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恋に金棒  作者: ねっしー
5/13

檻の中

 高広は、初めて自衛隊の建物の中に足を踏み入れた。建物内は白く、目がジラジラするほど強いLEDライトがある。入り口の自動ドアは職員の写真を張りつけた専用のカードのタッチによってのみ開閉されるようで、厳重に守られている。例の握手を拒んだ職員は梶沢と名乗った。梶沢職員は、何度か鼻水をすするようにしながら早歩きで先を行く。

 連れてこられたのは、巨大なガラスに囲まれた個室の前だった。中には梶沢と同じように白衣を着た職員がいて、こちらと個室とを隔てる焼肉に使うような網に顔を近づけた。

「4番監房だ」

 ビーっと電子音が鳴り響いて、小窓の下から冊子が出てくる。それはA4コピー用紙をクリップで止めたもので、驚くべきことに『最重要用機密:特級』の文字が書かれており、捲ろうにも青いテープが腹に貼ってあった。容易に開けることもかなわない。爪先で必死にテープを剥がそうと苦戦していると、小屋から職員が出て来てハサミの片割れのようなものを手渡してくれた。レターオープナーだろう。しかし不思議なことに、それは金属ではないようで異様に軽く、それをもってしてもなかなかシールが剥がせない。テープの表面をスルスルと滑るだけだ。

 面倒くさくなった高広は、クリップを外して本来とは逆側から読むことにした。


「変わったことをされる」

「読ませる気はあるのですか?」

「ない」


 梶沢は一つも笑わず歩きだした。遅れないようにつるつるした床を歩く。おかしなことに、隅に長い髪の毛が落ちている。ここに居る男性も女性も皆髪が短いのだから、きっとここには自衛隊とは別の誰かがいるのだろう。

 向かう先はまるで迷路のようになっており、建物の内部だというのにコの字状に入り組み、壁にくだらないポスターの一枚も貼っていない。そのかわり、天井の中心に監視カメラが取り付けてあって、不気味に赤く点灯している。まるで監視されているかのようなその配置は高広に不快な気持ちを抱かせた。一度角を曲がってしまうと帰れるのかどうか心配になる。再び曲がると、自分が今、東に向かっているのか西に向かっているのかさえ分からなくなった。


「よくこんなところで」

「慣れてしまえばどうという事はありません。さあ、階段です」


 薄気味悪い階段は、赤い電飾灯で薄ぼんやりと照らされていた。先ほどの通路の白さに対してこちら側には入ってはいけないような、そんな雰囲気がある。不可侵な領域とでもいうのか、一歩踏み入れたその階段を吹き抜ける風はどこか生ぬるい。


「必ず通路の右側を通ってください。それから今日会ってもらう彼女の事を」


 梶沢が操作するタブレットには、授乳する女性が映っていた。30歳くらいだろか。ナースに良く似た服に身を包む女性は実に嬉しそうに微笑んで腕に抱く子をあやしている。

 その女性が一瞬体を跳ねさせたかと思うと、子供の顔が真っ赤に染まった。

 女性が悲鳴を上げ通路にもんどりうって飛び出るとガタイの良い男性が飛んで来て手に持った警棒で『子供』を殴り回す。そこで動画は停止した。次の動画では成長した彼女の姿が映る。淡い栗色の髪に、見せつけるような笑顔をしてカメラの方を睨んでいる。まだ大人になり切れていない。顔には血が跳ねていた。


「これまでの犠牲者は63人。命が助かった者もいますが、体を著しく欠損し、日常生活には戻れていません。しかも『彼女』はまだ思春期真っただ中です」


 高広は、この仕事の報酬が一学生にとっては非常に高価である意味を知る。なんと一度会うだけで1000万円也。その金の半分を仕事を受けるだけで受け取った高広は表情を失った。


「我々はいつも見ていますから安心してください。独房は一番奥になります。壁の前には椅子が置いてありますから間違うことはないでしょう」

「いまからキャンセルすることってできます?」


 その笑顔の張り付いた顔は、無理だと言葉なく示していた。

 梶沢は階段を5段ほど下りたところで歩みを止め、この先には下りて行かないようだった。足は不規則に震えて、11月のこの熱くもないというのにおでこからダラダラと油汗をかいている。

