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ここを野営地とする

 手拭いを握り締めていたことに気付いたスターシアから洗って返すと謝られたが他にもあるので、返さなくてもかまわないと言ったら嬉しそうにしていた。あとで気付いたが手拭いにも揚羽紋が入っていたので揚羽屋グッズといえるのだろうか。スターシアならともかく、今後はおいそれと他人に渡さない方がよさそうだ。



 一カ月後合流するのはあくまでスターシア一人、お付きのひとは居ないらしいがそうなると白い布はどうするのだろう。

「片足ずつ包み込むように聖布を巻き付け、それを踏むことにより聖域からは出ていない扱いになります」

 片足ずつ、とスターシアが両手を添えて僅かに足を持ちあげて説明してくれた。つま先からくるりと、脚絆のように膝下まで巻くらしい。

「広域特別神司では許されぬことですが、っ!」

 ガタン、と馬車が揺れて止まった。

「失礼致しました」

 箱の外から声を掛けられる。

「周辺一帯、整備中のようでここから先しばらく揺れが生じるかと」

 馬車の扱いに不慣れな一行が誤って木にぶつかり大破させたそうだ。カーテンの隙間から見ると確かに脇に残骸らしきものがある。破片はすぐに回収出来ても舗装されず固められただけの路面が抉られたりすれば補修に時間が掛かる。

「わ、わかりました。気を付けて進んでください」

 スターシアの動揺した声に御者台からの連絡窓が開けられそうになったが咄嗟に言葉が出た。

「揺れで体勢を崩されただけです、揺れるところを抜けたらまた教えてください」

「は、はいっ、畏まりました」

 連絡窓は開かなかった。馬車がゆっくり、走り出す。

「……お怪我は?」

「あ、ありません……っ」

 片足をあげた状態だったスターシアの痩躯は、自分の膝の上に倒れ込んでいた。色々な意味で、この体勢はまずい。

「……桐人さまでなければ禁を破るところでした」

「はた迷惑な身がお役に立てたようですね」

「迷惑だなんてそんな、っ!」

 また揺れた。この馬車でもこれだけ揺れるなら乗合馬車ならどうなったことか。

「寧ろ私と話していたから体勢が不安定になってしまったんですよねぇ……あ」

 ふと、ひとつ案を思い付く。自分の身体が特別神司にとってセーフなら。

「ちょっと失礼しますね」

「え、」

 膝の上で伏せる背中をひっくり返すように、薄い肩を手に包み両膝を掬って抱きあげた。同時に、反重力の層を、雨避けと同じように自分の周囲に展開する。

「揺れるところを通り抜けるまで、ご辛抱いただけますか?」

「え、あの、何故、揺れなくなって、え?」

「少しだけ浮きました」

「浮く……?」

「動いている乗り物の中ですから、慣性の法則によって浮いても移動し続けます」

「いえ、あの、浮くって、」

 疑問点はそこだったか。



 層を作れる、任意で拡げることも出来るがあまり試していないので慣れるまでは自分の周りだけにしていると話すと、結界魔法ではないかと教えてもらった。

「アイテムボックスと同じく、属性としての括りから外れる魔法です。使い手は、私の記憶では書物で読んだ以外には居なかったかと」

 見なかったことにしてもらうものがまた増えた。

「大気以外不可侵の層を作ると雨に濡れませんよ」

「……どうしてそのような使い方を思い付かれるのです……」

 呆れられた。便利なのに。

「今はどのような層を張っていらっしゃるのでしょう」

「反重力です」

 万有引力の概念はある為、説明は簡単で済んだ。理解されたかはわからないが。

「拡げられるというのは?」

「層を厚くします、壁や屋根があると境がわかりやすくてしやすいです。あ、この馬車の中、全域を指定すればスターシアさんを抱きあげなくても……」

 シートにおろしてやれると思ったが意外にもスターシアの方が肩に縋り付く形で止めてきた。

「慣れていない魔法を無理にお使いになることはございません」

「でも、嫌じゃありませんか?」

「まったく。ですが、桐人さまの御腕を独り占めしてしまうことが気掛かりです。私は重うございませんか?」

「平気ですよ、羽みたいに軽いです」

「ならば今少し、このままでお願いしとうございます」

「はい」

 そのまま結界について教えてもらった。





 十五分もすれば、揺れそうなエリアを抜けたことを知らされた。浮く体験は貴重だったのか、シートにおろす時スターシアは少し名残惜しそうにしていた。



 完全に日が暮れてしまう前に馬車は街道脇にある野営地へ落ち着いた。

「次に、火種ですが……」

 野営の基本について教わる。最初はカチコチに固まっていた護衛の彼らも話しているうちにかなり普通に言葉を返してもらえるようになった。こうした野営の際、基本的にスターシアは馬車からおりることはない。自分も馬車で待っているように言われたが後学の為にもと野営の準備を手伝わせてもらっている。

