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異世界からの侵略者 5


消失点(バニシングポイント)が近づいていたの」

「なんだよそれ……」


 聞き慣れない言葉に龍哉が首をかしげた。

 右手の指先を形の良い下顎にあて、マルグリットが少しだけ考える素振りをする。

 言葉を選ぶように。


「んーと。ちょっと概念的な話になっちゃうんだけど。進化の袋小路に入ったっていうのかな」


 発展を続けるエオスだったが、翳りが見え始めた。

 漠然とした不安が世界全体を包むようになってゆく。

 出生率は低下し、新発見や新発明はなくなり、技術革新は頭打ちになっていった。


「人間は、種として限界に達したんじゃないかって主張する学者もいたわ」

「限界て……」

「ずっと続いてきた平和のせいで生き物としての強さ(・・)を失っちゃったんじゃないかってね。で、それを受けてネヴィル帝国がドラゴニアから独立を宣言したの。これが百年くらい前」


 世界統一国家だったドラゴニア王国が分裂した。

 いくつかの大国と、やはりいくつかの小国に。


 そしてそれは、戦乱の時代の幕開けでもあった。

 多くの命が戦場に消え、そのかわりに世界に活力が戻ったかに見えた。


「…………」


 戦争が文明を発展させる。

 それは、平和な時代に生きる龍哉にとっては、認めたくないことである。


「でも、見えただけだったの。相変わらず魔導コンピューターが映し出す未来予想図は、絶望に満ちたものだったわ。解はひとつしか示されなかったの」

「その解ってのは……」

「ご先祖さまを転移させない。エオスは地球人の知恵を借りることなく、自分たちの足で歩く」


 歌うように告げるマルグリット。

 しかしその抑揚は悪意に満ちたものだった。


 ドラゴニアの魔導コンピューターも、ネヴィルの精霊宝珠(メインコンピューター)も、同じ回答を繰り返すだけ。

 急げ、と、せかすように。


 奇しくもエオスの暦での竜暦(パクスドラゴン)一五四七年は、地球の暦になおせば西暦二〇一九年だ。

 ドラゴニアの始祖、龍哉が地球から消えた年である。


 もはや一刻の猶予もなかった。

 ネヴィル帝国は龍哉を転移させないため、地球への侵攻を開始する。


 しかし龍哉を殺すことはできない。

 転移の条件が判らないからだ。


 どうやって転移したのかという資料は残っていない。

 さすがのエオスの魔法科学でも、千五百年も昔のことを正確に調べることはできなかった。

 もしかしたら、地球で死ぬことが条件なのかもしれないのだ。


「だから捕まえて、氷精霊封印(コールドスリープ)でもさせちゃうつもりだったんでしょうね」

「そんなことのために侵攻してきたのかよ……」


 ぎり、と奥歯を噛みしめる龍哉。

 自分に用があるなら、自分にだけコンタクトを取ればいい。

 どうして攻め込む必要がある?

 とうして多くの人を殺す必要がある?