「行ってきます」

 高広は、なんでこんな仕事を受けたのだろうと思いながら階段を下った。階段には踊り場があって、階段の段数は13。不吉な数字にも気が付いてしまうほどに、怖かった。

 階段を下りきると、正面向かって左側から白い光が差し込んだ。健康的というよりはどこか病院のような白っぽい色は、階段の赤いライトに比べるとそれでも十分に安心できてよかった。そしてゆっくりと足を踏み入れる。


 猛獣を入れるような巨大な檻があった。


 その檻は、5~6メートル四方ほどの正方形。床と巨大なボルトで固定され、なにか生き物が入っているようで粗い息使いが聞こえる。そして鼻を擽るのは、時々駅などですれ違う女性の甘い香り。

 通路の右半分を慎重に歩くとドン!!


 檻から手が伸びてきた。


「ぼくぅ。どうしたんだい? 道に迷ったのぉ? お姉さんが送ってあげようかぁ?」


 中に入っていたのは黒髪の女性だった。驚くような絶世の美女。その身を包む赤い着物からのぞくのは、白雪を連想するような真っ白な肌。下から押し上げるほどのたわわな胸のほとんどが見えてしまうようなその着物。それは腰のところを腹帯で縛ってあるだけで、女性らしい美しい曲線を強調するようにそのほとんどをあらわにしていた。先ほどまで寝ていたようにがっつりと前が開いているのだ。明らかに下着は付けていない。体の突起が浮き出るほど生地は薄く、赤い着物は鯉の刺繍がしてあり、それだけでもかなり高級な輝きがあったが、それは持ち主の女性の美しさを強調する仕事をきちんとしているようだった。

 女性経験どころか、ろくに話したこともない高広が、思わずギョッと凝視してしまったのは仕方がないことだった。自分の意思ではどうにもできないほどに、その女性のエロティックな見た目はドロドロとした情欲を燃やすには十分で、ああ。腰のあたりに熱い物が集まって屈みながら歩かねばならない。

 鉄格子の間から、白いつま先がスッと外に出て来て、高広のズボンを摘まんで必死に引き寄せようとしてくる。

 プルプルと震える柔らかそうな太ももにゴクリと生唾を飲み込むがまたすぐに口内へと溜まった。


 怒鳴りながら走って来た看守がいなければ、高広は完全に通路の左側に寄っていたことだろう。

 ズボンの前のふくらみを気にしながら、殺風景な廊下にぽつんと置かれた椅子を見つける。安っぽい椅子である。舗装パイプを四本合わせただけのようなその椅子には、破けて綿の出たクッションが乗せられていた。

 その椅子の前には、先ほど見せられたタブレットの映像よりも少し成長した姿の女性がいた。


 栗色の髪に、細い顎。彼女の女性として形作られた体形を証明するように内側からグレーのつなぎを押し上げる胸。色素の薄いまつ毛は作り物のような美しさで彼女の目元を飾っている。そしておでこには二つの角があって、彼女が人とは違う生き物であることをありありと伝えられた。口元には猛犬が付けられるような鉄のマスクが付けられていて、目以外の顔のパーツから表情を読み取るのは難しい。


 彼女の肩口からのぞくその部屋の情景は、酷く殺風景なものだった。ベッドと洗面所とトイレしかない。しかもトイレは何のついたてもなく、通路から丸見えであり、蓋さえもなく裸のロールペーパーが使いかけのまま床に直接おいてある。便座カバーも何もない金属製のトイレが痛々しいほど冷たそうだった。


 彼女は間違いなく、ここにとらわれているのだった。壁にびっちりと貼られた絵は、どこか見たことはないが懐かしい地元の景色を呼び起こされるようなものが多く、彼女がとても長い間ここで過ごしているのを想像した。


「話し相手になりなさい」消え入るような小さな声でそう言われた。


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