始まりの竜騎士 11
「……ケンプファー機、爆散しました……」
報告するルクレーシャの声は、まるで原稿を読み上げるアナウンサーのように無機質で渇いていた。
「……そうか」
応えるアダルバートも、ある種の爬虫類のように表情を消している。
策は破れた。
移動要塞アスラは大ダメージを受け、シルフィード部隊はほぼ壊滅。ピクシー部隊もかなり撃ち減らされている。
正面から機動戦艦ナースと戦って勝利するだけの力は、もはやネヴィル帝国には残されていない。
疲れたようにアダルバートか椅子に崩れる。
折れた左腕はだらりと垂れ下がったままだ。
「……ルクレーシャ。南南西に進路を向けてくれ」
「……目標は富士山でよろしいですか? 提督」
司令官の指示を、より具体的にして副官が確認する。
「ああ」
軽く頷くアダルバート。
日本の竜脈が地上に姿を見せている場所だ。
ここにアスラを突っ込ませて自爆する。
この国を物理的に消滅させるために。
最終的で、しかも凄まじい作戦は、じつは当初から立案されてはいた。
アサクラリュウヤは日本からエオスへと転移した、であれば日本そのものを消してしまえば良い、と。
立案されただけで実行に移されなかったのは、もちろん理由がある。
確実性が低いからだ。
竜脈を暴走させれば、ほぼ間違いなく日本は海中に没するだろう。伝承にあるムー大陸やアトランティス大陸のように。
しかし、小さな島がひとつでも残ってしまったら、そこを日本だと強弁することはできるのである。
人が住めるとか住めないとかそういう問題ではなく、アサクラリュウヤがどう認識するかという話だから。
結局のところ、個人がどう思うかという部分に頼ってしまうことになるこの作戦は捨てられ、アサクラリュウヤを捕らえるという最も確実な作戦が採用された。
「だが、すでに退路はない」
「はい」
覚悟を決めた顔のアダルバートに、ルクレーシャが頷いて見せた。
自らの死と引き替えにエオスを救う。
もうそれしか手は残されていない。
「生き残っている戦闘ユニットを、すべて後衛に張り付かせます。運命論者どもが妨害に動く可能性がありますので」
紫水晶の瞳に兄を失った哀しみは宿っていない。
すぐに自分もそちら側に行くから。
「ルクレーシャの献策を是とする」
大きく頷き、アダルバートが立ちあがった。
痛む腹に思い切り息を吸い込む。
肺が膨らみ、折れた肋骨が接着する。激痛を伴って。
「移動要塞アスラ。精霊力全開。最大戦速。目標、富士山」
さっと右腕を振って命令を下す。
最後の命令だ。
司令部のオペレーターたちが一斉に答礼した。
遠ざかってゆくアスラ。退いてゆくピクシー部隊。
それを視認し、龍哉はイスカリオットの予想が的中したことを悟った。
ネヴィル帝国は日本を消滅させるつもりだ、と。
「やらせるか!」
スロットルを解放し、ドラグーンゼロが追走を開始する。
が、すぐに警告灯が灯った。
「魔力が……っ!」
すでに稼働限界近くまで消耗してしまっている。
戦闘開始から酷使し続けているのだ。しかもケンプファーとの一騎打ちまでやってのけた。
いかな特別仕様機のドラグーンゼロとて限界だ。
「ナースに補給に戻るしかないのか……」
無念の臍を噛む。
一秒でも時間が惜しいのに。
『リューヤ』
マルグリット機が機体を寄せる。
同時に魔力供給線が接続された。
「メグ?」
『わたしの機の魔力をあげる。飛んで』
「無茶だ。セイヴァー01の魔力だってほとんど残ってないじゃないか」
『十三パーセント。これだけあれば十分や十五分は飛べるでしょ』
交わされる会話の間にも、ドラグーンゼロに魔力が蓄えられてゆく。
もちろん、満タンにはほど遠い。
ケーブルが切り離され、ドラグーンが高度を下げてゆく。
安全機構が働いたためだ。機体に最後に残った魔力を使って、軟着陸するのである。
咄嗟に右腕を伸ばし、ドラグーンゼロがドラグーンの左腕を掴む。
『こら。魔力の無駄使い』
「悪い。つい」
バイザーに映るマルグリットが叱り、ばつの悪そうな表情を龍哉が浮かべた。
それから、なんとはなしに笑い合う。
『わたしのことは心配しないで。ナースに拾ってもらうから』
「ああ」
『頼んだわよ。リューヤ。エオスと地球、きみなら両方守れるわ』
たくさんの信頼と、ほんの少しの恋心をブレンドした言葉。
すっと息を吸い、龍哉が頷く。
「任しとけ!」
決意を込めた言葉が飛び出す。
繋いでいた手を離すと同時に、スロットルを解放する。
反重力発生装置が輝き、ドラグーンゼロが加速した。
アスラの周囲には、三百機あまりにまで撃ち減らされたピクシーが舞い飛んでいる。
守るように。
要塞の外壁からは、間断なく爆炎があがっていた。
ナースの遠距離攻撃だが、分厚い防御を貫くには至らない。
むしろ徐々に威力が落ちているようだ。
相対距離が開きつつあるから。
最新鋭戦艦のナースといえども、防御も攻撃もすべて捨ててひたすらに先を急ぐアスラには、離される一方だ。
