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ツーリング小説ですね

 お互い自己紹介した後、わたしは彼の後を走り始めた。彼の名前は吉田哲彦だ、と言った。彼は2台で走ることに慣れているように思われた。コーナーの続く道を後ろにつく、わたしに道を教えるようにブレーキランプを出して走っていく。カーブのきついところでは2、3度の点滅をさせる。

 わたしは、夜の闇の中、赤く光るテールランプを見つめながら走った。

 林に囲まれて、月明りも差し込まない道を、ヘッドライトの明りが路面を照らす。その向こうに赤いテールランプが揺れる。トップギアを使って走れるぐらいのペースを保つ、と彼は言っていたから、6、70キロで走っていく。その方が燃料の消費が少ないだろう、と彼は言った。

 でも、なかなか街の明りは見えてこなかった。あらかじめ、そうなることは分かっていたけれど、ガソリンの残りが気になっていた。

 ようやく、道路の両側が林でなく人間の作ったものになってきたころ、彼はペースを落とした。わたしもスピードをゆるめようとしたとき、エンジンが息付きをした。

 ガソリンが無くなりかけているのだ。

 残りわずかのガソリンがバイクの揺れで吸い込んだり吸い込めなくなったりして、エンジンが止まりそうになる。わたしはそれでもだましだまし走らせ続けた。

 ひょっとしたら、もつかもしれない。林は抜けたし、街はもうすぐだから、と思った。

「がんばって。」

 わたしはタンクを左手で軽く叩きながら、バイクに言った。頑張れ、と言ったって、ガソリンが無いものはどうしようもないのだが。

 と、ついにアクセルが反応しなくなった。

 哲彦は行ってしまった。

 わたしはクラッチを切って、惰性で脇にバイクを寄せる。無音だった。回転計はゼロを指していた。

 ガス欠。

 わたしは、スターターを回した。

 キュルキュルと空しくモーターだけが回る。分かってはいたけれど、ついやってしまう。あと、どのくらいあるのだろう。歩くしか無いのかな、バイクを押して。

 バイクを降りると、スタンドを出してそこへ座り込んだ。

 国道を離れるときに、ガソリンを入れておけばよかった。

 ふと、バイクの音がして、哲彦が帰ってきた。

「やっぱり、もたなかったか。」

そういうと、彼はわたしの後ろに自分のバイクを止め、わたしの隣に座った。

「休憩。とりあえず。」

何故かその手には缶コーヒーが二つあった。

「え?」

「冷えて無いけどね。昼間買ったやつだから。」

そう言いながら、片方を差し出した。

「ありがとう。」

わたしはそれを受け取った。

「タバコは?あんまり吸うようには見え無いけど。」

彼はポケットからマイルドセブンライトを取り出して言った。

「あ、時々。」

一本もらって火を付けてもらう。ふーっと煙を吹き出すと、霧の様に見えた。そういえば、いつの間にかだいぶ冷えてきている。春は昼夜の気温の差が実際よりも大きく感じる。

 わたしたちは、しばらくぼうっとタバコを吸っていた。

「いいバイクだね、これ。」

哲彦がぼそっと言った。

「FZRでしょ、これ。最近あまり見なくなったけど、やっぱこういうのにあこがれて乗り始めた年代だから。」

「そうなんですか?」

わたしは相槌のつもりでそう言った。

「うん。今はあれに乗っているけどね。」

そう言いながら彼のバイクを指差した。

「あれはなんていうバイク?」

「ZZR。排気量とか馬力とかは同じだけどね、重さが全然違うからね。少し重いね。」

「そうなんだ。」

また、相槌のつもりで言った。

「形も似ているけど、やっぱりね、違うよ。」

そう言うと、タバコをもみ消した。

「蓮田さんは、形にあこがれて?」

わたしはFZRを見つめた。

「これ、彼氏のバイクなの。」

「あ、そうなの。」

残念そうな声に聞こえた、っていうのはわたしの自意識のせいだっただろうか。わたしは言わなくてもいいことを言ってしまったような気がして、余計なことをさらに言ってしまった。

「もう、いないけどね。」

「え?バイクだけ置いていなくなったの?」

それには答えない事にした。

「今は、わたしのよ。」

短くなったタバコを地面で消してわたしは顔を上げた。

「はい、これ。」

そう言って彼は携帯灰皿のふたを開けた。

「ありがとう。」

用意のいい人だ。

「それにしても、突然暗い山道で蓮田さんが走り出して来たときは驚いたよ。」

わたしは笑ってごまかした。

「さて、あと2キロくらいなんだけどね。ここで待っててもらってもいいかな。ガソリン買ってくるよ。」

「え?そんな歩くわ。」

わたしはそう言った。2キロならなんとか歩けるような気がする。

「いや、大丈夫。オイル缶に詰めてもらってくるから。15分くらいで戻ってくるよ。その方が早いでしょ。」

「それはそうだけど。悪いわ。」

わたしは、慌ててそう言った。

「いいよ。何かの縁だよ、たぶん。」

そう言うと、彼は自分のバイクにまたがった。

「じゃあ、待ってて。」

彼はわたしに何か言わせる隙を与えないまま、エンジンを一度空ぶかしすると、走って行った。

 わたしは、それを見送りながら、どうしていいものやら、途方に暮れた。


 1時間後、哲彦とわたしは、牛丼を食べていた。

 牛丼屋にしたのは、荷物を積んだままのバイクを置いてレストランに入る事が出来なかったからだ。ツーリングは食生活にまで影響する。

「本当にありがとう。」

わたしは、とにかくもう一度そう言った。

「大したことじゃないよ。」

そう言いながら、哲彦は牛丼に紅生姜をのせた。大量に。それから、

「これから、まだ走るの?」

と、聞いた。

「うん。」

わたしは、それだけ言うと食べ始めた。お腹が減って我慢できなかった。お昼にハンバーガーを一つ食べてから、コーヒーしか飲んでいなかった。どうしてわたしは食べるということに消極的なんだろう。

「やっぱり、ああいうのもいいよね。」

温かい味噌汁から顔をあげると、哲彦は窓から外に置いたバイクを見ていた。

「小さい頃からバイクが好きだったんだ。NSRとかTZRとかね。やたらと名前を覚えたんだ。」

「そうなんだ。」

どう答えてよいものやら分からなかったのでそう言った。

「400で、ああいうバイクは、もう作られないだろうね、きっと。」

そうだろうな。乗り心地悪いし。

「フレームはアルミだし、当時の最先端技術のかたまりだよね。コストが見合わないよ。」

あ、そうなのか。

「アルミなの?あれ。」

「ああ。アルミだよ。奈々さんのは、マフラーも代えてあるね、カーボンのに。」

カーボン?バカボンなら知っている。古い漫画だ。

「でも、長距離は結構疲れるでしょ?」

「うん。乗り心地悪いし。」

「そうだよね。前屈みだから腕も痛くなるし。」

そうだったのか。腕の疲れないバイクもあったのか。きっとそういうのは首もいたくならないんだろう。

「気を付けて行ってね。」

そういうと、哲彦はお茶をすすった。

「ありがとう。」

わたしも、お茶に手を伸ばした。なんだか、疲れが体の芯からあふれてきたような気がした。睡眠不足と一日の汚れでわたしは汚い顔をしているんだろうな。ふと髪に手を伸ばした。からまっていた。

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