表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/33

異世界からの侵略者 4


 高級ホテルの一室のような場所だった。

 きょろきょろと龍哉が周囲を見渡す。


 窓はないが明るく、調度類もえらく金がかかっていそうな(しつら)えである。

 中流サラリーマン家庭である朝倉家の人々にとっては、たいへんに落ち着かない。


 住民どもに囲まれ、万事休すといった状況から一転して、賓客のような扱いだ。

 そもそも、どうやってここにきたのかすら判らない。


 助けてくれた少女が、謎の言葉を呟くと、彼らはここに立っていた。

 意味不明である。


「まるでSFのようだよ」


 父の章吾(しょうご)がやれやれと首を振る。


「どちらかというとファンタジーなのじゃがな」


 応えるように声が告げ、音もなく壁がスライドした。

 立っていたのは、白い髭の老人と、助けてくれたあの少女である。

 どちらも軍服のようなものを身にまとっていた。


「機動戦艦『ナース』へようこそ。ご先祖さまがた」


 優雅な一礼だ。

 やや慌てて、章吾と龍哉が頭を下げる。

 母の美弥(みや)と美雨も続いた。


「どうぞ楽になさってくだされ。儂はイスカリオット。この船の艦長なぞをやっております。こちらは孫娘のマルグリット。突然のことで、さぞ驚きでしょう。まずはここまでの経緯を説明させていただきたい」


 身振りでソファセットを示す。

 朝倉家の人々が着席すると、テーブルの上に湯気を立てるお茶が現れた。

 これも突然に。

 驚くべき事態なのだが、龍哉は声すら出さなかった。

 気分としては、もうなんでもこいという感じだ。


「経緯もなにも、日本がどうなっているのかすら、俺たちは知らないんです」

「でしょうね」


 頷いたのはマルグリットである。

 現在の地球で、最も情報に疎いのが日本人だ。

 侵略された当事者なのに。


「最初に言っておくと、攻め込んできたネヴィル帝国とわたしたちは別の勢力よ」


 やや言い訳めいたセリフのあと、少女が説明を始める。

 マルグリットらの陣営はドラゴニア王国。

 異世界エオスを代表する大国のひとつだという。


「異世界?」

「地球から見て、ね。わたしたちから見たら地球が異世界ってことになるわ」

「なるほど……」


 完全に理解できたわけではないが、龍哉は頷いた。

 この時点で話の腰を折ってしまっては、まったく先に進めない。

 マンガやライトノベルなどで幾度も幾度も語られてきた異世界、と解釈しておく。

 あれは中世ファンタジー風のものが多かったが。


「その解釈で間違ってないわよ」


 龍哉の顔色を読んだのか、マルグリットがくすりと笑った。

 エオスという世界は、少年がよく知るようなファンタジー的な世界だった。

 剣と魔法が支配し、亜人や獣人、モンスターが闊歩する場所である。


「いや、でも、あの空飛ぶ要塞とかは……?」


 魔法で浮いているとでもいうつもりか。

 だとしたら、それはそれでとんでもない話だ。


「中世ファンタジー世界だって、千五百年もあれば進歩するわよ。日本のライトノベルとかで語られてるのが西暦の五世紀くらいだと仮定して、それに千五百年をプラスしたら一九〇〇年代になるでしょ?」


 くすくすとマルグリットが笑う。


「それだと計算がおかしくねえかなぁ……二〇世紀にあんなもんは造れないと思うんだけど……」


 龍哉の微弱な反論だ。

 そしてそれこそが、最も重要な部分である。

 我が意を得たり、という表情を少女が浮かべる。


「その通りよ。ご先祖さま。まともに考えたらあんなもの造れない。でもエオスの技術では造れてしまう。次元を越える力を持ち、ひとつの国を一瞬で滅ぼし得る魔導要塞を。魔法科学の結晶として」

