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恋に金棒  作者: ねっしー
7/13

大きな犬

 急いで地下から上がってくると、皆が変なものを見るような目で俺を見た。多分、持っていった資料が雨も降っていないのに濡れていたからだろう。その資料を出すところが結局見つからず、ここおいておきますからと放置して帰ることにする。天井に貼りついた照明がずいぶんと眩しくて、その先にある日常は真っ暗だった。もう夜になっている。まだ顔には先ほどつけられた温もりが消えずにあって、見てしまった女性の陰部の形と共に頭が沸騰しそうになる。

 外に出てみると丁度雨が降っていた。傘を持ってはいなかったが、火照った体にはちょうどいい。しかし、既に自分を乗せてきてくれた車はおらず、遠くの方で建物の中についた明かりがチラホラと一つ二つ見えるだけだった。ずいぶんと寂しい所だなぁと思っていると、後ろから走ってくる人がいた。梶沢だった。


「何で生きてる!」

「いや、なに言うんですか、いきなり」

「会ったではないか!あの化け物に!」


 随分と失礼な人である。梶沢はあの子の事を化け物と呼んでいるのか。


「良い子でしたよ。少し変わっていますが」

「あの鬼の子の所業を見たでしょう!あれは何人も食って殺しを楽しんで……!!」


 梶沢は同じ白衣を着た人間に引きずられて行った。


「なんで助かって『あなぐら』から出てこられたんだよ!教え!教えろよおおお!!」


 あーもうめんどくさいわ。寝よう。家に帰りたい。

 もうすでに高広の頭の中は払い込まれたお金をどう使うかでいっぱいだった。


 でも現実とは非情なもので、この深夜には自衛隊の門は閉まっていた。それなのに見張りがいて、いつの間にか補導された。歩道というよりは束縛というのが正しいかもしれない。


 肩の両側を屈強な自衛隊員に挟まれながら門横の小さな小屋で朝を迎える。滅茶苦茶寒かった。トイレにも立たせてもらえず東の空が赤み始める。登って来たのは綺麗な太陽だった。


 すぐに来てくださいと言われて、数時間前に出てきた建物に逆戻りをした。そこには見た目が周りとは少し違う人がいて、報告を受けている。聞くと高広がどのような状況で生き残ったのだとか、どういう話をしたのかという報告だった。それをつまらないことだなぁ、ねむいなぁと思って聞いていると、胸の前に国語辞典ほどもある厚さのファイルが押し付けられた。思わず反射的に受け取ったそれは、ずっしりと重く、所々赤い付箋がしてあって、直ぐに開けるようになっている。最初の付箋を見ると、「肉を食べさせないこと」とある。それと同時に日ごろのメニューが載っていて、なんとたったの三種類。高広はその事実に驚愕した。病院食なんてもんじゃない。これは仙人食だ。食い物の見た目がまず悪い。ヤギのゲロみたいだった。

「見ていただきたいのは、質問事項です」


 向こうはすっかりやる気になってしまって、今度はA4の紙にビッチリと書かれた質問書を用意していた。これを夜を通して作っていたらしい。糞が。俺は寝ていない。眠い。どうしようもなく眠い。


「やってくれるね?俺達は君に金を払っているね?」

「いいですけど、ハンバーク食べたいです」


 男たちは顔を見合わせた。


「いいだろう」



 先ほど駆け上がった階段をゆっくりと降りる。さっき見たので恐怖は薄れていた。二度目のお化け屋敷はネタが分かっている分安心できるのだった。

 下は、先ほどとは違って消毒液のような臭いが立ち込めていた。赤いパトランプが天井で回っていて、白い壁が真っ赤に染まっている。箱みたいな檻は、引きちぎられたような跡があって、棒が外側に向かって花開いていた。


「……え?」


 棒に触ってみると確かに金属だ。思いっきり力を込めたが、けして曲がらぬ鋼鉄製。


 その檻の中で横たわり、変な方向に曲がった脚を痛そうに曲げる物がいた。その前足は毛足の長い毛皮を持った筋肉質なもので、体全体では抱えるほど大きな犬だった。ハスキーみたいな毛色をしていて、むくりとこちらを振り返るなりキューンクーンと甘えるように鳴いて舌で鼻先を舐めた。目はクリクリしていてとても愛らしい。


「おお、どうした? 何でこんな所にいる?」


 やはり足が痛いらしく、抱き上げようとするとぶるぶると足を振って前足に触られるのを嫌がった。誰かに飼われているのだろう、シャンプーのような匂いがした。

 しかし困った。動物病院はあっただろうか。こんなところにいては、怪我も治らんだろう。


「噛んでくれるなよ。俺は助けたいと思ってお前を連れて行くんだからな」


 その犬はものすごく重かった。腹の肉が余っているようではないので、とんでもない筋肉の固まりだった。それのくせに、何かに怯えているのか長い尻尾を足の間に入れ込んでしまってプイっと天井を見ては目をぎょろぎょろやって何となく見ている。

「全くしょうがないなぁ」

 自分の前に持って抱こうと思ったのだが、重くて仕方がないのでおんぶをするように腰を落とす。すると向こうから乗って来た。後ろ足で何度も俺の腰を蹴るようにしながら落ち着く位置を探してハフハフと熱い鼻息を耳元にかける。

 やはり誰かに飼われたことがあるのだろう。この檻はエッチなお姉さんがいた所だから、きっと彼女が飼っていたに違いない。


 あまりのワンコの体重に足を振らつかせながら階段を上がると、白衣を着た人間が大勢上にいて両手を一杯に広げて「お帰り下さいー!お帰り下さいー!」と神主さんが使うような白い紙の付いた棒を振っていた。


「あの、犬がですね、怪我してまして」


 スススッと自分の首筋を白い指が撫でた。耳に感じていた犬の太いひげはいつの間にか無くなって、代わりに柔らかな唇がハミハミと耳をはむ。


「お姉さん嬉しいなぁ♥やっぱり送ってってやるよぉ。な♥」


「人間から離れろ!送り狼が!!」

「いやじゃ♥」


 ん?なんかねぇ、背中に感じるんですわ。たわわに実った果実ですわコレは。あー動かんでマジで。


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