「ネヴィル帝国の攻撃による日本の被害は、四千五百万人以上よ」


 表情を飲んだのか、マルグリットが淡々と告げた。

 感情を交えず、事実だけを。

 あまりの数に美雨が瞠目し、両親があんぐりと口をあける。


「奴らにしてみれば、日本人を根絶やしにしたとてもべつに痛痒は感じぬし、むしろ望むところじゃろうよ。復讐としてな」


 ほろ苦い顔でイスカリオットが横から口を挟む。

 攻撃を加えなかった大都市には、アサクラリュウヤなる日本人が居住している可能性があったためで、手心を加えた結果ではないと付け加えながら。


「そうか。俺だけじゃないのか」


 同姓同名の存在だ。


「ありふれた、とまではいかないけど、極端に珍しい名前でもないものね。キラキラネームってわけじゃないし」


 龍哉の納得に、マルグリット微笑を見せた。

 ネヴィル帝国には、カギとなる個人がこの龍哉であると特定する方法がなかった。

 だから攻撃の巻きこまれて死んでしまわないようにする必要があったし、日本人に差し出させるという迂遠な方法をとるしかなかった。

 そいつが転移する龍哉なのか、違う龍哉なのか、見分けることができないから。


「でもマルグリットさんは判ったのよね?」


 なかば挙手するように美雨が訊ねる。


「そりゃあ、何百世代も重ねてるけどわたしたちは直系だからね。遺伝子情報を特定する方法くらいはあるわよ」


 両手を広げてみせる少女。

 おどけた口調だったが、言葉の意味はひどく重い。


 つまり彼女は龍哉の直系の子孫ということだ。

 この場合、当然のようにイスカリオットもそういうことになる。


 そして、龍哉の子孫ということは、


「あらためて自己紹介をしたほうが良いじゃろうな。儂はドラゴニア王国の第一王位継承権者じゃよ。日本風にいうなら皇太子ということになろうな」


 老人が笑う。

 王子様というには、いささか老いぼれじゃが、と付け加えながら。


 まあ年齢的なことはべつに珍しくもない。

 日本だって、平成天皇が即位したのは五十六歳のときだし、今年即位する予定だった皇太子だって五十八歳だ。

 王子様イコール若くて格好いい、というイメージは童話くらいである。


「おじいさまも、もう百六十だしね。即位してもけっこうすぐ退位することになりそう」

「百六十て……」

「地球人に比べたらだいぶ寿命が長いからね。平均寿命は二百歳くらいよ。医学とかもずっと進歩してるから健康に長生きできるわ」


 呆れたような感心したような顔をする朝倉家の人々に、ごく軽くマルグリットが説明するが、詳しく解説するつもりはないようだった。


 本筋とはかけ離れた話題だから。

 エオス人がどれほど長命でも、それが出生率の低下に繋がっていても、この際はまったく関係ない。


「ともあれ、儂らはネヴィル帝国の野望を挫き、ご先祖さまを救出するために次元を渡ったのじゃが、後手に回ってしまった」


 悔しげなイスカリオットである。

 一ヶ月たらず。

 たったそれだけのタイムラグで、日本は壊滅してしまった。

 龍哉の保護はぎりぎり間に合ったが、それで失われた命が戻ってくるわけではない。


「すまんかったのう。ご先祖さま。儂らが不甲斐ないばかりに」


 深々と頭を下げる。


「いやいや! お顔を上げてください!」


 慌てたのは龍哉だ。

 どう考えたところで、イスカリオットたちに罪はない。


 攻めてきたのはネヴィル帝国である。

 大量虐殺をおこなったのもネヴィル帝国である。

 仮に、それを招いた遠因が龍哉にあるのだとしても、イスカリオットやマルグリットが罪の意識を抱くのは筋が通らない。


「ひとつだけ質問良いですか?」


 ここまで黙って話を聞いていた章吾が口を開いた。

 瞳のあたりに覚悟のようなものがたゆたっている。


「なんじゃろうか」


 自然と居住まいを正して、イスカリオットが正対する。


「あなたたちは、龍哉をどうするつもりなのでしょう?」


 ネヴィル帝国とやらは身柄を確保したがっている。

 これは良い。

 本来的にはまったく良くはないが、目的は判った。手段も理解した。


 ではドラゴニア王国は?

 龍哉を保護して、なにを為すつもりなのか。


 ここまでの説明では、エオスの危機を回避する方法は語られていない。

 彼の転移を阻止するという方法以外には。

 ネヴィル帝国が阻止に動いたとするなら、ドラゴニアは促すために動くのか。

 それでは危機は免れ得ないのではないか。


「章吾どの。儂らはご先祖さまに関して、手を出さない(・・・・・・)という選択をしたのじゃよ」


 転移するにしても、それを促さない。邪魔もしない。

 流れに身を任せる。


「それってなんの解決にもならないんじゃ……?」


 首をかしげる龍哉。

 危機が迫っているのに、その解法は示されているのに、運命に任せるとか。

 もちろん彼は知らないが、ネヴィル帝国が運命論者と吐き捨てるドラゴニアの姿勢である。


「ていうかね。ご先祖さま。なかったことにするっていうのは解決とはいわないと思うのよ」


 マルグリットが少年を見る。

 強い瞳で。

 挑むように。


 龍哉の転移によってエオスの歴史は動いた。

 それは正しい進歩とはいえなかったのかもしれない。

 歪んだかたちだったのかもしれない。


 しかし、尋常なものではないにせよ、そこには人々の歩みがある。

 築き上げてきた歴史がある。

 間違っていたからやり直せ、などとは言わせない。

 絶対に。


「たった一人をどうにかすることで救われる世界。どんだけ安いんだって話よ」


 きっぱりと言い放つ少女だった。



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