親友が、魔導書《乙女ゲー攻略本〜逆転悪役令嬢〜》を手に入れてから、色々とおかしい。
「おーほっほっほ。何ですか、そのはしたない服装は?」
「・・・貴女には、お金の無い庶民の気持ちなんて分からないから」
被害者面した庶民ヒロインが悔しそうに俯きましたが、お金の云々の話では無くて、私が言ってるのは社交場のドレスコード。お気づきになってください、貴女は破廉恥ですの!
勇気を振り絞り、貴族的な言い回しでお伝えしましたのに、まるで伝わりません。
それどころか、庶民ヒロインは、嘘泣きしながら走っていくと男と抱き合いました。
「ガブリアス王子。悪役令嬢に虐められましたぁ」
「アイリス、もう大丈夫だよ」
なんと、お相手の男性まで睨んでくるではないですか。ちょっ、ちょっと待ちなさい!貴方は私の婚約者でしょう?第5王子、この浮気者。
悲しい事に、第1王子と私を取り合った昔の情熱の行き先は今や、すっかりお相手を代えてしまったようです。ここまで突き抜けると、もはや怒りを通りこして呆れがきます。
「はぁ・・。なんだか最近上手く行きませんわ」
最近は、私が庶民を階段から突き落としたなどという心当たりの無い噂まで耳に入ってきますし。
悩んでいたら、親友が茶化してきました。
「お悩みかな?悪役令嬢レイナ様。やっぱりヒロインは強いねー。うしし」
「その悪役令嬢というのは、止めて頂けませんか?アーニャ」
そう。庶民アイリスが貴族学園に入学して、この子が魔導書《乙女ゲー攻略本〜逆転悪役令嬢〜》を手に入れた辺りから、悪役令嬢と呼ばれだして、平穏だった日常が狂ってきたのです。
「ええー、でも。金髪の巻き気に高笑いは悪役令嬢で間違い無いから」
「それで私がその本に出てくる悪役令嬢に私が似てるという理由だけで、あの世間知らずの彼女が妾になるんですか?なんて悲惨な運命でしょう。想像すると、頭痛が」
私は悩んでいるのに、指を振って楽しそうに否定する親友。
「ちっちっちっ、彼女は妾では無いよ。 予言しよう!このままだと、ヒロインの当て馬になり、婚約者を奪われた上に没落するよ」
「・・・笑えない冗談ですわ」
真顔になりました。
あり得ないと笑い飛ばしたいのですが、親友の傾倒する魔導書の予言的中率は今のところ驚異の100%。
「でも、これは事実」
「きぃーっ。もうっ、酷い冗談もいい加減にしないと怒りますわよ。 え? なっ・・・ッ」
その時でした。破滅への悪役令嬢カウントダウンが始まったのは。・・・唖然とする私の目の前に不吉な文字が書かれた半透明なプレートが浮かび上がったのです。
《没落エンドまで残り7日》
「どうしたの?」
「・・・残り7日」
心がざわめきます。
攻略本の予言がさらに真実味を帯びてきました。
どうやら、私以外には見えてないようですが、ここ最近は色々あり過ぎて、心労からついに幻覚まで見えるようになったようです。
「いよいよイベントが始まったみたいだね。それで、どうやって回避するの?」
「回避出来るの、アーニャ!?」
良くない予言ばかりでしたが、その攻略本には、救いの予言も書かれてるのですか!?
他人事のように楽しそうな親友になにか釈然としませんが、没落したくはありません。占い師に心酔するのはいけませんが、今回ばかりは忠告を聞いた方が良さそうです。
「もちろん。色々あるよ!任せて」
親友は、薄い胸を張り、怪しげな魔導書を掲げました。溺れる者は藁にも縋るというもの。私は怪しげな攻略本に縋ることに決めました。
困った事に貴族は暇なのか足の引っ張り合いが好きな人の多い世界ですから、没落するなどという変な噂が拡がる前に、早くこの場から離れましょう。
「帰りますわよアーニャ。ほほほ、ごめん遊ばせ」
親友の手を引っ張りながら、人混みを掻き分けて自分の部屋へと逃げ帰りました。
木の良い香りの中にお気に入りの香水の香りが一筋混ざり、出迎えてくれます。
厳選された品の良い調度品に囲まれて、ようやく少し落ち着き私らしさを取り戻しました。
「それで、没落エンドはどうやって回避すればいいのですか?そもそも私の実家が、なぜ没落しなければいけないのでしょう?」
「没落の原因は、実家の悪事が露見するの。 それより!実家はどうでも良くて、まずは好感度を上げて良い人になりなさい。7日しかないけど効率的に好感度を稼いで。そして、学園の敷地内でお野菜を作るのもポイント高いかな」
何を言ってるのかまるで分かりませんわ。
なぜ今、農家を勧めましたの?
