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始まりの竜騎士 10


 高速で飛翔するドラグーンゼロとドラグーン。


 対するシルフィードは五機。

 ケンプファーが操る漆黒のシルフィードを先頭に、凸形に展開している。


 彼我の距離が詰まり交錯するかに見えた瞬間、ドラグーンゼロが左へ、ドラグーンが右へと跳ぶ。

 互いの位置を入れ替えるだけの単純なフェイントだ。


 しかし、シルフィード部隊は一瞬、対応が遅れた。

 マルグリットのドラグーンは撃墜してもかまわないが、龍哉のドラグーンゼロを破壊してしまうことはできないからだ。

 どちらを狙っていたのか、迷ってしまった。


 それは砂時計からこぼれ落ちる砂粒が数えられるほどの時間だったろう。

 そしてその時間で、龍哉とマルグリットには充分だった。


 敵陣に躍り込んでの乱舞。


 左腕の魔導カッター(エンハンスブレイド)が閃き、右腕から放たれる追尾光弾(ホーミングレーザー)が螺旋を描く。

 瞬く間に、三機のシルフィードが火球に変わった。


 撃墜の内訳は、マルグリットが二機で龍哉が一機だ。

 腕の差というより、踏み込みの差である。

 マルグリットの方が深く踏み込んだめ、攻撃範囲に入った敵が多かったのだ。


 これで数は互角。

 しかし、互角になったのは数だけ。


 マルグリット機が深刻なダメージを受けてしまった。

 二機を同時に打ち倒した手腕は見事だったが、敵も然る者、撃墜されながらも精霊銃の一撃をドラグーンに与えたのである。


 本来なら胴体部を貫くはずだったそれを、それでもマルグリットはぎりぎりで防いだ。

 右腕を犠牲にして。

 致命傷を負うか追尾光弾(ホーミングレーザー)を捨てるか、そういう判断が一瞬でできるのがエースのエースたる所以(ゆえん)だろう。


 両陣営がふたたび大きく離れる。

 中世騎士の馬上槍試合のように。


「大丈夫か? メグ」

『なんとかね』


 誘爆を防ぐため、自らの魔導カッター(エンハンスブレイド)で右腕を切り落とし、マルグリットが応える。


『とはいえ、飛び道具を失っちゃったわ』

「黒いのは俺がやる。メグはもう一機を頼む」


 ここは任せて逃げろとは言わない。

 龍哉ひとりで二機を相手にするのは不可能だし、そもそもマルグリットが肯んじるわけがないからだ。


『仕方ないわね。大魚は譲るわよ』

「いいじゃないか。その分メグは数を稼げるんだから」


 軽口に軽口を返す。


 今度はシルフィードが突きかかってきた。


 もうフェイントは通じない。

 急上昇する龍哉と、反対に急降下するマルグリット。


 当然のようにシルフィードはドラグーンゼロを追尾する。

 追尾光弾(ホーミングレーザー)を失ったドラグーンなど放置してかまわないからだ。


 上空で一転し、ドラグーンゼロが急降下を始める。

 もちろんシルフィードもついてくる。この程度の機動で振り切れるわけがない。

 が、精霊使いたちは信じられないものを見た。


 ドラグーンゼロの目前には、すでにドラグーンがいたのだ。

 龍哉が急降下するタイミングより早く、マルグリットは急上昇していたのである。


 空中で絡み合う二人の左手。

 コマのように回転する。

 まるで曲芸だ。


 一瞬の出来事である。思わず敵が目を奪われた隙を突いて離れる二機。

 遠心力まで利用して、一方がシルフィードへ、もう一方がケンプファー機へと突っ込む。


 慌てたように迎え撃つシルフィードの光弾をかいくぐり、最接近したドラグーンの右足が跳ね上がる。

 異音を発して昆虫を思わせるシルフィードの頭が吹き飛んだ。

 露わになる精霊使いの顔が驚愕と恐怖に歪む。


「ばいばい」


 突き出されだ魔導カッター(エンハンスブレイド)が、魔力を纏ってシルフィードを貫いた。

 身悶えるように震えた戦闘ユニットが爆発四散する。







「うおおお!!」


 突っ込んできたドラグーンゼロの魔導カッター(エンハンスブレイド)を、黒いシルフィードの精霊刀(エアリアル)ががっちりと受け止める。


『決着をつけよう! ゼロナンバー!!』


 相変わらずオープン回線で話しかけてくるケンプファー。


『望むところだ!!』


 しかし、龍哉が応えた。

 にやりと精霊使いの唇が歪む。


 振るわれる精霊刀を、間一髪で回避する。


 そして回避しながらの右後ろ回し蹴り。

 咄嗟に左腕でガードするが精霊刀が折れ飛んだ。

 ドラグーンゼロの足刀が、淡い魔力光を放っている。


