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異世界からの侵略者 8


 味方の着艦を援護しつつ、セイヴァー01は最後まで戦場に留まっている。

 いわゆる殿軍(しんがり)の役目だが、さほど困難な局面でもない。


 ピクシーどもの残存は、もう二十機を割り込んでいるし、戦意が高いわけでもないからだ。

 基本的に、やっていることは時間稼ぎ。

 ナースが後退しようと動いたなら、立ちはだかって邪魔をしたいところだろうが、戦力的に難しい。


『頃合いだな。自分たちも帰還しよう』


 耳道に滑り込むのはフランベルジュ01のマーチスの声だ。


「了解。そっちの損害は?」


 威力の低い攻撃魔法を、とにかく数だけ撃ちながらマルグリットが訊ねる。


『三機。さすがにゼロでは勝てなかった』

「こっちは二機。ピクシーごときに、合わせて五機もやられるとか、泣けてくるわね」


 四十機対六十機で戦って半数以上を撃墜したが、こちらも損害が出た。

 当たり前である。

 敵もまた本気なのだから。


 ただ、死んでいった騎士(パイロット)たちは、当たり前で済まされたらたまったものではない。


『進路クリア。帰投する』


 マルグリットのぼやき(・・・)には付き合わず、マーチスが機体を反転させる。


「了解。すぐに追いかけるわ」


 軽く肩をすくめたあと、セイヴァー01も僚機に追従した。





 移動要塞アスラが戦闘空域に到着したのは、機動戦艦ナースが本格的に逃げ去ってから二分十二秒後のことであった。


「老人め。最初からそのつもりだったか」


 十三機まで撃ち減らされた戦闘ユニットを要塞に収容させながら、アダルバートは呟いた。

 苦虫を噛み潰したような表情である。

 しかも、まとめて十匹か二十匹くらい。


 逃げるなら、最初から戦闘など選択せずに逃げれば良かったのだ。

 それをわざわざ迎撃して見せたのは、全方向に飛ばしたネヴィル帝国軍の偵察隊を集結させるためである。


 事実として、ナースを発見したアダルバートは戦闘中の部隊を除いたすべての戦力をアスラに集めている。

 兵力の集中というのは軍略の基本だからだ。


 敵の位置が知れた以上、部隊を散らしていても意味がない。

 遊兵(ゆうへい)といって、戦闘に参加しない兵力を作ってしまうだけである。

 全戦力でナースを叩こうとしたアダルバートの選択は健常で常識的なものだ。


 そしてその常識の裏をかかれた。


 決戦を選んだように見せたのは、まさにイスカリオットのトリックである。

 アスラが到着するタイミングを計って、逃げてしまった。


「提督……」

「これで我々は、また一からナースを探さなくてはいけなくなったな」


 気遣わしげな美貌の副官に肩をすくめてみせる。

 各地に散っていた偵察部隊がそのままであれば、あるいは索敵と警戒の網にひっかかったかもしれない。

 そういう偶発的なラッキーパンチを防ぐための小細工だ。


「南へ飛び去った、とは、報告があがっておりますが」

「うむ。では我々も南へと向かうか。しかしルクレーシャ。やつらは裏をかいて北へ転進するかもしれないぞ?」


 こんな小細工を効果的にやってのける老将である。

 素直な逃げ方をするとは考えにくい。


「そう思わせて、じつは本当に南という可能性もありますね」


 ルクレーシャもまた苦笑を浮かべる。

 一度罠にかかってしまうと、どうしても慎重になってしまうのだ。


 また引っかかってたまるか、というのは、人間だれしもが持つ心理である。

 あるのかないのかも判らないようなトリックを、つい疑ってしまう。


「結局、やつらがどっちに逃げたとか関係なく、我々は全方向を調べなくてはならないんだよな」


 偵察部隊を戻したばかりなのに。


「この徒労感を味わわせるのも目的のひとつだとしたら、王太子イスカリオットという人物は、そうとう性格が悪いですね」

「なんだ。やっと気付いたのか。俺はあの王子様と何度か戦場でまみえたが、魔族(デモン)や邪竜の方が、まだ可愛げがあると思ったものだぞ」


 副官の感想に、やれやれと両手を広げてみせるアダルバートだった。





「どうせなら、北海道に逃げ込んでみるかのう」

「なにがどうせなのか、さっぱり判らないんだけど? おじいさま」


 ナースの艦橋。相変わらず髭を撫でているイスカリオットを、うろんげな目でマルグリットが見つめる。

