞ」

「っ……」

 ギルド長が言葉に詰まっている。そりゃそうだ。

「信吉さん、冗談が過ぎるよ。私なんてただ物見遊山にふらついて、放蕩しているだけのしがない旅人だ。冒険者なんて務まりっこないよ」

「………………」

「………………」

 何故か、微妙な間があった。

「これ、若旦那、真面目に言ってますからね」











 三日後の約束をしてギルドをあとにした。

 最後までギルド長が声を掛けてこようとしていたが、その度に信吉かサイラスが間に入って遮っていた。なんだったのだろう。



「責任者のひと、なにか言いたいみたいだったけどよかったのかい?」

 帰り道、歩きながら訊いてみた。

「お気になさらず。あれは世慣れぬ若旦那に付け込もうとしただけです」

 首を傾げるとサイラスが説明してくれた。

「若旦那さまに自分が担当するギルドで冒険者として登録させて、せめて名前だけでも繋ぎたかったのですよ」

 なるほど、揚羽屋の名前が登録名に欲しかったのか。これは気を付けねば。

「更に凄腕ときたもんだからあわよくば都合よく使おうって魂胆もありましたね、あれは」

 信吉は本当にギルド長とは合わないようだ。

「いいですか、どこかで会っても自己紹介とかそういうの不要でございますから。名乗りあっただけで自慢する奴ですよ、あれは!」

 サイラスがこっそり教えてくれた。

 今日絡んできたあの酔っ払いが店まで文句を言いに来た時、いつ暴力事件に発展してもおかしくない状況にすぐさま信吉はギルドへ走り助けを求めたがギルド長は商人如きがと言ってまともに取り合ってくれず、その間に店の一部が破壊された。怒ったトーマスはかっちり衛兵に通報した。あの酔っ払いが賠償金を支払うことで一応は片付けたが信吉が助けを求めた時点でギルドが動いていればもう少し穏便に済んだ筈だと。暴れる冒険者に恐怖を感じた従業員も居たそうだ。だから用心と、抗議の意思表明も兼ねてギルドへ行くだけのことにサイラスが付くようになった。

「先代のギルドマスターは街のことをしっかりと考えるおひとだったんですがね、今のはどうにも、てめぇの管理下でどれだけ利益を出すかしか考えてねぇ。冒険者以外見下してんのが透けて見えるんですよ」

「だから信吉さんは解体職人さんと直接遣り取りをしてるんだね」

「えぇ、他の方は別に、前と変わりませんからね」

「今後もこうしたことはあるかもしれない。少なくとも私はどこかのギルドに登録する必要はありませんし、また魔物と遭遇して斃したとしてもその土地の揚羽屋に助けを求めますよ」

「えぇ! えぇ! 是非に!」



四つ足系もジビエでは吊して解体するようですが、

今回の牛や豚は重過ぎて吊しません。

吊すにしてもさばく時に足をあげさせるとかそういう使い方かなとか。

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