始まりの竜騎士 6
白みはじめた二月の空に巨大な城が浮かぶ。
移動要塞アスラだ。
前面に展開するのは、百機以上のシルフィードと五百機を超えるピクシーである。
「……大歓迎だな」
呟くのは函館共和国軍のエース、フォールリヒター01たる三浦だ。
弱体、というよりネヴィル帝国からみればゴミにも等しい、函館共和国と自衛隊千歳航空隊を相手にずいぶんな大盤振る舞いだろう。
むろん、理由がある。
例の謎技術を使った映像が、すでに日本各地の空に映し出されているのだ。
『我々がなぶり殺しにされる様を見せつけてやろうって腹でしょうね』
イーグルから無線通信が入る。
圧倒的な力でねじ伏せる。そのための大兵力だ。
日本人たちに絶望感と虚無感を味わわせるための演出である。
「さて。そう上手く事が運ぶかな? 侵略者ども」
三浦が不敵な笑みを浮かべる。
ぐんと荒鷲たちが前に出た。
帝国軍との相対距離は十八キロほどまで近づいている。
四機のF-15から、合計十六発のサイドワインダーミサイルが発射された。
一斉発射。出し惜しみなしである。
それは、不規則な軌道を描きながら戦闘ユニットどもに迫ってゆく。
戦闘ユニットにはミサイルは積み込まれていない。
一方的な攻撃、ではある。
が、小馬鹿にするように、最前衛のピクシーが腕を振る。
それだけでミサイルが爆発四散した。
地球の兵器は通用しない。
この場にいるすべての者たちが判っていたことである。
ネヴィル帝国も、自衛隊も、函館共和国も。
そして、ドラゴニア王国も。
爆炎もろとも魔導カッターで一刀両断されたピクシーの精霊使いは、自分が何者に倒されたのか知ることができただろうか。
「作戦成功。ピクシー一機を撃墜。戦闘を継続します」
炎と煙の中からあらわれるスカイブルーの機体。
左肩にはSaver-00の飾り文字。
ドラグーンゼロ。
龍哉の魔導装甲だ。
闇の軍勢を追い散らして、太陽が昇りはじめる。
それは暁の女神の姿。
まるで彼女の先兵のように巍然とそそり立つのは、機動戦艦ナースだ。
光学迷彩を解除した火竜を思わせるフォルム。周囲を魔導装甲たちが舞う。
「敵は驚いておるようじゃの。全機、ネヴィルの痩せ犬どもを蹴散らすのじゃ」
指揮座から、イスカリオットの命令が飛んだ。
事態の急変に付いていけず呆然と立ちすくむピクシーどもに、ドラグーンが、ワイバーンが、イーグルが、一斉に襲いかかる。
種を明かせば、べつに複雑な話でもなんでもない。
ワイバーンとイーグルの後ろを、ステルスしてついてきただけだ。
そして、自衛隊機のミサイルをドラグーンゼロが追尾し、防いだ瞬間を狙って斬りつけた。ただそれだけの話である。
しかし、それだけのことにネヴィル帝国は混乱した。
ここにドラゴニアが現れるわけがないと思っていたから。
「汝らならば、そう思うじゃろうな。日本人と友誼を結ぼうなどと考えたこともない汝らなら」
メインスクリーンを睨め付けながら、老人が独白した。
一機、また一機と戦闘ユニットが墜されてゆく。
イスカリオットが得意とする相手の心理を突いたトリックだが、今回の作戦はトリックと呼べるようなものではない。
当たり前の作戦行動だ。
友人が死を覚悟しての戦いに臨もうというとき、黙って見送る馬鹿がいるか、と。
助けるに決まっている。
戦うに決まっている。
ともに未来を切り開くために。
ともに勝利を掴み取るために。
絶対に見捨てたりしない。
「それを友情というのじゃよ。利用することしか考えない汝らには、難しい話かもしれんがの」
老人の唇が笑みの形を作る。
だから、普通に考えれば簡単な話だったのだ。
ドラゴニアがワイバーンを函館共和国に渡したのは、利用するためではない。
使い捨てるためでもない。
一緒に戦う友に、戦えるだけの力を貸しただけだ。
それをネヴィル帝国は見誤った。
日本人たちが殺されるのを、その方が利益になるのだから黙って見ているだろうと。
自分たちを基準に考えてしまった。
