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異世界からの侵略者 7


 焼け野原と化した東京の上空を翔る白銀の騎士。

 その数六十。

 ネヴィル帝国の四十機を数で上回っている。


「もちろん性能でも、騎士(パイロット)の腕でもね!」


 勇躍して敵陣に飛び込んでゆくセイヴァー01。マルグリットの搭乗機体だ。

 背面に埋め込まれた反重力発生装置(エーテルリアクター)が、ありえない機動を可能にする。

 戦闘ユニット『ピクシー』の攻撃を易々と回避し、右腕から放たれる魔力光で、一機また一機と屠ってゆく。


 本人は腕と豪語したが、むしろ性能差による戦果である。

 ピクシータイプは、地上戦や艦内に乗り込んでの白兵戦も想定して作られているため、実弾兵器なども搭載している。

 完全に空戦に特化した彼女たちの魔導装甲(マグナイト)と比較すれば、鈍重なのだ。


「各小隊。揃ってるわね?」


 後続の魔導装甲に呼びかける。

 セイヴァー隊は三十機で、三機ずつ十個の小隊によって編成されている。

 マルグリットのセイヴァー01は、隊長機であると同時に第一小隊の一番機だ。


『あんな鈍くさいカブトムシ野郎なんぞにやられる阿呆はいませんぜ。姫』


 魔導通信に乗って、副隊長たるダルトンの声が響く。


「正しい評価だと思うけど油断だけはしないでね。このまま敵陣を中央突破して背面展開。フランベルジュ隊との挟撃体勢を構築するわ」

『了解!』


 第二小隊のダルトンをはじめ、各小隊からの返信が入る。

 錐を揉み込むように、戦闘ユニットの間を突き抜けてゆくセイヴァー隊。

 まさに先鋒の働きだ。


 それはドラゴニア王族の義務である。

 安全な王城にこそこそ隠れているものに王たるの資格なし。初代王リュウヤの教えだ。


 玉座を得るまでも、その後も、彼はずっと最前線にあり続けた、と、伝承には描かれている。

 最も危険な場所に立ち続けたからこそ、多くの異能奇才が彼の元に集ったのだと。

 彼の子にも孫にも、末裔たちにも、それは課せられた義務だ。

 戦場に立ち、兵士たちと同じ飯を食い、労苦を分かち合う経験を積まなければ、そもそも王位継承権が認められないのである。


「ゆーて、そんな剛毅な王様には見えなかったけどね。普通の男の子って感じ」


 マルグリットが口中に呟く。

 地球で出会った龍哉の第一印象だ。

 悪人には見えなかった。しかし、偉大な人物にはそれ以上に見えなかった。

 ただ、小さなコミュニティではあるがそれを大過なく運営していた。


「名君の片鱗ってところかしら?」


 小首をかしげる。

 戦闘中にのんきなことではある。

 と、セイヴァー01に攻撃が集中する。


「頭を潰そうと動いたわね。戦術的には正しい判断よ」


 にやりと唇が歪んだ。

 次の瞬間、突きかかってきた三機ほどのピクシーが爆発四散する。


「ただ、戦場で隊長機が動きを鈍らせたら、まず罠を疑うべきだったわね」

『姫。大丈夫?』

「ナイスタイミングだったわ。アイリーン」


 攻撃しようとしていたピクシーを、さらに後ろから攻撃して撃墜した第一小隊の僚機たちが、セイヴァー01に機体を寄せた。





「提督。接敵しました」

「全艦全速。該当空域に急行せよ」


 ルクレーシャからの報告を受け、大きく頷いたアダルバートは間髪を入れずに命令を下した。

 広範囲の威力偵察をおこなっていたピクシー部隊の一部が、ドラゴニアの戦艦を発見し戦闘状態に突入した。


 といっても、普通に考えたら勝負にならない。

 戦闘ユニット、しかもピクシーがたった四十機では、さすがに荷が勝ちすぎる。

 そんなことは敵も判っているだろう。

 だからこそ戦端を開いた。

 勝てると踏んだから。


 アダルバートとしては、まずはそれが狙いである。

 敵の位置が判らなくては、どんな作戦も構築のしようがない。

 巨大要塞が空を飛翔する。

 ピクシーが収集した情報が次々と送られてくる。


「艦型が確認されました。機動戦艦ナースです」

「……あの老人か……」


 苦虫を噛み潰したような表情を、アダルバートが浮かべた。

 厄介な相手である。

 ドラゴニア王国の第一王位継承権者にして最大の宿将。あげた武勲は数知れず、兵士たちからの信頼も厚い。


「となれば、こちらの狙いは読めているだろうな。そのうえで決戦を挑んだか」


 なぜだ?

