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ここを野営地とする プレリア共和国草原編 2

少しばかり戦闘の描写があります。

えぇ、お孫さま、初めてのエンカウントです。

 神からの天幕は一人で使うには贅沢なものだった。野営とはいうがキャンプではなくグランピングだ。寝具は天蓋付きベッド、敷き詰められたタイルと猫足付きのバスタブが据えられる入浴設備、常に満ちたままの水瓶とコンロ代わりの魔法陣。今回は雨も降らず風も吹かずただ穏やかだったがこの天幕というか拡げた敷地内はそれら荒天の影響も受けないような気がする。敷地内は雨避けの領域と同じように大気以外は入ってこない。例外は滞在を認めた青藍だけ。






 誰に起こされるでもなく、アラームや電話で起こされるのでもなく。寝坊しても支障なく、早起きしても支障ない。とはいえいたずらに惰眠を貪っていられるほど心の余裕はない。この気忙しさが薄れればもう少しゆとりも生まれるだろうか。

 目が覚めた時点で起きた。水を飲み軽く湯を使って、青藍に新しい水を与える。厩から出してやれば自由に歩き回って草を食んでいた。

 風は爽やか、朝露がまだ残る。青藍は起きていたが少し早起きだったようだ。

「何時くらいだろうなぁ……」

 時間に追われることはないかと持ち物に時計は含めなかった。こちらでも機械式懐中時計ならあった、相当な高級品の筈だが街に戻ったら探してみようか。時間に追われなくても時間がわからないのは不便だ。一人になって、初めて気付く。

 少し身体を動かすか、と刀を持って敷地を出る。木刀もあるが真剣に慣れておきたい。

 鞘から抜き、振る。あくまで重さや動きの確認だ、振り抜く前に刀を留めるよう意識する。

 その存在には気付いていた。虫や小動物にまで反応すると面倒なので少し設定を甘く、焦点をぼやかして周囲を探っていた。勿論小さくとも攻撃性は拾うように。街の外では常時心掛けた方がいいかと試していたが正解だった。振り返れば居た。紺色の毛並みの、牛でいいのだろうか、牛にしては凶悪な面構だが。己の倍以上はある身の丈、一噛みで人体の胴なんてちぎれそうな口許に殺意と食欲にギラついた目。確か魔石が生じるのは心臓だからそれ以外の急所を。

 腱を断つ、だめだ、鯨の髭のようにバネ代わりに使っているかも。

 頭を砕く、だめだ、頭蓋骨を使うかも。剥製の需要があるなら外傷は避けたい。

 動脈を狙う、だめだ、魔物の構造を熟知していない。

 出来れば一思いに。出来れば役に立つように。命を絶つことになるなら無駄にはしたくない。

 ぐわ、と大きく口を開いて襲い掛かってきたので躱して、少し飛びあがり。

「よっ……と」

 手の中で刀を持ち替え、真横へ突くように刀を出した。耳から脳へ貫通した筈。

「耳の骨とか脳とかも使うんじゃなけりゃいいけれど」

 地響きをさせて紺色の牛っぽいものは倒れた。外傷は少ないとはいえ。打飼袋に死骸を入れるのは少々引ける。手を翳して片付けておいた。

 そうこうしている間に血の匂いに引き寄せられたか別の牛っぽいものが近付いていた。さっきと違って色は赤。こうもカラフルな動物が続くと青藍の青も違和感がなくなる。

 赤も同様にして斃し、その傍に居た大きな茶も斃す。その時には既に真後ろには同サイズの豚か、猪っぽいものが迫っていた。振り向きざま手を翳すことなく赤と茶を収め、牙を躱して耳の奥を突いた。貫いて、抜く前一度抉っておく。

「あ、しまった、豚って耳も使うんだっけ……?」

 沖縄料理では食材だった筈。ここではどうだろう。まあ三角の耳は原型を留めているから使うにしても平気だろう。

「それにしても、大きいなぁ……」

 横に倒れた状態でも自分の背を越える高さだ。収納して、懐から揚羽札を出す。今度は失敗しないよう、声を出さずに。

『信吉さんを呼んでおくれ』

 すぐに反応があった。



『おはようございます、若旦那。信吉でございます……っとこれでいいのかな』

『通じているよ、信吉さん。おはよう、早くに悪いね。今平気だろうか?』

『おぉ、よかった、ってこれも伝わっちまうのか、慣れなきゃな。えっと、朝礼も終わりましたところで平気でございますよ? いかがなさいましたか』

 念話に慣れない信吉の言葉が流れてくる。裏表のない人柄がよくわかる。

『ちょっと聞きたいことがあってね、草原で野営をしてたんだけれど』

『えっ? 草原で野営!? ご、ご無事でございますか! どちらの宿に入ったとも聞かねぇもんだからお捜しするか迷ったんですよ! まさか野営だなんて、』

『? えぇ、馬も私も無事ですよ。それで、朝の鍛錬中に大きな牛みたいなものと遭遇して』

『、ど、どのような』

『紺に近い色合いの短い毛で頭から背筋には同色のたてがみ、身の丈は私の倍以上あるかな? 角は左右に開いた……』

『ブルーステップバイソンです!』

 漢字にすれば青草原野牛といったところか。ステップと聞くとついダンスの方を連想するがスペルが違う。草原や野原を意味する筈。

『今の情報だけで同定出来るほどよくみる牛なんだね』

『違います危険種です! 特に青は勝ち気で、いえ赤の獰猛さよりはマシですが』

『赤も居ました』

『えぇっ! よ、よく逃げられましたね……』

『青いのと赤いのと茶色いのと、あと同じくらいの大きさの猪のようなのが居て』

『ジャイアントワイルドボアだ……』

『昨日のお礼になるかと思ったんだけどどこを素材として取るのかわからなくて。そのまま渡してしまっていいものかな?』

『え? あ、あの、若旦那? お逃げになったのでは……』

『仕留めました』



『………………すみません、ちょっと、旦那さまに、あの通話の魔力は』

『平気ですよ、でもうまく切り替えられるかな』

 途中から通話に切り替えられるだろうか。だめなら掛け直せばいいか。

「これでどうかな?」

『あ、いけます。もう一度、さっきのお話を……』

「青色と赤色と茶色の大きな牛と、すごい牙の猪をさっき仕留めました。馬のことでもお世話になりましたし、ささやかながら御礼になればと思って。ですが私ではどこを素材として活用するのかわからず血抜きや解体が出来ずそのままなんです。大きさが大きさだけにそちらへ持ち込む前にお伺いした方がいいかと思って」

 どたん、と物音。

『旦那さま! お気を確かに! 旦那さまー!』

「あれ?」


お孫さま、青藍の好きに走らせたので実はわりかし草原地帯の奥までいっちゃってます。


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