 圧倒的に有利な状況だったのに逃げ出した機動戦艦ナースは、大阪上空で大きく時計回りに転進し、北へと進路を取った。


 命令だから従ったものの、この行動だってマルグリットには意味不明だ。


 たしかにアスラは接近していただろうが、それはむしろ、一気にネヴィル帝国を叩くチャンスだったのではないか。

 ナースの戦闘力はアスラのそれには劣るが、勝利から戦端を開くというのは士気の面で非常に有利である。


 もし仮に、万が一逃げることになったとしても、一戦を交えてからでも遅くはない。

 速力の差で逃げ切れるだろうし。


「でも、マルグリットさん」


 横から龍哉が口を挟む。

 やや申し訳なさそうに。


「メグって呼んでって言ったでしょ。ご先祖さま」


 じろりと睨みつけられた。


「あ、うん。じゃあ俺のことは龍哉で」

「OK。リューヤ。で、なに?」

「たぶん、逃げて正解だと思うんだ」

「なんで?」


 マルグリットが挑戦的に問う。

 面白そうにイスカリオットが目を細めた。


「敵のピクシーだっけ? あれさ、陸戦能力があるってきいたんだけど」


 自信なさげに、少年が説明を始める。

 帝国で用いられている戦闘ユニットのピクシーは、最も汎用的なタイプである。


 そこそこの空戦能力、そこそこの陸戦能力、そこそこの火力にそこそこの稼働時間。まず安定した性能をもっているため、多くの戦場で使われるという旨を、龍哉はリンカーベルから解説されていた。

 なにかに特化した能力はないが、たいていの任務はこなせるユニットなのだと。


 当然、偵察任務にだって耐えられる。


「でもさ。おかしいなって思ったんだ」

「おかしい?」

「帝国には、たとえば空戦型の戦闘ユニットってないのかなって」

「…………」


 龍哉の言葉を深沈と噛みしめるマルグリット。

 結論からいうなら、そういうものは存在する。彼女が駆る魔導装甲(マグナイト)は『タイプドラグーン』と呼ばれる空戦特化の機体だが、もちろん帝国にも空戦型の戦闘ユニットがあって、こちらは『シルフィード』と呼ばれている。

 そして、ドラグーンとシルフィードに、性能的な優劣はほとんど存在しない。


「なんでシルフィードを使わなかったのかって話よね? リューヤ」

「ああ。偵察だけが目的じゃないと思うんだよ。むしろ、偵察が主目的だと思わせたかったっていうのかな」


 少年がぽりぽりと頭を掻く。

 ピクシーを使った偵察はべつに珍しくもない。

 だから今回もマルグリットはそう思っていた。

 せいぜいが、あわよくばナースへの侵入をはかるかな、くらいだ。


「でも、あわよくばじゃないってことね?」

「帝国の本隊が到着したら、出してくるピクシーは五十とか六十とかって数じゃないと思うんだよな」

「そりゃそうよ。アスラの搭載能力を考えたら」


 頷きつつ、少女はうそ寒そうな表情を浮かべている。

 数百機。下手をすれば千機を超えるかもしれない。


 いくら機動戦艦ナースが誇る十個の空戦隊でも、三百対千では勝負にならないだろう。

 いつかはナースに取り付かれてしまう。


 そしてそのとき、ナースの魔導装甲(マグナイト)は、ほとんど出撃してしまっているのだ。

 母艦の危機だからって慌てて戻ろうとしても、もう手遅れである。


 しかも敵が艦内に入った状態から逃げたとしても、ほとんど意味はない。

 つまり、総力戦になるという事態そのものが、ナースにとってはチェックメイトに近い。


「……呆れるのは、今日、生まれてはじめて実戦を見たはずのご先祖に、そこまで見えた(・・・)ということじゃろうの」


 呆然といった風情のイスカリオットである。

 マルグリットも、こくこくと頷いている。

 彼の記憶が間違っていないなら、朝倉龍哉という少年は、一介の高校生だったはずだ。

 軍師ばりの論理思考とか、少しばかりおかしい。


「じっさい、兄さんはおかしいのよね。元旦あたりから」


 肩をすくめるのは美雨だ。

 高校生とは思えない胆力と先読み。そして指導力。

 年明けとともに発揮しだした。

 より具体的には、ネヴィル帝国による攻撃の直後から、である。


「…………」

「…………」


 少女の言葉に、ドラゴニアの王族たちが顔を見合わせた。


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