「焚き火をなさったことは」

「ありますよ。燃えやすい焚き付けと、少し保ちのいい枝、そのあと薪をくべて」

 焚き火はキャンプファイヤーではない、熾火を作り維持することが求められる。

「よかった、貴族の方などそこからご説明せねばならず、不用意に炎に触れようとする方すらいらっしゃるので」

「あー……調理したものしか見たことがないとか、そういう?」

「はい。……え、もしや、尊き方は、厨房に立たれたことが……」

「おじいさまのところではなかったですが、それ以前ならありますよ」

「なんと……!」

 基本的に野営では揃って食事を摂ることはない。誰かが休む間、誰かが見張る。先にと勧められたが自分はいわばオマケなので最後にしてもらいその間警戒がてら周囲を見回った。街道沿いで目隠しになるような樹木もない、潜む場所は少ないが身を屈めれば草には紛れるか。

「あー……」

 見回しているとちらほらと気配を感じる。野鳥、野鼠、研ぎ澄ませば虫たちも。敢えて鈍らせれば大きな生き物だけに反応を絞れる。

「これは……便利、なのかな?」

 一人きりで野営する時には接近する存在を察知出来るのは重要か。野営地の方を探る。そろそろ全員食事を終えたようだ。戻って自分もいただこう。



 自分の天幕を出してもよかったが野営地にはそこまでのスペースがない、寝床は馬車の中になった。そこ以外になかったともいえる。焚き火の周りで護衛と一緒に寝転がろうものならスターシアが騒ぎそうだったし護衛たちも緊張して休めないと言われてしまった。馬車のテーブルが畳める仕様でよかった、二人休むには十分な空間が取れた。

「上の者が休まねば下々の者も休めぬものです」

 夜の見張りは断られた。






 翌日、国境を越える。身分証の提示が必要だった。聖職者たちの一行はそれぞれ教会発行の身分証があるが一般人は国境を越える際には居住地の役所で書き付けを

都度、もらう。どこそこ在住の誰某がこういった用件でどこそこへ向かう。用件は簡単でいい、商会ほどではない小規模商店の仕入れだの親戚に会うだの、それこそ物見遊山だの。用件より身元の方が重要だ。自分の場合は、揚羽札で済んだ。

「ひっ!?」

 揚羽紋の色合いに入国審査の係員には小さく悲鳴をあげられたが。



「ここから先は、プレリア共和国です」

 旅程の話をするわけでもない為カーテンも窓も開け放していた。草原からの風が心地いい。

 国境から半日、馬車は特段揺れることもなくプレリア共和国の首都プレリアトに着いた。一行とはここでお別れだ。

「乗せていただいて助かりました、ありがとうございました」

 馬車をおりて、窓越しにスターシアに挨拶する。

「どうかどうかご無事で、ご自愛くださいませ」

「はい。一月後、サントルで」

「約束でございますよ、もし、もしお越しいただけなかったら、私は、」

 スターシアは窓枠に縋って涙ぐむ。

 言われてみれば、飛行機や新幹線といった長距離を定期運行している移動手段もなく、電話網もない。スターシアは揚羽札での通話も出来ない。

「私の移動が遅れそうな時その旨をご連絡したいのですがおじいさま経由でしたらスターシアさんに届きますか?」

「揚羽屋殿からのご連絡でしたら、間違いなく私に届きます」

 よくわからないが伝書鳩みたいなものがあるらしい。

「ならそうします。おじいさまと信次さんには遠方からでも連絡出来ますので」

 スターシアの方に遅れが生じる場合はサントル・エグリーズにある揚羽屋にでも伝言してくれと頼んだ。



 一行を見送った、改めて一人だ。ひとまずプレリアトの店へ向かおう。


今回のタイトル、野営地は キャンプ地 と読んでください。えぇ、他意はありません

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