表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/33

円環の終わり


 どこまでも広がる草原を、吹き抜ける風がそよがせる。

 ゆっくりと降下してゆくドラグーンゼロ。


「異世界エオス……」


 操縦席(コクピット)で龍哉が呟く。

 バイザーに表示されている位置情報には、聞いたこともない地名が表示されていた。


 転移したのだ。


 結局、ネヴィル帝国は歴史を変えることができなかった。

 むしろ彼らのやったことは、歴史をなぞっただけ。


 すべて最初から決まっていたことだったのである。


 ネヴィルの精霊宝珠(メインコンピューター)が映し出した未来も、ドラゴニアの魔導コンピューターが示した未来も、ある意味において間違っていなかったし、欺瞞を語っていた。


 そもそもネヴィル帝国が地球に攻め込まねば、ドラゴニア王国が後を追うこくともなく、龍哉がドラグーンゼロに搭乗することもない。

 それでは転移は起こらないのだ。


 だから、魔導コンピューターも精霊宝珠もせかしたのである。

 滅びが近づいている、と。


「すべて予定調和ってか。ふざけろよ」


 エオスの大地にドラグーンゼロが着陸する。

 搭乗口を開き、ひらりと龍哉が飛び降りた。


 そこまでは格好良かったが、ぐらりとよろめいて倒れ込んでしまう。

 激闘につぐ激闘で、疲労の限界を超えていたのだ。

 精神が高揚していたため気付かなかったが、肉体は正直だった。


「ぐ……そういえば俺は、行き倒れてたところを発見されるんだったな……」


 まったく重要でない情報を思い出す。

 これは行き倒れで良いのだろうか?