『そこにもエンハンスブレイドを仕込んでいたか! ゼロナンバー!』

『魔力のない日本人なんでね! ドラグーンゼロ(こいつ)には色々と仕掛けがあるのさ!』


 飛び離れる両機。

 間隙を埋めるように、追尾光弾(ホーミングレーザー)と精霊銃の光弾が飛び交う。


 牽制だ。

 飛び道具で倒せる相手とは思っていない。

 互いに。


 ふたたびの急接近。踏み込みは同時だった。

 魔導カッターと精霊刀が鎬を削る。

 ぐっと押し込まれるドラグーンゼロ。


 力負けした。

 ように見えたのは一瞬、くるりと回転し蹴りを放つ。

 崩されたのではない。崩したのだ。


『その技は、さっき見たぞ。ゼロナンバー』


 左腕でケンプファーがガードする。しっかりと魔力付与(エンハンス)されている部分を避けて。

 さすがの勝負勘だ。


『ああ。たしかに見せた(・・・)な』


 龍哉の声がオープン回線を通して響く。

 もう一度、くるりと回転するドラグーンゼロ。

 防がれた右足を支点にして。


『なんと!?』


 黒いシルフィードの頭部が、ドラグーンゼロの両足に挟まれた。

 そのまま蜻蛉(とんぼ)を切る。


 フランケンシュタイナーと呼ばれるプロレス技だ。

 もちろんケンプファーが知っているわけがない。


 わけのわからない技で投げ飛ばされ、ぐるぐると回りながら落ちてゆく。


『くっ! このっ!!』


 目が回り、上も下も判らないが、なんとか姿勢を制御しようと必死の操縦だ。

 完全にドラグーンゼロを見失ってしまった。


 だから、


『そこだ!』


 死角から斬り込まれた魔導カッターを防ぐことができたのは、偶然の産物である。

 あるいは、戦士としての本能だろうか。


『なんだと!?』


 必殺の一撃を防がれた龍哉が、やや慌てて飛び離れようとする。

 そのドラグーンゼロの足を、むんずと黒いシルフィードが掴んだ。


『ぬおおおぉぉ!!』


 そしてそのまま回転する。

 これまたプロレス技のジャイアントスイングだ。

 もちろんケンプファーは知らずに使っているが。


 勢いを付けて投げ出されるドラグーンゼロ。

 普通であれば、なにが起こったのか判らすに混乱の極みに陥っていたことだろう。

 おそらくは、技を仕掛けたケンプファーでも同じだ。


 足を掴んで振り回され、投げ飛ばされるなどという経験は、騎士だろうと精霊使いだろうと、そう滅多にするものではない。


 しかし、龍哉はこの技を知っていた。

 振り回され始めたときから両腕を頭の後ろで組んで衝撃に備えている。

 そして投げられた瞬間に身体を丸め、反撃体勢を整えた。


 反重力発生装置(エーテルリアクター)が青く輝く。


 同時だった。

 追い打ちを仕掛けようとケンプファーが踏み込んだのと、反転した龍哉が飛び出したのは。


 一瞬の交錯。


『見事……だ……ゼロナンバー……』


 呟いたケンプファー。

 火球に変わる漆黒のシルフィード。


 まさに薄紙一枚の差だった。

 知っていた者と知らなかった者の差。あるいは、狙っていた者といなかった者の差だろうか。


 ドラグーンゼロがすでに反撃体勢を整えていることに、黒いシルフィードは気付いていなかった。

 たったそれだけが勝負を分けた要素だ。


『……あんたもな。精霊使いケンプファー』


 呟き、龍哉が左腕の魔導カッター(エンハンスブレイド)を収納する。


『お見事。リューヤ』


 こちらもシルフィードを倒したマルグリットが、機体を寄せてきた。


「ぎりぎりだったけどな」


 応える声は、オープン回線ではなくセイヴァー隊の専用回線である。

 掛け値なしの言葉だ。


 おそらくはケンプファーにとって、わけのわからない状況だったのだろう。

 プロレス技で投げ飛ばされるなど。

 だから彼は混乱してしまった。


 ドラグーンゼロの足を捕まえたのだ、そのまま飛び去ってしまっても良かったのに。

 任務は破壊ではなく捕縛だったのだから。


 しかし彼は決着を付けようと動いてしまった。

 それが結局、龍哉にとって有利に働いたのである。

 ミスだったのか矜持だったのかは、もちろん判らない。


 ただ、多くを語る気には、龍哉はなれなかった。

 僅差で彼が勝利した。

 それで良いのではないか、と。



 そのとき、イスカリオットの声が届く。


『メグ。リューヤくん。まずいことになりそうじゃぞ』


 強い緊張感を含んで。



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