お家の危機なのに、恋愛にかまけてる余裕なんてありません!
「私の両親は悪事なんてやってませんわよ!きっと、どこかの貴族の謀略に決まってますわ。いったいどこでしょう?」
「ええー、そんな情報はどこにも載ってないよ?なら執事が悪事をしてるとか? だからー、そんなどうでも良い事より、早くイケメン達の攻略を進めないと残り時間がヤバいよ」
執事ね。メイド長かも?
実家の未来は私が守りますわ!
「ありがとう、アーニャ」
「レイナ様。待ってよー。このままのペースだと、本当にヤバいんだってー」
恋愛脳の親友を振り切り、実家へと急ぎます。気狂いのような行動に思われるかもしれませんが、あの魔導書は、予言的中率100%なんですから。
実家まで飛ぶように、帰りました。
焦りすぎて、どういうルートを走ったのかすら覚えてもいません。気付けば、困惑したお父さまの首もとを掴んでガクガクと揺さぶっていました。
「お父様、今すぐ我が家の内偵調査をして!」
「どうしたんだい?レイナ。お前は学園にいたはずだろ?それに身内を疑うなんて」
「お願いッ 信じているというなら、潔白を証明して」
困惑するお父様に馬車に詰め込まれて追い返されてしまいました。
ですよね?意味不明な言動ですし。
・・・いったい何をやってるのかしら、親友の妄言を真に受けて私はもしかして気が触れてしまったの?学園のベッドで不貞腐れて力尽きたように眠ります。もう何もしたくない。
なんだか、とっても疲れました。
《没落エンドまで残り6日》
《没落エンドまで残り5日》
「お願い!聞いてレイナ様。このままだと時間が無いの!」
「また今度にして、アーニャ」
ごめんなさい。今は何もやる気が出ないの。
攻略本に取り憑かれた親友を追い返して部屋に籠もり、空に浮かぶ不穏なプレートを恨みがましく見つめる日々。
《没落エンドまで残り4日》
翌日、朝日とともに憂鬱に目を覚ますと、事態が動いて衝撃を受けました。これは目も覚めるってヤツですわ。
「・・状況が変わりましたわ。まさか今までの事が本当だったなんて」
私の数日前の奇行は正しかったのだと知ることになったのです。間違ってなかったんだ。・・良かった。私は、実家の没落を回避したんだと。
吉報を教えてくれたのは、プレートの変化した二文字。
《追放エンドまで残り3日》
そして、同時にこれは凶報でもあり、親友の言葉が正しかったのだと、ここに来てようやく思い知らされました。
ヤバっ?この文字が事実なら、もう残り3日しか無いんですけど!?慌てて部屋を出て走り、ノックもせずに親友の部屋に飛び込みます。
「助けて、アーニャ!私が間違ってた」
「うわわっ! ・・・良かった、レイナ様。ようやく話を聞いてくれるのね。それで状況を確認するけど、没落エンドまで残り3日。これで合ってる?」
親友は怒るどころか、泣き晴らした目で嬉しそうに笑いました。ううう、ありがとう。今まで心配してくれていたのですね、優しい友に感謝しますわ。
「いいえ、今朝。没落エンドを回避して追放エンドに変わりましたわ!」
「特に状況に変化なしと! 残り3日で逆転はかなり難しいけど、失敗したら養ってあげるから」
え?変化はありますわよ?まったく恋愛脳のお気楽な友人を見たら元気が少し戻ってきました。
養われるのもいいかもしれません。ですが諦めません。涙をハンカチで拭いて、無理をして笑います。
「ふふ、馬鹿ね。まだ勝負は終わってないわ。ここから巻き返してあげる」
「良かったぁ、いつものレイナ様だ」
淑女たる者、勇気が必要な時や、困難な時ほど虚勢を張って笑うのです。
「おーほっほっほ。ここから、逆転しますわよ」
ここから私の逆転ターンです。見ていなさい、庶民ヒロインのアイリスさん。
残された時間は、たった3日。
お化粧もバッチリ丁寧に。
いざ出陣しますわ。
「ヤバいよレイナ様。もう3日しか無いし今からは絶望的に難しいよ」
「良いから、泣き言を言わずにやれる事を一つづつ片付けていくのです。次の殿方の所へ行きますわよ」
次々と、攻略本の指示どおり、最強騎士とか天才魔術師とか変わり者の後略対象に声を掛けていきます。彼らの共通点は、皆凄いイケメン。清々しい程に他の共通点は何もありません。
頑張って会話をしますが、残念ながら返ってくる反応はあまり良くなく、みんな微妙なお顔をされます。
ウンウン。分かりますわ、そのお気持ち。
だって、私達。ほぼ初対面ですし!
