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お孫さま、宿レクチャー

 木の蓋で隠されている小さな覗き窓から確認、スタッフのようだ。鍵を開ける。

「こちらの部屋を専任で担当させていただきます、セルジュと申します」

 押していたワゴンを止め、男が胸に手を当て挨拶してくる。歳は重郎と信次の間くらいか。きれいに項で刈り揃えたアッシュブロンドに銀縁の眼鏡、ヴェテランの雰囲気を漂わせるバトラーらしいバトラーだ。その後ろには小間使いらしき少年も控えていた。

「アルコールの方がよろしければご用意致しますが」

「紅茶ですか?」

「はい」

「ならそれで。あぁ、砂糖はなくていいです。他は茶葉に合わせてください」

 ミルクやレモンが用意されているのを見て付け加えておいた。

「畏まりました」

 用意されている間にソファへ座る。

 考えてみればこうして一人で落ち着けるのはこちらに来て初めてかもしれない。勿論揚羽屋本店ではよくしてもらった。だが完全に一人になれることはなかった。常に重郎の庇護があり、お孫さまとして見られた。だがホテルのスタッフは違う、束の間もてなす相手として自分を見るが、そこで終わりだ。信吉の紹介なのだから揚羽屋の系列だろうが値段相応、ここのスタッフはホテルマンとしての文化があり教育がされている。日常と非日常の塩梅を心得ている。

「こちらの茶葉はストレートが好まれます、このままどうぞ」

 銀のトレイの上からソーサーを取る。

「………………いい香りだね」

「恐れ入ります」

 ひとくち、含む。ダージリンに近い味わいだ。ほう、と息を吐く。

「お疲れでございますか?」

「無理をしているつもりはないんだけどね」

 目を合わせない軽い会話が心地いい。

「ご滞在中はどうかごゆるりと」

「ありがとう」

「お食事はいつ頃お持ちすれば」

 特に空腹を感じているわけではない、いつでもいいがここは指定するのが客だ。

「一時間後は可能ですか?」

「勿論」

「ではそれで」

 そこからは淡々と。

「プレリアの郷土料理では肉を使います」

「今日馬を見てきたところなのでそれ以外を」

「代表的なワインがございます、お料理に合わせてご用意してもよろしゅうございますか?」

「えぇ」

 心地よくオーダーを片付けてくれる。

 セルジュは聞こえない程度の声で少年に言付け、少年は一礼して部屋を出た。

「他にお役に立てることはございますか?」

「そうだねぇ……あぁ、少し教えてもらいたいだけど」

「はい、なんなりと」

「私は物知らずでねぇ、自分で宿を取ったことがないんだ。それでも、この部屋やあなたのようなバトラーがスタンダードだとは思わない。今日は信吉さんが紹介をしてくれたけどいつまでもどこでも誰かに頼るわけにはいかない。宿の客としては妙な話だろうが、私に宿の取り方を教えてくれないかな」

 セルジュはレンズの向こうで二度ほど瞬きを繰り返した。

「そんなに意外なリクエストだったかな?」

「いえ、失礼致しました。お部屋でのご様子が慣れていらっしゃったので」

「そりゃ、部屋で過ごすのはね」

「……なるほど。部屋をお取りになる方法、でございましたね」

 そこから、セルジュは宿のグレードから教えてくれた。






 素泊まりの雑魚寝が最低ランク、寝具もなく風呂もない、大抵の場合酒場が併設され食事はそこでする。宿泊客同士でのいざこざはすべて自己責任だが屋根と壁があるだけ、街の外で野宿するよりはずっとマシだ。プレリアトではそれでも、一泊銀二枚から。設備に応じて価格は変動する。

「田舎の方ですと農夫も使いますので銀一枚のところもございます。それより安いところは別の方法で利益を得ていると見ていいです。どうか近付かれませぬよう」

 追い剥ぎ同然、宿泊客から色々巻き上げるということか。

「テナルディエの宿みたいだ」

「そういった宿をご存知で?」

「物語でね」

 覗いてみたい気もするが、衛生面で不安があるので言われた通りやめておこう。

 次に安いのはドミトリータイプ。寝具がある分雑魚寝よりはマシだが相部屋だ、やはり客同士のトラブルは多い。風呂はない。大都市では銀五枚くらいのところもあるが相場は銀三枚くらい。

「ただ、銀を五枚出すのでしたらもう少し上乗せして個室が取る方が安全です」

 銀六枚くらいからベッドと小さな椅子が置ける程度の部屋が取れる。風呂はなく有料で湯を張った盥がもらえることもある。バスタブなしでシャワーブースだけがあるビジネスホテルのようだ。

「金一枚も出せば共同の入浴施設を持つ宿もございます」

 風呂付きの部屋がある宿は高級宿に分類され、金三枚は必要になる。そこからは広さや設備、サービス、立地から金額が上がっていく。

「獣舎を併設しているのもこのくらいの宿からです」

 騎乗用だけでなく、戦わせる目的で魔物を連れている者も居る。その場合獣舎があるところでないと泊まれない。大都市になると、客室よりも獣舎がメインという宿もある。感覚的にはアメリカのドラマで見掛けるモーテルだろうか。大型馬車も止められるくらい広いところは長距離運行する乗合馬車が野宿ではなくそういった宿を利用していることもあるとか。まるでバスツアーだ。

「うちにも獣舎はございます。ワイバーンまで対応可能です」

 まで、といわれてもよくわからないがかなりの大型車も入ると考えればいいか。

「金一枚程度までの宿は大抵部屋に入る前、受付をした段階で支払いが生じます。早朝抜け出して宿泊料を踏み倒されないようにです」

 それ以上の宿は信用がものをいう。大抵口座決済の手続きを最初にするそうだ。

「お客さまには是非とも、うちと同格の宿にお泊まりいただきたく思います。正直金三枚より安い宿はお勧め出来かねます」

「おや、どうして?」

 自分一人ならビジネスホテルでいいかと思ったが。

「僭越ながら申し上げます。お持ちの道具もお召しものも超が付く一級品、それにお客さまは大変、お美しくていらっしゃる。よからぬことを考える者には金銭目的だけでなくお客さまご自身を穢したり我が物にせんと画策する者も出るでしょう。ご身分を明かして動かれるわけではないのでしたらどうか罪人を生まぬ慈悲として安宿にはお立ち寄りなさいませぬよう」

「………………その口振り」

「申し訳ございません。私の親が還俗した元聖職者です、以降は一スタッフとして控えますのでご容赦を」

 まさかそちらがばれることがあるとは思わなかった。

「気付いたのはいつ?」

「ロビーで揚羽屋手代とお話をなさっておられるところ偶然。咄嗟に膝をつくのをこらえました」

 瞑想の時間を増やしてもう少しコントロールを高めた方がよさそうだ。

「私は本当にはた迷惑な存在だね、悪かったよ」

「いえ、そんな。お泊まりいただけるなんて、光栄で」

 本当はスイートに通したかったがさすがに目立つと思い留まってくれたらしい。

「安宿には近付かないよ。今日、騎乗用の馬も買ったしね」

 セルジュは本当に安心したかのように小さく微笑んだ。

「以降は別の者に変わりましょう」

「支障がないならセルジュさんのままで大丈夫ですよ」

「……よろしいのですか?」

「普段通りの応対を貫ける方だと思ってますから」

「ありがとうございます……」


ホテル部分書いてると何の話書いてるのか忘れそうになりました。楽しい。

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