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恋に金棒  作者: ねっしー
3/13

底知れぬ穴

黒塗りの高級車。

 成功者の証でもあり、要人移送にも用いられる防弾装備を標準で装備した高級車。

 その車が有するのは、分厚いドアと防弾ガラスだけではない。高広と女性自衛官を乗せてなお力強く車体をけん引するエンジンは、かなり強力なものだ。これと比べては、いくら国産のSUVであっても見劣りする。一般人の町乗り用の車と比べては、それはあまりにも可哀想だろう。

 しかしながらそのような車を使用する以上、それ相応の訳があった。


 一般的なライフル弾を使用する狙撃銃ならば、一切の攻撃をこの車は受け付けない。特殊な樹脂を用いた専用タイヤは銃撃を受けても最低50キロを平然と走破し、乗員を守る。

 唯一守れないとすれば、第三世代の主力戦車による砲撃だけ。

 


 高広は、現状の説明を軽く受けた後、危険を覚悟して車に乗っていた。


 車が交差点で停止しようとするたびに、長い減速距離と時間を伴って車は停止する。結果、それから分かるのはこの車が見た目以上に重いという事だけだ。

 それは重くなくてはいけない。皇族を守るために設計された物なのだから。


 そのまま高速に乗り、高広が連れてこられた場所は、フェンスに囲まれた施設だった。規則正しく等間隔で置かれた緑色の幌を被る車両が並べられている。そこから中の迷彩服を着こんだ人の影が見え隠れする。

 X字に組まれた黒い車止めのある入り口に近づくと、見慣れぬ迷彩服を着た隊員が駆けて来て素早く車止めを除去する。それを越えた高広の目に映るのは、巨大な集合住宅のような施設。


 そこは陸上自衛隊の駐屯地。

 縦500m横650mにも及ぶ敷地には高さ20mほどの訓練棟とそこで訓練を行う自衛隊員の姿が見える。

 前から隊列を組み走ってくる隊員の顔に表情は無い。

 また、そのほとんどが平地で構成されており、万が一の侵入者の場合には、その存在が目立つように配慮して作られていた。


 この駐屯地に付けられた名は『地場駐屯地』。陸上自衛隊の補給基地であり、地下に巨大な施設を有する駐屯地だ。勿論、見晴らしのいい土地は、内側から逃げようとする者の監視にも意味を持っている。事実、ここから逃げ出して半日以内に掴まらなかったものはいない。


 施設の中央部に車を進められながら高広は空を見た。そこにはすでに夕焼けとなり、美しい紫色に彩られた空があった。勿論ここにも空はあった。留置所か刑務所に入れられると思っていた高広がホット一息ついたのは言うまでもない。

 ゆっくりと車が停止して、このまま時間が過ぎていくかに思われたが、どうにも自分で扉を開けねばいけないらしい。これはタクシーではないのだ。


 さてどうするかと建物の方に目を向ける。


 ほんの少しの間をおいて建物から人が出てきた。

 彼は自衛隊というには体が細く、着ている白衣は手の当たる所が黄色く変色していて、研究員というのがふさわしい姿だった。剥げちらかった頭に黒い髪は存在せず、見た目よりも堅牢性を重視したような大きな眼鏡を鼻の上にクイと上げた。


「お待ちしておりました」


 ゆっくりと開けられたドアの向こうにその男はぶるりと肩を震わせて立っていた。

「初めまして」


 片手を前に出した握手。


 勿論そこには少しでも友好的な関係の人間を作れたらという願望があったかもしれない。

 男は怯えたように一歩後退した。


「せっかく来たんです。知り合いの一人くらい作らせてください」

 そっと触れた指先。その瞬間に男は電流を流された動物のように飛び上がって手を空中ではらった。それはまるで、触ると痛みが走るかのような仕草だった。

 触ってはいけない物に触れてしまったかの如く、ポケットから取り出したハンカチで手を拭い、深々と頭を下げた。高広に向かってではなく、背後の建物に向かってだ。


 挨拶の1つもしようと思った高広はあっけにとられる。

 挨拶というのは一般社会人として当然の事ではないのか。勿論、日本人には握手をする文化があまり浸透していないのは確かだろうが、今はグルーバル化の進む現代である。


 その握手を恐れるというのはどういうことだろうか……。


……自分は随分と嫌われているらしい。そうとしか考えられなかった。


 下手な笑顔が歪む。阻害されるのは久しぶりだ。

 勿論、彼が異常者という可能性もある。かなりの潔癖症で人との接触を極度に恐れているという可能性も。だが、その白衣を見るに綺麗好きとは思えなかった。

 とはいえ、言い渡された職業は、事情聴取人という物。言ったい誰に話を聞けばいいのだろうか。こんな事では先が思いやられる。


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