ようやく1日目が終了。
「やり方は分かりましたわ!明日も頑張りますわよ」
「おー!」
《没落エンドまで残り2日》
勉学を捨て、淑女の嗜みも捨てて、婚約者がいるにも拘らず、次々とイケメンに声を掛けていきます。尻軽女?なんの意味があるのかな?何をやってるのかな?とか余計な事を考えてはいけません。
「それでアーニャ、攻略本には何と?」
「ええっと、最強騎士は強さではなくさり気ない努力を褒めて。努力臭のする錬金術師は逆に才能を。モテて調子に乗ってる魔術師には表面上は冷たくしながら優しくして。頼りないショタには実は頼りになるねと」
待ってましたと親友の眼鏡が光ります。
「注文がいちいち細かいですが良いでしょう、皆が望む言葉をあげますわ」
「そう、その意気ですよレイナ様っ」
攻略本を信じる者は救われると自分を必死に誤魔化しながら。2日目は、攻略本のアドバイスもあって少し皆様と仲良くなれたような気がします。1週間もあれば誰か1人ぐらいは落とせそうな好感触。でも残りは2日しかなくて。奇跡よ、奇跡よ起きて。
ようやく日が暮れる頃、婚約者の第5王子を食堂で見つけました。
今までの殿方と比べて、ドキドキと心臓が痛いです。本来なら攻略が完了しているはずなのに、彼とはまるで上手くいくビジョンが見えないからでしょうか。
庶民の娘と、仲睦まじく食事をなさっており、立ち入る隙間は文字通り紙一枚もありません。あの、私達が婚約者ですよね?くじけそうになりますが勇気を持って声をかけます。
高笑いは弱い私の精いっぱいの虚勢。
「おーほっほっほ、ガブリアス。少し不貞が過ぎるのでは無くて?」
「ガブリアスぅ虐められる」
「怖がらないでアイリス。レイナ、最近姿を見せないと思ったら随分と裏で暗躍してるらしいね!心を入れ替えるなら今の内だよ」
なっ・・?恐ろしい事に部屋に引きこもって何もしていなくても、状況が悪くなっていました。
そして、婚約者のあまりに不誠実な態度に、だんだんと、ぶちキレそうになります。汚れた口元拭かれてデレデレしてんじゃねーよ。普通、婚約者の目の前で浮気相手を庇います?
ふーふー。落ち着け、私。冷静に。
論理的にお話しをしましょう。きっと分かってくれるはず。
「どう見ても心を入れ替えるのは貴方の方でしょう?思い出してください。私達は仮にも婚約者です」
「ふっ・・・レイナ。僕は忠告したよ?」
目の前で不倫相手とキスをする婚約者。
あああ!もう駄目です。
私の愛した人は、もうここにいませんッ!
気付いたら、震える手で机の上にあったワイングラスを握っていました。
私は貴族の娘。泣いては駄目、辛いときほど笑いなさいッ!