「魔法……科学……?」

「ええ。異常でしょ? 地球になぞらえたら、エオスは二〇世紀なのに」


 マルグリットの言葉に龍哉が頷く。

 出来損ないの自動人形のようにぎこちなく。

 なぜか悪い予感が鳴りやまない。


「原因はあなたよ。ご先祖さま」


 じっと龍哉を見つめながら、少女が言った。





 その少年は、黒い髪と黒い瞳をもっていた。

 行き倒れだった。


 とある町の娘に運良く助けられ、彼はエオスの民となった。

 そして、瞬く間に英雄となった。

 神のごとき叡智と、困難に挫けぬ強い心によって。


 彼のもたらした知識により、人々は幸福になっていった。

 人々に望まれ、ついに彼は一国を興した。


 ドラゴニア王国。

 それはエオスの華。

 ドラゴンの名をもつ黎明の王が築きあげた、この世の楽園である。


「……ちょっと待ってくれるか……マルグリットさん……」


 絞り出すような声を龍哉が発した。

 あまりにも荒唐無稽な物語だ。

 ありえない。

 それはまるで……。


「お察しの通りよ。ご先祖さま。ドラゴニアの始祖はあなた」


 マルグリットの唇が半月を形作る。

 龍哉は異世界エオスに転移したのだ。

 世にありふれたライトノベルのように。


「ばかな……」

「そしてご先祖さまは、ある特殊なチカラを持っていた、と伝承にあるわ。『神の叡智』と呼ばれる特殊能力ね」

「なんだよそれ……」


 龍哉の声はからからにかすれている。

 自分が異世界に飛んで王様になるとか。

 夢でもみているようだ。しかもとびっきりの悪夢である。


「ま、いわゆるチートよ。平成日本にあふれるすべての知識を、いつでも引き出すことができたらしいわ」


 すべて、という部分にマルグリットがアクセントを置く。

 日常に役立つモノだけではない。


 農業技術でも工業でも冶金学でも、あるいは軍事知識さえ、龍哉は自由に使うことができた。

 中世的な、地球でいうなら五世紀ごろのファンタジー世界で、である。


 そりゃあ国くらい簡単に興せるだろう。

 神のように崇拝されるだろう。

 しかしそんなことをしてしまったら……。


「そう。エオスは急速に進歩していったわ。ううん。進歩なんて表現じゃ追いつかないわね。跳躍よ」


 二一世紀の科学力とエオスの魔法が融合した。

 生まれたのが魔法科学。

 科学にできないことを魔法で補う。魔法では難しい部分を科学がカバーする。

 産業革命もなにもなく、エオスの文明は躍進した。


 それだけではない。

 政治や経済の知識も、なんの障害もなく与えられた。

 市民革命など起きなかった。

 龍哉の子孫たるドラゴニアの王族は、最も効率的で、最も理想的な形で国を治めることができた。

 民は与えられた権利と自由を謳歌し、政治に興味を持つこともなく、文明の成果だけを享受した。


「最悪だろ……」

「まあ、今の日本もたいして変わらないだろうけどね」


 皮肉げに言ってマルグリットは肩をすくめる。

 彼女の話はまだ終わらない。


 日本の政治家たちより、ドラゴニアの王族ははるかにラクだった。


 なにしろ彼らは、どうすれば民が喜ぶか、その答えを知っていたから。

 どうすれば上手に衆愚政治を運営できるか、解答を持っていたから。

 国家事業がどうすれば成功するのか、どうすれば民が不満を持たず、喜んで税を納めるのか、全部判っていたから。


 ドラゴニアがエオス全域を統一するまで、五十年もかからなかった。

 そして進化の歴史がはじまる。


「世界的なチートよ。知ってるんだもの。将来起こるであろう問題も、その解決策も」


 森林伐採は、先に植樹の概念があったから、砂漠化など起きなかった。

 フロンガスによってオゾン層が破壊されることが判っていたから、最初から安全策がとられた。

 原子力発電も、最初から最も高い安全基準をもって進められた。

 農産物だって高い安全性と生産性をもった品種が、はじめから栽培された。

 自然災害などの予測も、現代日本と同じレベルでおこなわれた。


「ま、理想郷(パラダイス)よね。作られた理想郷」

「…………」

「ともあれ、地球でいう五世紀か六世紀の時点で、エオスは二十一世紀並に進化しちゃったわけ。そこから千五百年経ったらどうなると思う?」


 それは、今の地球からみて西暦三五一九年の姿だ。

 しかもなんの問題点もなく発展した、きれいな地球の未来である。

 環境問題も人口問題も、あるいは少子高齢化問題さえも。


「増えすぎた人口を宇宙に移民させる、なんて必要はなかったから、べつに宇宙コロニーとかは造られなかったけどね」


 マルグリットが笑う。

 日本のアニメをもじって。


 星の海を旅する技術は生まれたし、ごく普通に宇宙船もある。

 それどころか、次元を越える手段まで登場した。


「でも、限界が近づいていることが判ったの」


 冗談めかした口調から、少女が表情を改める。

 まるで、ここからが本題だとでもいうように。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