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恋に金棒  作者: ねっしー
11/13

晴らされるべき恨み

 硬い床。身にしみいるような冷たさと、ガサガサとわずかな風で転がる千切れた絵。

 外はあんなに寒かったのに、京子の部屋の中は驚くほどあたたかく、一晩中寒い中起き続けていた高広は眠い目を擦って横になった。何か変だと思ったら、ここには時計がない。今一体何時だろうか……。


 遠くなる意識の中、大きな手が自分を包んで運ぶ夢を見た。真っ白な雪の中で、ぽつん、ぽつんと咲いた牡丹の花があっという間に視界いっぱいに広がって、その柔らかな花畑の中にやさしく下ろされる。

『へんな事したら殺すから』

 うん――。

 温かな光と、落ち着く匂い。このままじっとしていたいと思うほどの楽園。そんな夢。


 ゆっくりと目を覚ますと、自分は大きなテレビを見ていた。いや、それはテレビではなく、檻の中から見た外の風景。巨大な箱の中から見る外は、ただ白い空間で全く面白みもない。

 視線を感じるのは、黒い色で天井に張り付いた半球の監視カメラのせいだろう。いやな所だ。

 体にかけられていた薄っぺらな毛布をめくって床に足を下ろすと、布がすれる音とともに引っ張られる。やがてそれはある一点で引っかかっていることに気が付いて、それをめくると二本の角だった。根元は肌色だが、先にいるにしたがって赤みを増す。それは、まるでプラスチックのような光沢を帯びる。高広は純粋な好奇心に駆られて指先を伸ばす。触ってみたい。恐らくは本物だろう。それも飛び切り珍しい物に違いない。

 でも京子は眠っている。きっと床に寝てしまった俺を可哀想だと思ってベッドにまで上げてくれたに違いない。その可愛らしい唇が寝息でわずかに開いているのを見て、強烈に女の子の香りに包まれているのを知る。甘い香りだった。できればずっと嗅いでいたくなるような香り。

 自分が悪いことをしようとしている。分かっている。触れてはいけない。

 意志を強くもって顔を上げると、声がかかった。


「……もういいの?」

「布団ありがとう。運んでくれたんだね」


 京子は猫みたいに体を丸めてまだ眠そうな目をしばしばとやって色素の薄い目で俺を見た。全てを見透かす様なそんな目だった。


「胸の傷、誰にやられた?」

「……見たの?」


 高広が自らの体を確かめるように撫でると、やはり胸には傷がある。虐め。その対象となったのが高広だった。デブ、チビ、メガネは虐めの格好の餌食となる。高広は当時そのうち二つに該当した。それは小学校の頃の話である。幼ければ無垢だというが、子供というのは大人でさえ目を背けるようなことを仕出かす生き物だった。


「手術、されたんだ」トイレで。とても言えなかった。あの頃、先生も無関心。クラス全体は虐めに加担し、遊びはどんどんとエスカレートした。面白かったのだと思う。


 丁度、今日のような寒い秋の日だった。数人に呼び出された離れの男子トイレ。いじめっ子の手には先の丸い子供用のハサミ。


 ジョキジョキ。


 トラウマ。誰の心にもある。ただそれが少し重いだけ。高広はそれが悟られぬように得てして笑顔を作った。


「酒井幸助。酒井孝義。二人は双子だね」

「え?」


 それは忘れもしない。いじめっ子の名前だった。俺をいたぶって笑い、虫を食わせ、憧れていた女の子の前で俺のズボンを無理やり下げた張本人。俺の学生生活をめちゃくちゃにして自分はのうのうと生きている異常者。


「俺、話したっけ……?」

「その恨み、晴らしてあげよっか?」

「……ダメだよ」


 できっこない。そうだ。そんなことできっこないのだ。大体、殺人になるし、そんなことをしてなんになろうか。ただ、確かに、俺と同じように苦しめばいいなと思った。二人は今、俺の地元で市役所に努めている。所謂、勝ち組という奴だろう。これからも何事もなく幸せに暮らすに違いない。


 嫌だなぁ。そう思った。思ってしまった。


 京子はにっこり笑って頷いた。


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