始まりの竜騎士 7
移動要塞アスラは依然として仙台上空に留まり続けている。
撤退の気配もなく、むしろ次々とピクシーを発進させているほどで、戦意は充分だ。
「どういうつもりだ? あれ」
『わかんない。けどなんかヤな予感がする』
龍哉の疑問に応えるマルグリットの声は、論理性とは無縁のものだった。
しかし少年はそれを笑う気にはなれない。
事実として、彼も似たような感覚を味わっているのである。
とはいえ、龍哉にしてもマルグリットにしても、全軍の行動を決める立場にあるわけではない。
任務以上のことができるわけではないのだ。
まして嫌な予感がするから撤退しよう、などと、上申するなど論外である。
『リューヤ! あいつがきた!』
マルグリットが鋭く警告する。
冬晴れの青空を切り裂いて、漆黒の機体が接近中だ。
帝国の空戦隊総隊長とやらが操る黒いシルフィードである。
「いい加減しつこいな。あれも」
伸ばしたドラグーンゼロの右腕から追尾光弾が放たれる。
五匹の光の竜が不規則な軌道を描きながら、黒いシルフィードを咬み裂こうと迫ってゆく。
が、こんな素直な攻撃に当たるほどケンプファーも甘くない。
避けるどころか急加速してやり過ごし、一気に至近まで距離を詰める。
「くぅっ!」
横薙ぎに振るわれる精霊刀を、間一髪、後方宙返りで回避するドラグーンゼロ。
その瞬間に、上方からマルグリットが斬りかかる。
魔導カッターと精霊刀が衝突し、魔力の火花が飛び散った。
鍔迫り合いはごく短時間。
同時に飛び離れるドラグーンとシルフィード。
一瞬前までマルグリット機がいた空間に精霊銃の光弾が降り注ぐ。
『くっ!』
「大丈夫か! メグ!」
防御フィールドを展開しながら、ドラグーンゼロがマルグリットをかばって前に出る。
するとふたたび黒いシルフィードが前進して斬り結ぶのだ。
一秒の遅滞もなく。
「前のときより連携が良い! なんなんだ!」
『それだけじゃないわ。この動きは……』
次々と群がってくるシルフィードを牽制しながらマルグリットがうめいた。
周囲が完全に囲まれた。
五十機以上のシルフィードによって。
なんと帝国軍は、十機以上の犠牲を払いながらも、龍哉とマルグリットをセイヴァー隊から切り離したのである。
前後左右上下、どこにも逃がさない構えだ。
もちろんこの間も、セイヴァー隊のドラグーンたちは二人を救出しようと必死に戦っている。
撃墜される数はあきらかにシルフィードの方が多い。
にもかかわらず、彼らは包囲を崩さない。
まるで、これこそが正解なのだと、唯一の道なのだと知っているかのように。
『こいつら……ゼロにリューヤが乗ってるって知ってる……?』
「まじか……」
「……まだ負けたわけではないぞ。ドラゴニアめ……」
血走った目で、アダルバートが大精霊鏡を睨みつけている。
まんまとしてやられた。
日本人どもを誘い出して叩き潰す作戦に、まさかドラゴニアが噛んでくるとは思わなかった。
そんな意味のない行動をドラゴニアの宿将が取るとは、まったく想像の外側であった。
これではまるで対等の友、同盟者ではないか。
エオスの民が、諸悪の根元であるアサクラリュウヤの同族どもと。
ワイバーンの背後を守るようにナースとドラグーンが現れたとき、あまりのグロテスクさにルクレーシャなどは嘔吐感をおぼえ、左手で口を覆ったほどである。
日本人とエオス人の混成軍だ。
剛毅なアダルバートだって、失笑してやりたかった。
そしてそのグロテスクな軍隊に前衛のピクシーたちが次々と撃墜されてゆく。
悪夢でも見ているような気分である。
馬鹿らしくなって、仙台に精霊弾を撃ち込んでとっとと後退してやろうと思った。
しかし、考え直したのだ。
これは好機だ、と。
アサクラリュウヤが搭乗していると推測されるドラグーンが戦場にいる。
これを捕縛してしまえば、ネヴィル帝国の勝利だ。
この際、日本人のような虫けらの始末はどうでも良い。
もちろん、件のドラグーンにアサクラリュウヤが乗っているとは限らない。確定情報ではないからだ。
