始まりの竜騎士 9
『姫。リューヤ。ナースに戻って』
全方位攻撃でシルフィードどもを牽制しながら、アイリーンが進言する。
セイヴァー隊が救援に訪れたとはいっても、劇的に有利になったわけではない。
相変わらず敵の方がずっと多いのだ。
「わかった」
短く応え、ドラグーンゼロが戦域を離脱しようとはかる。
譲り合いをしている場合ではない。
彼の身柄が奪われたら終わりなのだから。
『護衛するわ。離れないでね』
追従するマルグリットのドラグーン。
すぐにシルフィードどもが追走するが、セイヴァー隊が立ちはだかる。
「いかせるわけないでしょ」
アイリーン以下、十二機だ。
もうそれしか残っていない。
ナースの最精鋭を誇る部隊が、じつに半数以上を失ったのである。
結成以来最大の損害は、もちろん敵の執念と味方の勇戦の結果だ。
帝国の戦闘ユニットは長剣の名を冠したドラグーンたちを一機倒すために、つねに三機以上の損害を強いられた。
普通であれば、それだけの犠牲が出たら退く。
完全に撤退しないとしても、一時的に部隊を引いて戦力の再編成をおこなうだろう。
そうしないのは、まさに執念である。
『むろん、押し通るまでだ』
ぐんと加速した黒いシルフィードが、アイリーン機の目前に迫る。
慌てて迎撃しようとするが、わずかに遅れた。
同時に数カ所を斬られて失速してしまう。
「くぅっ!? 速い!!」
なんとか姿勢を制御して振り向くも、すでに漆黒の機体ははるか彼方だ。
なんという機動か。
悔しさにアイリーンが歯噛みする。
ケンプファーの攻撃を受け、それでも致命傷を免れたのは彼女の操縦が巧みだという証拠ではあるが、この際はなんの慰めにもならなかった。
『姫! ごめん! 黒いのがそっちに行った!』
先行する隊長機に無念の通信を送る。
しかし、ここまでだ。
これ以上はいかせない。
「……魔力残量十四パーセント。余裕ね」
無数の警告灯の灯っている計器を見ながら呟く。
微笑すら浮かべて。
「リミッター解除。全武装解放モード」
瞬間。
魔導装甲が眩いばかりの光を放つ。
右腕といわず、腹といわず、光の竜が飛び出した。
まるで身体を食い破るように。
その数じつに二十以上。
五発までしか同時発射できない追尾光弾を、限界を超えて射出したのである。
それらはまさに竜のように大空をかけ、同じ数のシルフィードに突き刺さった。
「……全弾命中」
全身から蒸気のようなものを噴き上げるドラグーンの機内、アイリーンが唇を歪める。
これで完全に打ち止め。
もはや小さな火の玉ひとつ撃ち出すこともできない。
魔力を使い果たした魔導装甲が最後の安全装置で軟着陸しようとゆっくり高度を下げてゆく。
「逃げのびてね。姫。リューヤ」
大量に僚機を墜とされ、怒りに燃えたシルフィードが突きかかってくるのを、アイリーンはどこか他人事のように見つめていた。
衝撃がきた。
まるで直下型地震に襲われたように、アスラが鳴動する。
立っていたルクレーシャは、最大級の不運に見舞われたひとりである。
衝撃で飛ばされた彼女は柱に叩きつけられ、そのまま今度は床に叩きつけられるところだった。
が、かろうじて身体を滑りこませたアダルバートが、自らの身体をクッションとして使う。
骨が折れる嫌な音が、司令室に響いた。
無茶な行為の代償は左腕と肋骨の骨折である。
「ぐ……レーシャ。大丈夫か?」
「アル先生……」
「いてて……やはり人間の身体というのは、緩衝材には向いていないらしいな」
「……副官をかばって負傷する司令官がどこにいるのよ……」
冗談を飛ばす男を、泣き笑いの表情でルクレーシャが見上げた。
何をやっているのだ。
自分のことなど捨て置いてかまわないのに。
副官が退場したってアスラは戦えるが、アダルバートがいなくなったらネヴィル帝国軍はおしまいなのだ。
「事の軽重を考えてよ……」
「俺よりお前の方が大事だ。当たり前だろ」
