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お孫さま、お夕飯

 還俗した元聖職者の子、それはつまり還俗して男女の別を選んだということか。これから先もそうしたひとに会うかもしれない。頭の隅に置いておこう。

 食事の給仕はセルジュが行った。

「簡単なコースとさせていただきました」

 土地の酒、馴染み深い魚料理と肉料理、野菜で構成したコースらしい。






「まずは食前酒を。プレリアの名産品のひとつ、カシスを使用したキールでございます」

 しっかり冷やされたグラスに鮮やかな赤が収まっている。

「プレリアではベリー類の栽培が盛んで、野生種も豊富なことから様々に加工され重要な輸出品のひとつでもあります」

 合わせた白ワインの酸味がクレーム・ド・カシスの甘さに利いて、すっきりしている。



 アミューズは硝子の器にそっと置かれた銀の匙、ワンスプーンで提供される。

「森キノコのムースでございます、キノコのソテー、ジュレとご一緒に」

 小さめに刻まれたキノコのソテーはなにかのソースを纏っているのか艶やかだ。ジュレはコンソメか、透き通った黄金色をしている。匙の上で作られた小山の中にムースが居た。



「前菜に使用したモッツァレラは他国では少々値が張ることもございますが、ここプレリアでは庶民にも親しまれるチーズでございます」

 指先で摘まめそうな小ささのモッツァレラ、それに合わせて細長くカットされた生ハム、モッツァレラと同じサイズに刻まれたトマト、バジルが散らされ、上から何本か筋を描いてオイルが垂らされる。白とピンクと赤、鮮烈な緑、一人暮らしの夕食ならこれをたくさん食べるだけで終われそうだ。粗めの黒胡椒がアクセントになっている。



「豆のポタージュです。ヤマトから未成熟の大豆の食べ方が伝わって以来、様々な形でプレリアでも口にするようになりました」

 枝豆のスープだ。茹でて食べてしまうことが多いがこういう一皿になると、また趣が違う。

 簡単なコースというわりにはわりとかっちり出てきているので一応訊いてみた。

このあと魚、間にソルベを挟んで肉、デセールと続くらしい。肉が二種類出なくてよかった。



「殻ごと焼いたエビのサラダ仕立てでございます。脱皮直後のエビを使用しております」

 テナガエビに似たエビを、川で捕って脱皮を待つそうだ。まだ柔い殻もそのまま食べる。味付けはシンプルに塩だけだがその塩がまた美味い。下処理が丁寧なのか臭みはなかった。添えられたたっぷりの野菜、草原で採取する野草をアクセントに様々な緑が鮮やかだ。ルッコラ、チコリー、ロメインレタス、似ているだけの別の野菜かもしれないが味も食感も同じだ。細く紛れる赤いものは赤カブと、ニンジンだろうか。エビに合わせて白ワインが提供される。プレリア共和国の北東に葡萄の産地があるらしい。



「森林檎のグラニテです」

 口直しとして少量のソルベ。甘みと酸味がしっかりした林檎味だ。



「牛ほほ肉の煮込みでございます。プレリアの伝統的な郷土料理の代表格です」

 平らな皿に洒落た盛り付けで提供されたが郷土料理として食べられる時は深さのある器を使うそうだ。

「本日はワインだけでなくクレーム・ド・カシスも加えて煮込んでおります」

 アルコールで煮込んでいるのにくどさがなく口の中でとろけるように消えていく。



「プレリアでは牧畜も盛んでございます。デセールはシンプルにチーズを味わっていただきたくご用意しました」

 上の面にだけ仄かな焼き色がついたチーズケーキ。ベリーのソースでケーキには触れない位置に模様が描かれている。



 珈琲が出され、食後酒を訊かれる。

「少しだけもらおうかな」

 提供されたのは淡い色合いのマール、葡萄を搾ったあと作られるブランデーだ。

「本日の食材は、すべてプレリア共和国産で揃えました」

「無理を言ってしまったみたいだね」

「こういうオーダーはやる気が出る、と料理長は喜んでおりましたよ」

 日が暮れる頃に部屋に入った、すっかり夜だ。当たり前だが日本の夜より暗い。ぽつりぽつりと街灯があるだけだ。プレリアトが比較的治安もいい、大都市である証拠でもある。

「なにかお持ちしましょうか?」

 追加の酒や肴を訊かれる。

「いえ、十分いただきました。ありがとう、ごちそうさま」

 還俗した親御さんのことを訊いてみたくもあったが、職業倫理を持ち出して一線引かせたのだからやめておこう。

 あとはひとりでいいと伝える。

「お心のままに。お寛ぎの間にターンダウンだけさせていただきます」

「ありがとう」

 フットスローを外しベッドを就寝時仕様にするサービスだがまさか行われているとは。コース全体を見ても本当にあちらと文化が似ている。



 一礼してセルジュが出ていったあと。グラスを片手にソファへ尻を沈める。

「はぁ……」

 ぼんやり、手が届きそうもない高い天井へ溜め息を吐く。

 スターシアのことは、もう少し時間を経てから考えよう。それまでにたくさんのものを見る。土地、気候、街、ひと。こちらを知り初めたばかりの自分に、どんな判断が下せる。インストールした知識は知識でしかなく、経験ではない。

 まずは、出来ること。

 外へ出て、こちらを知って。それからだ。


こういう食べ物系は頻繁に書くと自分が飽きるので気が向いた時に出てきます

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