お孫さま、足を手に入れる
信吉のリクエストで部門長を先頭に、牧場の奥へと進む。
「馬鹿みたいに魔力を取られるって聞きましたが、お身体の方は……?」
「まったく平気ですよ。私はひとより多いそうなので」
微笑んで誤魔化しておく。
自分が重郎の弟の孫で、正式に重郎本人の孫として迎え入れられたことは通達で広まっているが教会が探していた神託の人物とは知られていない筈。誤魔化すより他ない。
「ご紹介したい馬は、値は張りますが足は確かです。見た目も勇壮で、頭もいい。こいつがお気に召さなくても、他にもいい馬は揃えております。ですが、まずは」
「信吉さんの一番のお勧めなんだね」
「あれはほんっと、惚れ惚れするような馬なんでございますがね、なにしろ……」
向かっている先から、ずしんずしんとなにやら音が響いている。
「部門長? もしや、暴れてるんじゃ……」
「ありゃ無理に言うこときかせようとしねぇ限りはおとなしい筈だが」
「部門長!」
牧場スタッフらしき女が血相を変えて走ってくる。
「五人がかりで引っ張ってますが、抑えられません!」
「なんだと!? 若旦那さま、信吉さん、すぐ戻って、ここは危ない!」
部門長が振り返って来た道を戻るよう言うや否や。
「ああああ!」
奥で派手な音がしたと思ったら五本の鎖を靡かせて馬がこちらに向かってきた。暴れ馬の進路上、だが不思議と危険を感じなかった。
「若旦那!」
信吉の悲鳴、自分の前に出ようとするので肩へ手を添え後ろへやった。
馬は前足を高く上げ、後ろ足で踏ん張って自分のすぐ前で止まった。前足が地におりるとずしんと重く響く。さっきの響きはこれか。
目を細めて鼻先を近付けてくるので軽く撫でてやった。
「お前、来るのはいいけれど世話してくれているひとを振り解いちゃいけないよ」
馬はすまなさそうにぶるるっと息を吐く。
「ご、ご無事で……」
勢いに弾き倒されていた部門長も起きあがっていた。
軽やかなステップで自分の周りを回る青い毛並みの立派な馬。いや立派すぎる、形こそ馬だが自分が知る馬とは少しスケールが違う。色のことなんて些細なことと思えるくらいに。
「こいつが、ご紹介したかった足でして……」
「馬にしては随分と立派な体格だけれど?」
「純粋な馬じゃございません。魔物の一種となります」
騎乗用の魔物としては飛竜に次ぐトップクラス。王族や将軍クラスが乗ることがほとんどで、それでも望めば乗れるわけではないとか。
「こいつは自分が認めない限り、引き綱を引かせることもさせません」
信吉が綱を掴もうとするが馬はひょいと首を動かし、躱してしまった。
「但し、主人と認めた相手には忠実です」
「ふーん……」
首の横を撫でつつ軽く叩いてやると馬は目を細めていた。
「グランドエクウスという種類でして、一頭飼えば三代乗れるといわれる丈夫な馬です。まあ二代目三代目が馬に認められるかは別の話ですが」
「あぁ、魔物でも馬で通すんだね」
「騎乗用ですからねぇ。こいつなら若旦那さまを五人乗せても軽々跳ねますよ」
手入れの行き届いた毛並みは艶やかで、光を反射して輝いてすらいる。
「馬といっても魔物ですから蹄鉄はいりやせん。喰わせて飲ませて休ませて、あとブラシを掛けてやるくらいで世話も済みます」
どうしたものか。
「お前、私と来るかい? 私の他にもう一人乗せることになるんだけれど」
馬はおとなしくじっと聞いている。
「もしかしたら馬車を牽いてもらうかもしれないよ?」
やはり馬はおとなしい。
「お前ほど立派な馬なら英雄みたいに勇ましいひとがいいんじゃないのかい?」
馬は抗議よろしく一度だけ嘶いた。
「うーん……信吉さん、この子、おいくらだろう?」
「部門長」
信吉も値段の把握はしていなかったようだ。部門長はなにやら書類を捲りながら汗を掻いている。さっき弾き飛ばされたこともあるから心配になったが思わぬ高額取引が簡単に進んでいて緊張しているだけだと言われた。
つまり、それだけこのグランドエクウスというのは高級馬だということ。一瞬、払えるか心配になったがその時は打飼袋にそっくりまるごと放り込んだ五枚ずつの財布から借りよう。
「えー、そいつのクラスは五つ星ですんで、金五千となっております」
「んん? 金五千は白五枚っていうんじゃないのかい?」
「若旦那さま、国の予算や商会の大きな取引以外、使ってもせいぜいが大までで、緋金、白金、黒金なんてのは普通見ないもんですよ」
無知を晒してしまった。
「クラスというのは?」
「役畜として登録されている魔物にはクラスってのがございまして、簡単にいえば能力の目安です。星なしから始まって最高が五つ星」
「懐きっぷりを見れば大丈夫かとは思いますが、一度お試しになった方が」
部門長のいうのも尤もだ。
「じゃあ試させてもらおうかな」
「今、鞍を」
「いいよ、そこまで本格的には走らせないから」
二メートルはある高さの馬の背に手をやり、軽く地面を蹴って跨がる。鞍も鐙もない、手綱だけだ。
柵の中へ進ませ軽く走らせる。歩いて、駆け足、また少し走って。
「おや、不満かい?」
呼吸で、鼓動で、もっと速く走りたいと訴え掛けてくる。
「しょうがないねぇ、少しだけだよ」
手綱を握り、軽く馬の腹へ足を当てて指示を出す。生き生きとした走り。まるで風になったみたいだ。魔物だからか、大きくても走りは速く軽やか。この力強さ、馬車を牽かせることになっても平気そうだ。
「気持ちよかったね。ほら、お戻り」
スピードを落として信吉と部門長のところへ戻る。馬からおりて綱を引く、すぐ他の馬たちに囲まれた。
「悪いね、もうこの子に決めたんだ」
他の馬たちはそれでもふんすふんすと鼻を寄せてくる。寄ってくる馬を一頭一頭撫でて宥めていると、信吉たちの方が柵の中へ入ってきた。
「鞍無しであそこまでお乗りになるたぁ……」
「あ、相性も問題なさそうで」
「そうですね。他の子を触っていても嫉妬することもない、賢い子です」
装具も合わせて支度してもらうことにした。
「鞍敷きには揚羽紋が入ったものをご用意させていただきます」
信吉も信次と同じく紋を入れたがる派かと思ったら、それだけで馬の盗難防止になるらしい。明日には用意出来るとのことなので、口座決済にしてもらった。
「所有者登録もしておきますが、こいつの名前はいかがしましょう?」
「そうですねぇ……………………お前、青藍ってのはどうだい?」
馬は了承するように鼻を擦り付けてきた。安直に毛色の青が美しかったからだが気に入ったのならよかった。
一緒に帰ろうとする青藍を明日まで辛抱するよう宥め牧場をあとにした。