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恋に金棒  作者: ねっしー
2/13

プロローグ-2

 校長室を出て長い廊下を歩く。

 本来、自分が呼び出された訳を修学科に聞くべきだと思ったが、この学校の窓口の人間は恐ろしいほど態度が悪く、仕事が遅いので帰ってメールで確認する方がよっぽど時間を有意義に使うことができると高広は知っていた。

 もう、残り少ない学校生活であの部屋に行くこともないだろう。


 幾たびか角を曲がって学生用の通用口から外に出ようとしたあたりで、出口に黒塗りの高級車が横付けされる。

 青空を反射してなお、漆喰のように深い黒を帯びたその車から、一人の女性が下りてきた。

 160cmほどの身長で、がっちりとした、なで肩の女性。目鼻立ちがくっきりとしてカツカツと低いヒールを鳴らして歩いている。

 その身を包むのは飾り気のないカーキ色の服で、胸元には黒地に白で名前の掘られたネームプレート、金色のボタンがあしらわれて、丁度スーツのように良くアイロンのかけられたような襟首がある。


 やがて自動ドアの目の前までくると彼女は薄く微笑んでお辞儀をした。

 俺は微笑んで会釈し隣を通ろうとするのだが、彼女が進行方向に体を入れるようにして妨害してきた。


 俺は女性を眺める。

 この人も自衛隊関係者だろう。体つきが普通の女性とは違うし、耳が半分出るほど短く切りそろえられた髪の毛は、全体的にとてもショートだ。

 彼女からすれば、敵に掴まれるかもしれない髪の毛を長く維持するのは危険という判断だろう。


 そういえば先ほど自衛官に変な名刺をもらったなと考えていると、彼女はなにか?という風に首をかしげる。


「何も話を聞いていないのですか?」

「はい」


 再び会釈し歩き出すと、後ろから足音が一つついてくる。角を一つ曲がるとひび割れた階段に出る。横幅にして5mはあろうかというひび割れた階段を出来るだけ急いで下りる。


 階段を下りきった先は国道となっていたが、そこには10人近い人影が見えた。


 最初に目に入ったのは辺りから異様に浮く迷彩服の男だった。

 日本人かとみまごうほどにあさ黒く焼けた肌。胸の前に小銃を吊り、上半身をプレートキャリアーで覆っている。だが、それでもなお分かるほどに体の筋肉が発達し、まるで人間サイズの戦車をほうふつとさせる。

 じーっとこちらを見る目は一切の瞬きをしておらず、獲物を狙う鷹のようだと思った。


 そしてこの学校に不釣り合いなスーツを着た集団。恐らくこれも自衛隊。


 その異様さは一目瞭然で浮いている。

 姿勢が良すぎるのだった。学校の前を発車するバスを待っているサラリーマンに比べて、背中に一本鋼でも通っているかのよう。その上明らかに身長が高く、目をすっぽりと覆うような偏光サングラスをしている。

 それだけではシークレットサービスのようであるが、彼らを自衛隊だと判断したのには理由がある。

 全員が楽器ケースや、運動部が使うような大きなバックを手に持っているのだ。

 そして片耳にはイヤホン。


 おそらくは、持っている武装が違うのだ。


 彼らを一言でいうのならば、視線誘導とその後始末と言ったところか。


 彼らを無視して歩き続けると、痛いほどの視線が彼方此方から飛んで来た。


 今日が、俺が普通の人間として過ごす最後の日だ。


 過去に起こした全ての罪を洗いざらい考える。研究のデータを測定機器からパソコンに移す際に使用したUSBを誤って持ち出した。一番考えられる原因はそれだった。何しろ、高広の取り組んでいる研究はミサイルの弾頭形状の流れ場解析である。そのデータ一つが国防においてとても重要なこと。わかっていたとも。だが返すのがめんどうくさいという気持ちが勝って、今まさに学生寮にそれはある。


 恐らく、今頃は学生寮にも自衛隊か警察関係者が押しかけて家宅捜索を行っているに違いない。

 じきに証拠が見つかって取り押さえに駆けつけるのだろう。


 高広はゆっくりと歩んでいた歩を止めて青い空を見た。

 学生であればこれ位の事は許されると思っていた。

 まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。


 今朝、大学に行くから研究所に行くのは遅れると連絡した同じゼミの仲間から返信は無かった。今もって待ってみたが、既読さえつかない。


「アカウント停止か――」


 高広は思う。どんなに毎日が忙しく、血を吐くような生活をしていてもそれはそれで楽しかった。


 目を動かし、空にはためく校章の旗を見る。風は強くふいていて、バタバタと千切れそうだった。


「そうだ。楽しかったんだ」


 数千万円もする研究基材をポンと与えられて好きに研究できた。毎回の実験において数十万もの資金を使用し、「世界でここでしかできない研究を」なんて粋がって毎日やり続けた。純粋に趣味の時間も寝る時間も削って打ちこんだそれは、自らが招いた些細な失敗によって取り上げられようとしている。

 これからの事と、親の事が頭によぎった。俺には将来がない。


 思えば、友達のほとんどいない俺にとっては、ここだけが本音で語りあえる場所だったのだ。

 電源の残り少ないスマートフォンを握りしめる。

 表示された時間は11時42分。

 もうほとんど時間はないだろう。

 夢見ていた未来はついに潰えて、これから罪を償う生活に入る。


 明日には留置所の灰色の壁を見ることになるだろう。


 ゆっくりと目を閉じて、最後の確保の瞬間まで太陽と風を感じていたいと思った。

 高広はゆっくりと好きな歌の鼻歌を歌い、涙をこらえる。

 こうしている間にも後ろから近づく足音は大きくなって――


「ん?」


 ゆっくりと目を開けると先ほどの女性自衛官が目の前にいた。


「申し訳ありません。手違いがあったようです」


 久しぶりに聞いた女性の声。高広は面食らって声を発した人物を見る。

 それは礼服に身を包んだ、慌てる女性自衛管のものだった。


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