「おーほっほっほ。仲良く汚れなさい」
二人の顔面に勢いよく赤い液体をぶちまけます。それは、まるで傷付いた私の心から流れる血のように赤い色。
さようなら、愛しかった人。
周囲から悲鳴が上がり、不貞をしている二人に、なぜか同情的な声まで聞こえてきました。
あぁ、感情に任せてやってしまいました。これでは、まるで私。本当に悪役令嬢ですわ。。。
部屋にアーニャを招いて反省会。
残されたのは明日だけ。
厚い化粧を落として、緩い服装で女子だけの反省会は、お通夜のように始まりました。
「駄目だね、もう1日しかない。なんのフラグも立ってない」
「はぁ、気付くのが遅すぎましたわ。もっと早く貴女の言葉を聞いていれば。それにしても、7日は短すぎません!?」
プレートを恨みがましく見ます。
「それには同情するかも。レイナ様はどうも、ベリーハードモードを選択したみたいだし」
「何ですの?それは?」
魔導書《乙女ゲー攻略本〜逆転悪役令嬢〜》をペラペラ捲るアーニャの言葉を待ちます。
「えーと、難易度というのかなあ。例えば、ノーマルなら期間が365日ある」
「はいい?狡いですわ!それは今からどうにかして変更出来ませんの?」
きょとんとした顔になったアーニャが、ぱらぱらと本を捲りだして、困惑したような声をあげました。
「そんなの、え? 出来る? 残り日数は変わらないけど、難易度だけなら。それに悪役令嬢は人気ジャンルだから、グラフィックにヒロインより力が入ってるらしくて」
それです。それですよ、アーニャ。
良く見つけました。
「オーダーは、難易度をベリーイージーに。アーニャ。この厳しい世界を、私に優しい世界に変えますわよ!!」
「はいっ、レイナ様」
教えて貰いながら、モード変更。ええとこうやるのかしら?そうなんだ。ありがとう。ベリーハードから、ベリーイージーに。
「これで変わりましたの?」
「さあ?変わったはずですけど」
特に光ったりとか、音がなったりとか、目立った変化はありませんでした。
二人できょろきょろと確認しますが、変わったような様子はやはりありません。
《ベリーイージーモードを、開始します》
その時でした。
コンコンとノックの音が響きます。
「開けろ、アレクだ」
昔と違い、渋い低い声。
縁遠いお方。幼い頃遊んだ事のある第1王子アレキサンダー。今やお声をかけるチャンスすらなかったのに、それが私を訪ねてくるなんて。
「アレク様?」
「すまないが、入るぞ」
鍵を開けたら、無理矢理入ってきそうな気配がしたので必死に抵抗します。
「困ります!これでも婚約中の身です。男の人を部屋に入れるわけには」
「駄目だ。余がここに来たのは、誰にも見られる訳にはいかない」
強引にフードを目深に被った男に押入られました。先程のせいか言葉とは裏腹に力が入らなかったせいで、乙女の自室に殿方の侵入を許してしまいました。なんて、はしたない。
でも、お会い出来て嬉しかったり、ぐるぐるとパニックになり言葉がうまく出ません。
「・・・・」
「ん? 先客がいたのか?」
「おおっ2周目からの隠しキャラ来たぁ!これがベリーイージーモードか。 どーも。お邪魔しました。私は何も見てませんし聞いてません。 頑張ってね、レイナ様」
親友は、にししと笑ってぽんと私の肩を叩くと、するりと入れ替わるように逃げ出しました。
「ちょっとアーニャ、待って!」
「レイナ、捨て置け。それよりも最近、庶民のアイリスを虐めているとのよからぬ噂が、このままでは婚約破棄さ・・・・・」
部屋に勝手に鍵をかけて、フードをはぐって顔を出した美青年は、第5王子と同じような忠告をしかけて、なぜかそこで言葉に詰まりました。
「ですから、私は何もしておりませんわ。 あの。それで、どうなさったんですかアレク様??」
「その・・・」
はぁ?どうされたのでしょうか?お耳が赤いような、風邪かしら。それにしても本当に格好良い。知ってますか、アレク。貴方はファンクラブまであるんですよ。
「・・随分と綺麗になったな」
「ひゃい!?」
はーっ突然何を何を言われてるのでしょう。赤みが移ったような気がします。熱い熱い熱い。顔をパタパタと扇ぎます。
困りますわ。最近、褒められてなくて耐性が無くなってるところに。
「どういう事だ。厚い化粧が原因か?それに虐めていない?分かるように話せ」
「えええ、化粧は今してませんが。それに神に誓って誰も虐めていません」
んんんと、考えだす王子様。悩んでいる姿も絵になります。さすが、人気ランキング1位は違いますね。尊い。
「良しレイナ。明日から化粧するな。お前は化粧が絶望的に下手だ。それと、あの庶民にも良からぬ噂があるから、こちらで調査を進めておく」
「へ、下手?」
落ち込む私に、王子は真顔で頷きました。
ショックなんですけど!そこは優しく否定すべきでは?確かに悪役令嬢認定された頃から、化粧品をメイド長のお薦めの物に変えましたが。
「そうか、それでガブリアスの事はまだ好きか?」
「いいえ。もう私の中に彼はいません」
私が悲しそうな顔で答えたら、王子はなぜかとても嬉しそうに笑いました。なんで笑ったの?人の失恋を。この人、こんなに性格悪かったけ?