まさに自分の計算に足をすくわれただけ。
「じゃからの。アダルバート。汝に未来は作れぬよ」
世界を救うとは、誰かのために誰かを犠牲にするということではないのだ。
縦横無尽にドラグーンゼロが空を翔る。
当たるを幸い、次々とピクシーを火球に変えながら。
『リューヤ。前に出すぎ』
すっと横に並ぶセイヴァー01。
マルグリットのドラグーンである。
「悪い。ちょっとかかりすぎてたか」
すばやく周囲を確認し、ドラグーンゼロが速度を落とした。
機先を制したものの、総戦力では圧倒的にネヴィル帝国が有利なのだ。
むやみに突出しては集中攻撃の的になるだけである。
『OK。ちゃんと冷静さを保ってるね』
「メグがいなければ突っ込んでたさ。さんきゅな」
『感謝は形のあるもので。わたしまたラッ○ーピ○ロ食べたいな』
「いいぜ。おごるおごる。俺、この戦いが終わったらメグとハンバーガーを食いにいくんだ」
『フラグ禁止ー』
くだらない会話を繰り広げつつ、互いに背中を守り合って敵を屠ってゆく二機。
だが、無理に前には出ない。
今回の戦いの戦略目標は、ネヴィル帝国軍の殲滅ではないからだ。
ドラゴニア、函館共和国、日本の自衛隊がかたい紐帯で結ばれていると知ったネヴィル帝国は選択を迫られることになる。
このまま戦い続けるか、一度退いて体勢を整えるか。
前者を選ぶとは、イスカリオットも龍哉も考えなかった。
まず心理的に不利にすぎるからだ。
真正面からの奇襲が見事なまでに決まってしまった状態からの開戦である。
茫然自失している間にやられてしまったピクシーは、おそらく二十や三十ではきかないだろう。
この状態から、戦いながら部隊を再編成しつつ作戦を再構築してドラゴニアを撃滅する、などということが容易くできると考える程度の男が、ネヴィルの闘将と呼ばれたりしない。
即時撤退こそが最適解。
アダルバートにも判っているはず。
ただ同時に、彼には簡単には退けない事情もある。
日本中に映し出されているであろう、この戦場の映像だ。
魔王然とした風情で大見得を切ったのに、敗勢に追い込まれて逃げる。そんなシーンを日本全国に晒すことが可能か、という話である。
もちろんネヴィル帝国は支配者として君臨しているわけではないので、日本人にどう思われようが関係ない。
関係はないが、日本人ごときに無様に逃げる姿を見られてプライドが許すかという部分だ。
かなり厳しいのではないか、と、龍哉は読んでいる。
福岡を壊滅させたのだって、おそらくはフォールリヒター隊がシルフィード部隊を撤退させたことへの不快感というより、戦死者が出たことに対する報復だ。
虫けらのような日本人に殺された、というのを怒っているのである。
それほどのプライドならば、無様な姿など見せられるはずがない。
かといって、戦況不利なこの状況で、いきなり放送をやめるのは、もっとまずい。
完全に負けたと思われてしまう。
結局、わざわざ小細工を弄したネヴィル帝国の思惑そのものが、彼らを縛る鎖となるのだ。
『アスラの動きに注目しないとね』
「だな。殲滅兵器の使用だけは阻止しないと」
背中合わせになって戦いながら、マルグリットと龍哉が言葉を交わす。
すなわち、これこそが戦略目標だ。
押し込まれているこの状況で、唯一、日本人を黙らせることができる攻撃である。
そしてそれをされると、そもそも龍哉たちが仙台にきた意味もなくなってしまうのだ。
是が非でも防がなくてはならない。
決意を胸に戦う龍哉。
『うん。それはそうなんだけどさ』
「どうした?」
珍しくマルグリットの歯切れが悪い。
『なんか敵の動きが妙なのよねー』
指摘され、あらためて龍哉が観察する。
ピクシー部隊が後ろに下がりつつある。その一方でシルフィードどもが前に出ようとしていた。
遠望するアスラには、損傷した機体が次々と収容されているが、同時に新たな戦闘ユニットも飛び立っている。
「……退くつもりがないのか?」