右腕だけでなんとかルクレーシャを立たせ、痛みに顔をしかめながらアダルバートも立ちあがる。
そのときにはもう一人の男の顔ではなく、ネヴィル帝国軍を率いる将の顔に戻っていた。
「損害の報告。いそげよ」
「……はい」
ルクレーシャもまた表情をあらため、各セクションと連絡を取り合う。
やがて司令官のもとに、すべての精霊弾射出口が破壊された旨が報告された。
それだけでなく、移動要塞アスラ自体も大ダメージを受けている。
機動戦艦ナースの全力攻撃を、まともに喰らってしまった。
「ひどいありさまだな……」
アダルバートがうめく。
ドラゴニア王国の最新鋭戦艦の力を侮っていたわけではない。
わけではないが、結果としては油断としかいいようがないだろう。
もし絶対魔法防御を全力で使っていたら、ここまでひどいことにはならなかった。
もっともその場合には、攻撃も移動もできなかったのだが。
「さらに」
深刻そうな表情でルクレーシャが続ける。
「まだあるのか。もう勘弁してくれという気分だな」
「極めつけです。アサクラリュウヤが搭乗していると思われるゼロナンバーが、包囲を破りました。現在、ケンプファーほか四機のシルフィードが追撃中です」
「たった五機か……」
愕然とする。
セイヴァー隊を抑え、ゼロナンバーを捕縛に向かったのは百十七機、アスラに残されたシルフィードの全機である。
それが五機まで撃ち減らされるとは。
否、もちろんすべて撃墜されたわけではないだろう。逃げたゼロナンバー追うために割けたのが五機、という話なのだから。
ただ、充分な余力があるなら、たった五機のはずはない。
相当数が撃墜されたと考えるのが自然だ。
他はいまだセイヴァー隊と戦闘中なのだろう。
「さすがはドラゴニアの剣姫が率いる最精鋭、といったところか」
呟く声は苦い。
アスラは大ダメージを受け、アサクラリュウヤを捕らえるための必勝の策は破られつつある。
「提督。まだケンプファー機が健在です」
慰撫するようにルクレーシャが言う。
アダルバートが微笑した。
普段は兄のことをまったく尊敬しておらず、悪し様にいっている彼女が、最後に頼りとしたのはケンプファーだった。
けっこう評価しているじゃないか、とは、男は言わなかった。
言わずもがなのことだから。
アダルバートだって親友のことは信じている。
この上は、ケンプファーにすべてを託すしかない。
彼でダメならもう打てる手はない、と、腹を括った。
「そうだな。あいつならやってくれる。必ず」
静かに言い放ち、半分ほどの機能を喪失した大精霊鏡に視線を送る。
「しつこい!」
後ろ手にかざした右手から追尾光弾が放たれる。
ロックオンもせずに放った攻撃だ。
当たるわけがない。
牽制になれば充分、くらいの気持ちである。
『リューヤ。追撃を振り切れないわ』
マルグリットの声が耳道に滑り込んだ。
ドラグーンゼロもドラグーンもけっこうダメージを受けているため、その性能を十全に発揮することができない。
逃げに徹したところで、遠からず追いつかれてしまうだろう。
シルフィードの数は五。
「やるしかないか」
『だね』
敵の方が数が多いが、やってやれないことはない。
後続は、セイヴァー隊の仲間たちが抑えてくれている。
これ以上の増援はない。
絶対に。
少年と少女は、一グラムの疑いも持たなかった。
この上は、迫りつつある五機をなんとかすれば良いだけだ。
数的不利。
だからどうした。
『わたしのドラグーンなら』
「いや。俺たちふたりなら」
マルグリットの言葉にかぶせて龍哉が言い直す。
くすりと少女が笑った。
これあるかな我が父祖、と。
ドラゴニア王は、部下の後ろにこそこそと隠れてなどいない。
いつだって、かならず先陣に立つのだ。
『行こう。リューヤ。未来を切り開くよ』
「もちろんだ」
同時に反転する二機。
スロットル全開。
魔導カッターをかざし、シルフィードどもに躍りかかった。