「では、またな!おっと、明日からは仮面を付けて生活しろ。許可するまで外すな。これは命令だ」
「は、はあ。嫌ですが」
第1王子とはいえ、貴方に命令権などありませんし?そんな私の態度がお気に召さないのか、人気ナンバーワン王子は不機嫌に。
「分かったな!」
「はぁーっ。・・いいですわ、分かりました」
どうせ、あと1日ですもの。
幼馴染として彼の変なお願いを聞いてあげますわ。こんな私に訪ねてきてくれたお礼です。
ようやく満足したのか、嵐のように昔の知り合いは去って行きました。私の心をぐちゃぐちゃに荒らして。・・・全く罪な人。
《最終日スタート》
ベリーイージーモードになったはずなのに、仮面生活が始まりました。
私のバカ。
「レイナ様、それ取ったほうがいいと思うよ」
「いいえ、私は約束を守る女ですわ。それよりも、残り1日ベストを尽くしますわよ!」
次々と、イケメンハンターとして果敢にアタック。
そして返ってくる反応は、昨日少し仲良くなれたはずなのに、どれも微妙。
最強騎士の鉄面皮が引きつります。クール眼鏡の錬金術師がポーション瓶を落として割りました。無駄に色気がある魔術師が変な声をあげます。親友の弟ショタが泣きそうな顔をしました。
分かりますわ、そのお気持ち。
だって、私。仮面の女ですし!
何も無く終了。
「レイナ様、仮面は擁護出来ない」
「そうね。おーほっほっほ」
終わりました。私。。
《エンディングだよ》
そして、ついに断罪の時間がやってきました。夜会のダンスパーティーで壁の花になっていた時です。
休憩に入り、そろそろ再開かという時。
周囲が暗くなり、中央へスポットライトがあたりました。婚約者と浮気相手の仲睦まじい姿が浮かび上がり、げんなりします。
どこで間違っちゃったのかな?
「私は第5王子ガブリアス。今日は、ここに集まる皆に言わなければならない事がある。分かっているだろう。レイナ出て来い!」
「何でしょう、ガブリアス」
婚約者に呼ばれて、静静とスポットライトの下へと出ていきます。
「な、なぜ仮面をつけているんだ?」
「古き友の盟約により仕方なく」
第1王子が第5王子の後ろで満足そうに頷きました。くそっ!あんな約束さえしなければ。
「まぁ、いい。皆も知ってのとおり、悪役令嬢レイナの最近の庶民アイリスの虐めには目の余る物がある。再三の忠告したが、残念な証拠もここにある!しかし、反省し謝罪すれば赦そう」
「私は女王に誓って、やましい事などしておりません」
ざわつく夜会の空気は、私が悪者だと言っているように感じます。ちらりと第1王子を見ましたが、どうやら助けてはくれないようです。
私の味方は親友だけでした。もういいや。
「第5王子ガブリアスはここに宣言する。レイナとの婚約を解消する!」
「破棄を了承致しました」
あーあ、追放エンドですか。
さようなら、お父様お母様。
しかし、そんな感傷に浸っていた気分は、次第に失望と怒りへと変わっていきました。
第1王子アレキサンダーが、真っ先に前に出てきて嬉しそうに拍手をしたからです。
もしかして貴方まで敵だったの?だから最後の貴重な1日に仮面をつけさせた? 次第に大きくなる拍手。まるで責められてるような世界が敵になったような錯覚を受けます。
「くっ!!」
耐えられなくなり、古き友にお願いされてつけていた仮面を地面に叩きつけると、うるさかった拍手が静まり返り、好意のような視線が私に刺さりました。
どう見てもこれは好意のような?
悪役令嬢に任命される前の視線に似てます。
第5王子と、お声を掛けたイケメン達は、揃って呆けたような顔で私を見てきますし、いったい私の身に何が起きているのでしょうか?
第1王子を見ると困ったようなお顔をされました。
「聞けっ、余は第1王子アレキサンダー!」
アレクが手を上げると、ざわめきが収まり、視線がアレクに奪われます。
静かになったのを確認されると、新たな書類を高らかに掲げて言葉を続けられました。
「ここにガブリアスの出した残念な証拠が、本当に残念である証明。つまり庶民アイリスによって捏造されていたという調書がある」
ざわめきが大きくなります。
私の心も乱れます。てっきり裏切られたと思ったのですが違ったのですか。酷いエンディングだったけど、それだけの事実を胸に、残りの人生を生きて行けそうです。
ありがとう。頑張って調べてくれたんだ。貴方は、本当の私の王子様です。
追放され、この先。もうお会いする機会は無いかもしれないので、この目に、力強いお姿を焼き付けます。
そんなアレク王子がなぜか、カツカツと足音を立てて私の元へと近づいてこられます。え?・・なんなの。
「さて、その身が潔白になり、噂の潔白も証明した令嬢レイナに、余から伝える事がある」
「なんですの?」
ち、近いよ。
これ以上、私をドキドキさせないで。
期待させないで。。
凛々しい第1王子が跪き、手を差し伸べました。何が起きてるのか分かりません。
分かりませんが、期待してしまいます。
そしてアレクは、目をカッと開きました。
「第1王子アレキサンダーは、令嬢レイナに 求婚するッ!」
はいいい!?