 ともあれ、ドラグーンゼロを見られるのだけはまずい。

 彼が飛んだのがはるか昔の、千五百年も前のエオスだとすれば、こんな魔導機械があるわけがないのだから。


 最後の力で戦闘服のポケットに手を突っ込み、個人端末(デバイス)を操作してステルス(インビジブル)モードを起動する。

 それからゆっくりと目を閉じた。


 とにかく少し眠りたい。

 起きたら、やることがたくさんある。


 こんなバカバカしい歴史を終わらせるために。

 円環を打ち破るために。





 どれくらい時間が経ったのか、龍哉は人の気配に目を醒ました。


「わ。起きた。生きてた」


 少女の声が聞こえた。

 日本語ではないが、個人端末(デバイス)が問題なく機能し、少年の耳に理解可能な言語として届けてくれる。


 瞳を開くと、目の前にいたのは美しい少女だった。

 驚いたような、心配したような、微妙な表情をしている。


 ついさっきまで一緒に戦っていた少女だ。


「メグ? なんできみまでエオスに?」


 さすがに驚いて訊ねる龍哉。


 びくっとした少女が大きく跳びさがった。

 ひどい反応である。


「なんで名前知ってるの? こわい。きもい」


 台詞はもっとひどかった。


「あー いや、知り合いにそっくりで……名前まで一緒なのか?」


 苦笑しながら身を起こす。


 わかった。

 判ってしまった。


 この娘はマルグリットの先祖だ。

 つまり、ドラゴニアの祖となった女性ということである。そしてもちろん、一人だけでは子孫は残せない。


「あんただれ? どうしてここに倒れてたの?」


 警戒を解かないままの質問。


「俺はリューヤ。遠い国からきたんだがな。なんというか、時空震に巻き込まれたって理解できるかな?」


 こくんと少女が頷いた。


「これでも魔法使い(メイジ)のハシクレだからね。わかるよ」


 いわれて龍哉が少女を観察する。

 いかにも魔法使いという服装はしていない。

 むしろどこにでもいる町娘にしかにみえなかった。


「失礼なこと考えてる顔ね。いつでも世間様のイメージに合わせるってわけにはいかないのよ」

「違いない。すまなかった」


「いいわよ。そもそもわたしがここにきたのは、でっかい魔力反応があったからだし。時空震は想定の範囲内よ」

「なるほど」


 よっと龍哉が立ちあがり、戦闘服についた土埃を払う。


「あらためてよろしくな。メグ」

「なんで、あんたによろしくされなくちゃいけないのよ」


 うろんげな顔を向ける少女だが、瞳が笑っていたので迫力には欠けていた。


「袖振り合うも多生の縁っていうだろ? 身よりもなく、ここがどこかも判らない少年を見捨てたら可哀想だと思わないか?」

「自分で可哀想とかいわない」


 くすくすとメグが笑う。

 龍哉の言い回しが気に入ったようだ。


「でも、リューヤを助けて、わたしにどんなメリットがあるの?」

「これを研究させてあげるよ」


 言って、少年が個人端末(デバイス)を操作する。


 それは踏み込みにも似て。

 分水嶺だ。


 これが歴史を変えるための一歩目となる。


 ステルスインビジブルモードを解除されたドラグーンゼロが姿を現した。

 大きな目をさらに大きく見開く少女。


「わぁお……すごい魔法人形(ゴーレム)……なにこの魔力反応の大きさ……」

「ドラグーンゼロ。俺の愛機さ」

始まりの竜騎士(ドラグーンゼロ)? なにそれ無茶苦茶かっこいいんですけど」


 ぺたぺたとメグがスカイブルーの機体に触れる。

 興味津々だ。


「のってみるか? さすがに俺専用に調整されてるから操縦は無理だけどな」

「乗れるのっ!? ぜひぜひ!」


 龍哉が個人端末(デバイス)を操作すれば、ドラグーンゼロは片膝をつき、搭乗口が開いてゆく。


「わぁおっ!」


 メグがきらきらと目を輝かせた。


「いろいろ世話になると思うんで、報酬の前渡しかな。こいつを好きに研究してかまわない」

「マジでいってんの!? リューヤ最高! 結婚して!」

「いやいや。そこはもうちょっと慎重にいこう。メグ。将来的には(やぶさ)かじゃないんだが、まずは親睦を深めるっていうか、お友達から始めるっていうか」


 飛ばされた冗談に、なにやらごにょごにょと言っている龍哉。

 可哀相な人を見るような目で、メグがなまあたたかく見つめていた。







 西暦二〇一九年。


 三十年続いた平成が終わり、新たな元号を迎えることとなっている年の元旦。

 日付の変更とともに、日本はとんでもない出来事に見舞われた。


 なんと、異世界からの客人が訪れたのである。

 それは巨大なドラゴンを思わせるフォルムをした船だった。


 交易船『マルドゥク』。

 かつて世界を救った金色の竜王の名を冠したのだという。

 その世界の名は、エオス。




『テレビをご覧のみなさん。私たちは歴史的な瞬間の目撃者となっております。日本とドラゴニア王国の間に、いま通商条約が結ばれました』


 画面から流れるアナウンサーの声は、まったき興奮にうわずっている。


 よく疲れないものだ、と、龍哉はリビングで肩をすくめた。

 交易船マルドゥクがエオスから訪れてから十日あまり、報道はそればかりだ。


 日本の技術力をはるかに超えた魔法科学をもったドラゴニア王国。

 彼らはこの国に対して様々な技術提供を約束した。


 最初は半信半疑だった政府首脳部も、福島(ふくしま)原発の残留放射能を一瞬でゼロにされては、信じないわけにはいかなかった。


「宇宙戦艦にのって銀河の彼方(イスカンダル)まで除去装置を取りに行く手間が省けたじゃろう?」


 と、笑ったのは、全権大使であるドラゴニアの王太子、イスカリオットだ。

 好々爺然とした白い髭の老人のユーモアに、政府高官たちは微妙な表情を浮かべたものである。


 ともあれ、交渉はとんとん拍子に進んだらしい。

 一介の高校生である龍哉が、もちろんその内容まで知る由もないが、両国にとって益のあるものだろうということ推測できた。


「歴史的な瞬間なのは判るけど、元旦から歴史的瞬間ばっかりだからね」


 くすくすと妹の美雨が笑う。

 異世界から客が訪れたのも、その人々が日本語を話していたのも、とんでもない技術力を持っていたのも、とにかく規格外のことが多すぎて、テレビ局も他の表現ができなかったのだろう。


「表現者としてどうかと思うけどね」


 えっらそうに論評したりして。

 龍哉が苦笑を浮かべた。


 だが、これで良い。

 ずっとずっと良い。


「上手くいって本当に良かった……」


 ぽつりと呟く。


「なにが? って、兄さん!? なんで泣いてんの!?」


 慌てたように、妹がテーブルの上のボックスティッシュを投げ渡した。


「うえ!? なんで俺泣いてんだ!?」


 本人が一番驚いている。

 なにがなんだか判らない。


「病気じゃないの?」

「やめてくれよ。美雨」


 とはいえ、まったく何もない場面で突然涙がこぼれ出すというのは、尋常なことではない。

 なんらかの疾病を疑われても仕方がないほどに。


 医者に行った方がいいかも、と、龍哉が考えたとき、さらに尋常でないことが起きる。


 家のチャイムが鳴り、応対した母親が悲鳴を上げたのだ。

 慌ててリビングを飛び出した龍哉と美雨が目にしたのは、とんてもない光景である。


 玄関に客が立っていた。

 それだけなら妙でも珍でもないが、その客の氏素性が問題であった。


 今まさに話題になっているドラゴニアの王族。

 王太子イスカリオットの孫娘たるマルグリット姫が、柔らかな微笑を浮かべて佇んでいた。


 酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせる龍哉。


 次の瞬間、姫殿下が動いた。

 飛燕の身のこなしで。

 少年の胸へと飛び込む。


「リューヤ! 会いに来たよっ!!」


 言葉とともに押し倒され、龍哉が廊下に後頭部をぶつけた。

 母と妹は混乱の極みである。

 変な踊りでも始めそうな勢いだ。


 ゆっくりとマルグリット姫の背中に龍哉が手を回す。


「やっと言える。好きだよ。メグ」

「うん。わたしも。リューヤ」


 唇が重なり合った。

 新たな歴史を紡ぎ始めるように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 予定調和って好きですだよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