ケンプファーがもたらした、ゼロナンバーのセイヴァーからは騎士の魔力を感じなかった、という薄弱極まりない報告だけが根拠なのだから。
ただ、傍証ならある。
セイヴァー隊の一番機が、常に寄り添っているのもそのひとつだ。
あれに搭乗しているのはドラゴニアの剣姫。エースとして名を馳せている騎士である。
それほどの人物が帯同するのだから、ゼロナンバーが普通のドラグーンだとは考えにくい。
それに、日本人どもによるワイバーン部隊だ。あれも根拠のひとつにはなるだろう。
日本人であるアサクラリュウヤ用にドラグーンを改造した実績があったから、短期間であの部隊を編成することが可能だったのではないか。
ひとつひとつは、取るに足らない事象だが、関連性を持って思考を進めていけば、すべてのフラグメントはある結論を示す。
あのドラグーンの中には、アサクラリュウヤがいる、と。
「ならば、その可能性に賭けてみるというのも、また一興」
こうしてアダルバートは凄まじい決断をした。
戦いながら部隊を再編し、ゼロナンバーのドラグーンを捕縛するための布陣を構築する。
具体的には、ピクシー部隊をもってドラグーンとワイバーンどもを牽制しつつ、百十機あまりしか残っていないシルフィード隊の全機を用いてセイヴァー隊を叩く。
ナースが余計な動きをしないよう、アスラで押さえ込む。
無茶苦茶なプランだ。
そもそもピクシーでは、ワイバーンや自衛隊の飛行機が相手なら圧勝だが、ドラグーンに対してあまりに不利である。
牽制とはいえ、かなりの数が墜とされてしまうだろう。
アスラだって純粋な戦闘力で比較したらナースと互角か、あるいは速力の差で不利になる。
ゼロナンバーを生かして捕らえるという任務を帯びたシルフィード隊も、かなりの苦労をするだろう。
撃墜してしまうことはできないのだから。
つまり、全員が無茶をしなくてはいけないという作戦である。
だがこれが一発逆転の策だ。
きちんとプランを立てて動くアダルバートだからこそ、イスカリオットはその隙を突くことができた。
こんな短兵急で粗野で行き当たりばったりな作戦をとられたら、ドラゴニア王国随一の宿将といえども、すぐには対応できないだろう。
「ルクレーシャ。精霊弾の発射準備を」
「はい。照準はどこになさいますか?」
「どこか適当に、その辺で良い」
「承知しました」
とんでもない指示に、笑いながら美貌の副官が頷いた。
「艦長。殲滅兵器です」
「ほう? 撃ってくるとはのう」
リンカーベルの報告に、イスカリオットが白い髭をしごく。
こちらが仙台防衛に動くことは容易に推測できるだろうに。
追いつめられて血迷ったか。
「照準は当艦と予想されます」
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
対地上兵器で空中の機動戦艦を狙うなど、正気の沙汰ではない。
当たるわけがないのだ。
「ナースが回避した場合、弾道計算では塩竃市あたりに着弾しそうです」
「そういうことか。対抗雷撃じゃ」
ち、と舌打ちしたあと、イスカリオットはすぐに命令を下す。
アダルバートの狙いが読めた。
嫌がらせの攻撃である。
ものすごく適当に殲滅兵器を使うつもりなのだ。
ろくに照準も定めず、どこに落ちても良いくらいの気持ちで。
ナースはそれを見過ごせない。
アスラから無造作に放たれる殲滅兵器の弾道を、わざわざ計算してやり、地上への被害を未然に防がなくてはならないのである。
処理に忙殺されることになるだろう。
「アダルバートめ。なりふりをかまわないつもりじゃな」
老人の口から漏れ出す声は苦い。
ナースはこの場に釘付けにされる。
もちろんアスラも。
状況はすぐに千日手の様相を呈する。
それが狙いだ。
「リューヤくんたちを収容するのじゃ。やつら、ドラグーンゼロに彼が乗っていることに気付いたようじゃぞ」
こんな小細工をする理由はひとつしかない。
それに気付かない老将ではなかったが、
「セイヴァー隊との通信が途絶しています」
絶望的な返答が返ってきた。
「なんと……」
呻く。
アダルバートの戦術は、このとき、老人の先読みすら凌駕していた。