淑女達の羨望と嫉妬の視線が刺さります。
嬉しさよりも驚きが大きく、パニックになりそうな私でしたが、王子の耳が真っ赤になってるのに気付いて、なんだか余裕を取り戻しました。緊張してるのは私だけじゃなかったんだと。
頼れるイケメンになっても、それは幼い時から変わってないねアレク。
「・・・・お受けしますわ」
第5王子ならいざ知らず、第1王子の求婚を断る女性なんて、この国にはいないでしょう。
ひゃっ!喜んだアレクに突然、抱きしめられました。もう死んでもいい。
きっと、私も耳が真っ赤だ。熱いよ。アレク様の色に染まってしまった。これは、アレクのせいだ。バーカ。
「ちょっと待て!それは、元々僕の婚約者だ!厚化粧の下が、そんなに綺麗だとは知らなかった」
「はあ?何を言ってるの、ガブリアス!!」
雑音が聞こえましたが、私を裏切った偽物の王子には、もう気持ちはありません。すでに過去の人。
今度は私達の為に拍手が鳴りました。
同じ拍手のはずなのにさっきとは違って、まるで世界に祝福されたかのように感じます。
嗚呼、幸せです。
私としてはこれで終わりでいいのですが、アレクにはまだ仕事が残っているみたい。
どうやら問題を起こした犯人への処罰を、王族として与えなければいけないようです。
「さて、庶民アイリス。王族を謀った罪、斬首に値する」
「は、はい」
青ざめるアイリス。
私も動揺します。たしかに彼女は、悪い事をしました。でも命を奪うのは気が引けます。ア、アレク。なんとかしなさい。くいっと服を引っ張りました。
「しかし今日は祝福すべき日。ゆえに愛し合う二人には恩赦を与えよう。2年後、私は権力を得る。その時は、二人だけの城を授けよう。何もない僻地ウルガの粗末な砦を永遠に二人だけで守りたまえ。せいぜいそれまで都会を満喫しておくがいい」
アイリスの顔が絶望に染まり頭を掻きむしりました。
「嫌よ嫌っ!・・・僻地ウルガなんてッ!田舎からやっと出てきたのに、そんなド田舎に一生閉じ込められるとか。・・・それなら死んだ方がマシ。ねぇ、なんとかしてよガブリアス。いやぁぁぁぁ!!」
発狂したかのように暴れだした田舎娘のアイリスは、衛兵に取り押さえられて連れ去られていきました。
私が少しだけ同情していたら、そっと抱きしめられました。・・・温かい。
「レイナが、気に病むような事ではない」
ありがとうアレク。
あっ、そういえば。仮面。
「ねぇ、アレク。約束を破って仮面を外してごめんなさい。すぐにでも付け直しますから」
「もうつけなくて良いぞ」
慌てて仮面を拾おうとしたのに止められました。そっと優しく手を掴まれてドキドキします。
「どうしてですの?」
「こいつ等の悔しそうな顔を見てみろ。全て終わったのだ」
見上げると、アレクがなぜか少年のように勝ち誇った顔をしていました。
王子様の視線の先を追うと、見境なしに声を掛けまくっていたイケメン達がいつの間にか私の周りに集合して、なんとも言えない切な気なお顔をされています。え?皆さま私に気があるの!?
どうやら、ここ数日のお色気挨拶作戦が実は、実を結んでいて、殿方達にいらぬ気を持たせてしまったようですね。
そして、アレクの言うとおり、本当にあの化粧が駄目だったんだ。昨日までとは私を見る目が、まるで違います。
「浮気しては駄目ですよアレク」
自分の事を棚に上げ、私をいまだ未練がましく見つめるイケメン達から、ぷいっと顔を反らします。
あのー、こちらから誘惑しておいて、本当に申し訳ないのですが、貴方達のお気持ちにはお応えできません。
ご、ごめんなさーい。おほほほ。
だって私、悪役令嬢ですから。