ここを野営地とする プレリア共和国草原編
野営地の読み方は、(以下略
街を出る前に香りに惹かれてパン屋に寄った。コンフィチュールを買ったのだし昼に食べてもいいかと思って購入した。あちらでもそうだったがああいう店はつい色々と買いすぎてしまう。カンパーニュ、バゲット、ロデヴ、クロワッサン。まあ打飼袋なり魔法で収納してしまうなりすれば黴びることもない。素人の目で野草を見分けるのは難しいから野菜もいくつかと、生ハムとチーズも買い込む。楽しい、朝市のような雰囲気で直に品物を選んで買う。魔物だから必要かわからないが一応青藍用の塩も買っておく。全部で金一枚程度の出費だった。路銀調達のあてもないままではあるが必要な支出ということにしておこう。
簡単なサンドイッチが作れるだけの材料を打飼袋へ収めて街の外へ出た。通行に必要な身分証代わりにもなる揚羽札、その点だけでも揚羽屋が世界に及ぼす影響の大きさを実感する。国境すら越えられる、パスポートを自前で発行出来てしまう、一国が行うレベルと同じ保証。少し恐ろしい。
街道を少し行けば草原が広がっていた。
「気持ちいいねぇ」
青藍に話し掛けると同意するようにふんすと鼻息。ぽっくぽっくと道を行く。
「ピクニック気分だなぁ」
青い空、緑の草原、遠くに森、心地よい風、馬の背に揺られて進む。
「そろそろいいかな」
街道をしばらく進むと誰とも会わなくなった。街に近いとやはり人通りが多い、このくらい空いていれば走らせてもいいだろう。
「好きにお走り」
青嵐は嬉しそうに足を速めた。牧場で走ったのなんてほんの駆け足。自分が風の中に溶け込んだように感じた。
気付けば昼を過ぎていて、このまま自然の中に居たいと思って、野営することにした。よさげな場所を探して天幕を張る。打飼袋から野営セットを拡げれば自動で設置される、キャンプで使う一人用テントのような簡単なものではなく、遊牧民が使う移動式住居のようなものだ。
「厩もあってよかったよ」
天幕の外で繋ぎっぱなしになるかと思ったが大きな天幕には厩として使えそうな仕切られた場所があった。馬の入手を見越されていたのか、水桶やら飼い葉桶やら敷き藁やらも備わっていた。餌はその辺の草を勝手に食べていたから自由にさせ、せめて水だけは新鮮なものをとたっぷり桶に満たしておいた。
天幕の外には焚き火、実は天幕の中に火の魔法を持つ魔法陣があったがやっぱりなんとなく野営といったら火を焚いてしまう。勿論焚き火をする場所は地面よりも少し掘り込んである。焼きが入って土が固まってそう簡単に崩せないくらいカッチカチになった。
ロデヴとハムを少し囓って昼食とした。天幕のキッチンには調理道具や食器類が備えられている。パンを切る刃物を用意していなかったのは迂闊だったが事なきを得た。しかしコンフィチュールの他に茶葉も買っておけばよかった。白湯を飲む。
脚絆はそのままだが笠と手甲を外した状態で天幕の付近を歩く。こんな風に草を踏む感触はいつぶりだろう。ロケ以外でと考えると、哀しいかな記憶にない。
「すごいな」
口から素朴に出た。散歩、なにもしなくていい時間、なんと贅沢だろう。
茂みに鮮やかな赤い粒を見つける、野苺だ。棘がぴしっと立っていて野生らしい猛々しさを感じた。
「安全に食べられるものとそれ以外とを見分けられたらいいんだけど」
そう呟いた途端、指先で掬うように触れていた野苺は微かに金色の粒子を周りの空間に漂わせ始めた。
「え?」
ゆっくりと、周囲を見る。金の粒子を纏うのは野苺だけではなかった。木の実、樹木の葉、草花、茎、根。目を凝らせば粒子がわかる。
自分が光の粒を纏うのはこんな感じだろうか、と思いつつ野苺を一粒摘んだ。
水で濯ぎ、口へ放り込む。
「っ」
かなり酸っぱい。だが甘みもあるし、これだけ酸っぱいのだからビタミンも豊富だろう。
よく似た葉でも金の粒子を纏うものとそうでないものとがある。粒子を纏う方は肉厚で、香りもいい。そうでない方は葉の表面がややかさつき、香りもあまり。
「葉っぱの食べ方なんてわからないけど……」
粒子を纏う葉を一枚、軸を指先で縒るようにしてくるくると回していると青藍が来てぱくりと食べた。なるほど、青藍のおやつだったか。
両手に盛るくらいに摘んで飼い葉桶に入れておく。ついでに、ニンジンも数本。美味そうに食べる青藍に今日の移動はないことだしと馬具を外してブラシを掛けて濡らした手拭いで身体を拭いてやる。
白湯を飲み、炎の揺らぎをぼんやりと眺めながら過ごした。黄昏に染まる草原、徐々に迫る夜の闇。
「………………珈琲くらいは飲めるようにしたいな」
採取出来るオブジェクトの輪郭が光るエフェクト的なあれです