もはや巨大戦艦の推進力では追いつけないだろう。
と、ドラグーンゼロに情報が送られてくる。
引き離されつつも、情報支援だ。
アスラの大精霊炉の位置の予測図と、そこに至る最短ルートである。
もちろんそれは百パーセントの確度があるものではないが、信じないことにはなにもできない。
「信じたとしても、けっこうなんにもできないかも」
さきほどから何発も追尾光弾を放っているが、外壁にはヒビひとつ入らないのだ。
否、そもそもが要塞だけを攻撃している余裕がない。
次々と襲いくるピクシーどもとも戦っているのだから。
「取り付いて魔導カッターで切りひらくしかないか……」
ぶんと左腕を振る。
が、ブレイドが現れない。
「まさか!?」
ふたたびの魔力切れである。マルグリットからもらった魔力も、ピクシーとの戦闘で使い果たしてしまったのだ。
これ以上武器に魔力を回すと推力がおちてしまうため、魔導カッターも追尾光弾もロックされて使用不能である。
「くそ! 届かないのか!」
どうしても届かないのか。
『諦めるな。龍哉くん』
声が響き、孤独な戦いを続けるドラグーンゼロのもとに、援軍が現れた。
フォールリヒター隊のワイバーンたちだ。
自衛隊のイーグルもいる。
前者は十二機、後者は一機だけ。
ここまで撃ち減らされたのだ。
「三浦さん!?」
『我々で血路を開く』
言葉と同時に投げ渡されるのは、フラッシュセイバーである。
ワイバーンに取り付けられた外付けの兵装で、魔力が内蔵されているため、騎士に魔力がなくても使用できるものだ。
ばしんと音を立て、ドラグーンゼロの右手がしっかりと光の剣を握った。
同時に、フォールリヒター隊が突入する。
魔導ライフルでピクシーどもを薙ぎ払いながら。
ドラグーンゼロが進む道を啓開するために。
躊躇っている暇はない。
龍哉もまた後に続く。
と、その横をイーグルが追い越していった。
追い抜きざまにちらりと見えたコクピット。
パイロットが親指を立てていた。
その瞬間、少年は自衛隊機が何をするつもりなのか悟った。
「おい! 馬鹿な真似はやめろ!!」
叫ぶ。
伸ばされた腕は、むなしく風を掴んだたけだった。
イーグルの目的。
それは、腹に抱えた魔導爆弾で要塞に穴を空けること。
しかし誘導性がないため、普通に切り離したのでは狙った場所に当たるとは限らない。
ましてアスラ自体が高速飛行中なのだ。
確実に当たる方法を取るしかない。
すなわち、イーグル自体を誘導兵器として用いる。
青いアフターバーナーを輝かせ、荒鷲がさらに加速した。
衝撃。
爆発。
轟音。
ありとあらゆる光と音が龍哉のバイザーを支配する。
それらが後に現れるのは、アスラの後部にひらいた巨大な穴だ。
ぐっと唇を噛みしめる。
止まってはいけない。
彼の思いを無駄にしてはいけない。
解放されるスロットル。
最高速にのってドラグーンゼロが飛翔する。
要塞の内部へと。
もう何分も稼働時間は残っていない。
最短距離で突き進み、大精霊炉を破壊するのだ。
ルートは頭に入っている。
迎撃装置が作動し、火を吹いた精霊銃が機体を削ってゆく。
かまわない。
一直線に大精霊炉を目指す。
「見えた!」
前方に、鈍く輝く巨大な物体。移動要塞アスラを支えるメインエンジンだ。これを破壊すれば、もう推力は維持できない。
フォールリヒターから預かった光の剣を掲げ、ドラグーンゼロが突き進む。
「これで、終わりだぁぁぁぁ!!!」
渾身の突き込み。
身悶えるように、アスラの心臓部が痙攣した。
縦横に切り裂く。
そのまま後方に一転。
次の瞬間、がくりと衝撃がきた。
推進力どころか揚力すら維持できず、アスラが降下を始めたのである。
踵を返し、ふたたびドラグーンゼロが翔る。
巻き込まれて死ぬのは、あまりにもバカバカしいというものだ。
「家に帰るまでが遠足です、ってな」
軽口が飛び出すのは、大仕事を成し遂げた満足感から。
もうアスラには富士山に突入する力は残っていない。このままゆっくりと地上に落ちるだけだ。
守りきったのである。
最後の魔力を使って飛ぶドラグーンゼロ。
そのときだ。
「なんだ!?」
機体が光の繭に包まれる。
バイザーに表示されている計器が、すべて異常な数値を示す。
エンプティ寸前で武装の使用すらできなかったはずの魔力が、みるみる充填されてゆく。
逆再生の動画でも見ているように。
「まさか!? まさかいま起きるのか!?」
転移だ。
龍哉の、覚醒し始めた特殊能力が解答をはじき出す。
「……条件はネヴィル帝国の侵攻を終わらせること、か」
歴史など、最初から変わっていなかった。
円環の中だった。
ネヴィル帝国の侵攻は、あったのだ。
龍哉は平和な日本からエオスに転移したわけではない。
「そういうことだったのか……こんちくしょうっ!!」
叫び。
移動要塞さえ貫き、天空へと光の柱が伸びる。