 右手で下顎を撫でる。

 左手の指先は、司令官席の机を音もなく叩いている。

 思考の軌跡を追うように。


「……なるほど。見せるためか。日本人どもに」

「提督?」


 気遣わしげな美貌の副官に微笑を向ける。

 ネヴィル帝国とドラゴニア王国の戦いをみれば、じつに判りやすい構図になるだろう。


 侵略者であるネヴィル帝国と、その野望を阻もうとするドラゴニア王国。

 正義と悪との戦いだ。


 ただ、アダルバートにしてみれば、べつに正義派のポジションなど欲しくない。

 そんなものを求めるなら、最初から攻撃など仕掛けたりしないだろう。


 エオスを誤らせたアサクラリュウヤ。それと同族である日本人である。

 感覚的には害虫と大差ない。

 一匹残らず滅ぼし尽くしたとしても、べつに心など痛まないし、むしろ清々するくらいなのだ。


 だからこれは意味のない策。


「と、思わせるのがひとつだろうな」


 苦笑が浮かぶ。

 アダルバートには意味がなくても、アサクラリュウヤには意味があるのだ。

 彼自身が身を寄せている陣営を正義だと思わせることができる。


 小さく見えてこれは大きい。

 だれだって、自分は悪であるなどとは思いたくないから。


「いかがなさいますか?」

「まあ、いまさら方針の変えようもないさ。我々は悪の陣営として突き進むのみだな」


 人の悪い笑みをネヴィルの将が浮かべた。

 いまさらである。


 アサクラリュウヤとの間に、今後、友誼が結べるわけもないし、そもそもそんなつもりもない。

 捕らえて、氷精霊封印(コールドスリープ)にでもしてしまう。最初からその予定だったのだ。

 敵として認識され、憎悪されるのは計算の内である。


「一気にナースを叩いて戦闘員を送り込み、アサクラリュウヤの身柄を確保する」

「了解しました」


 ふ、と、優しげに副官が笑う。

 清廉潔白で公明正大、民や兵たちからも信頼の厚いアダルバートが、悪の仮面をかぶろうとしている。

 それはもちろん、エオスを救うためだ。


 精霊宝珠(メインコンピューター)の予想では、もう一刻の猶予もないのである。

 今年、地球の暦で二〇一九年に起こったアサクラリュウヤの転移を阻止しなければ、数年の内にエオスは消失点(バニシングポイント)に到達してしまう。


 滅びだ。


 もちろん、転移を阻止するということは、エオスは現在のような文明を築くことができない、ということでもある。

 計画が成功した瞬間に、ルクレーシャもアダルバートも消えてしまうだろう。


 地球人が来なければ、次元を越えるような技術が生み出されるはずがないのだから。

 すくなくとも、たった千五百年という時間では。


 エオスは当たり前に進歩し、それこそ地球になぞらえるなら二十世紀くらいの文明になっているはずだ。

 その歴史において、もしルクレーシャが生まれたとしても、こんな移動要塞の副官、などということだけは絶対にない。


 それで良い。


「悪の道を進むとしようか。ルクレーシャ」

「はい。おともします」






「レーダーに感。移動要塞アスラです」


 索敵士官が報告し、ほうとリンカーベルがため息を吐いた。

 差し手に迷いがない。

 さすがは帝国の闘将というべきだろうか。


「艦長?」

「ううむ。こちらがやる気満々、というのを見せれば、かえって慎重になるかと思ったのだがのう」


 白い髭をしごくイスカリオット。

 ネヴィル帝国は、自ら悪の名を冠する覚悟をさだめたということか。

 そうまでして歴史を修正する。


「剛毅な意志というべきなのじゃろうが、ちと付き合いきれんのう」


 肩をすくめながら、艦長が副官に魔導装甲(マグナイト)部隊の戦況を確認した。

 空戦そのものは有利に展開しているし、ほとんど損害も出ていないものの、戦闘ユニットはなかなか粘り強く戦っており、まだ決着はついていない、との報告を受ける。


「アスラ到着までの時間稼ぎじゃな。これもまた付き合いきれんのう。とっとと逃げ出すとしようかの」

「はい。では魔導装甲(マグナイト)を収容しつつ後退。アスラが戦場に至る前に離脱、ということでよろしいですか?」


 笑みを含んだ顔で、リンカーベルがイスカリオットの言葉を通訳(・・)した。



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