始まりの竜騎士 5
函館空港に、次々とF-15戦闘機が着陸する。
世界最強を謳われるた荒鷲たちだ。
現在ではだいぶ次世代戦闘機のF-22にとってかわられつつあるが、アジア圏ではまだ最強の座は揺るがないだろう。
第二〇一飛行隊と第二〇三飛行隊に所属する四名のパイロットは、このときはじめて魔導装甲を目にした。
滑るように近づいてくる人型兵器に、歴戦のイーグルドライバーたちも顔を引きつらせる。
もちろんワイバーンたちは、パイロットを怖がらせるために接近したわけではない。
武装の交換のためだ。
日本の、というより地球の兵器ではネヴィル帝国軍には通用しない。
そこで函館共和国のリーダー相原は、イスカリオットとはかり、イーグルにも魔導装備を与えることにした。
といっても、たいしたことはできない。
ワイバーンも使っている魔導ライフルを両翼に取り付け、抱えている爆弾を魔導爆弾に取り替えるだけである。
前者はコクピットからリモートで射撃できるよう、操縦桿に発射装置をくくりつける。ただ、弾倉の交換はできないため、撃ち尽くしたらそれでおしまいだ。
左右合わせて二百四十八発。
これが唯一の武器となる。
魔導爆弾の方は、そもそもピクシーやシルフィードに狙って当てられるようなものではないため、アスラに接近できたら切り離して爆撃する程度だ。
正直なところ、実効戦力としてはあまり期待できないだろう。
戦闘機そのものも、どこまで戦えるか未知数だ。
まったく効果のない現代兵器よりはマシ、という程度の武装なのだから。
だからこれは意地である。
日本人としての。
多くの同胞を殺され、これからも殺すと明言されて、はいそうですかと受け入れられるのかという話だ。
泣きながら、許してください助けてくださいと侵略者の足にすがりつくのかという話だ。
冗談ではない。
殺されるにしても、戦って戦って戦い抜いた後に死んでやる。
戯画化していえば、これが千歳の航空自衛隊の覚悟だ。
そして函館共和国軍も、まったく異ならない。
前回の戦闘で生き残った三十三機のワイバーンに加え、予備機だった二十五機もすべて投入する。
文字通りの意味で総掛かりだ。
騎士となる自衛官の数が足りないため、リーダーである相原や他の構成員も搭乗して戦う。
後日のことなど考えない。
そもそもネヴィル帝国が、日本に後日などというものを用意してくれるなど、誰も思っていないのだ。
「提督。函館共和国を僭称する虫けらどもが、なにやらごそごそ動いています」
嫌悪感も露わにルクレーシャが報告する。
アダルバートが軽く頷くと、精霊鏡に函館空港の様子が映し出された。
どうやら日本の戦闘機に、ワイバーンどもが魔導兵器を取り付けているらしい。
その姿は、まるで数百年も昔の資料映像に登場する魔導戦闘機のようであった。
「ワイバーンだけでは勝てぬと踏んで、地球の兵器までかき集めたか。無様なことだな」
吐き捨てるアダルバート。
その目に宿るのは怒りの炎だ。
イスカリオットが彼の所行に怒ったのと同様に、あるいはそれ以上に、帝国の闘将も憤怒している。
日本人ごときが、虫けらごときが、ネヴィル帝国人を殺したのだ。
八名も。
許されることではない。
ドラゴニアに媚びを売って旧型の魔導装甲を手に入れただけでも許し難いのに、それを使って帝国軍の精鋭を倒すなど。
遇する術がないとは、こういうことを指すのだろう。
日本人を一人残らず根絶やしにしたとても、なお腹の虫が治まらない。
「いっそあそこに精霊弾を落としてやりたいですね」
ルクレーシャもまた、アダルバートと同じ気持ちであった。
彼女の兄であるケンプファーは、日本人もなかなかやる、などとほざいていたが、あまりにも愚かすぎる。
馬鹿だ馬鹿だと幼少の頃から思っていた兄だが、本気で兄妹の縁を切りたくなったほどだ。
「気持ちは判るが落ち着け。ルクレーシャ。せっかく舞台を用意してやったんだからな」
アダルバートが人の悪い笑みを浮かべた。
二日後、彼らは仙台市を攻撃する。
わざわざそれを知らせてやったのは、もちろん挑戦状だ。
函館共和国軍は出てこざるをえない。
この国を守る騎士として。
そして出てきたところを叩く。完膚無きまでに。
無様に撃ち落とされてゆく様を、精霊魔法で日本全国に見せつけてやる。
最高の舞台だ。
あの道化どもを英雄視する日本人がいたとしても、恐怖にうち震えることになるだろう。
その上で仙台を焼き払ってやるのだ。
「ただ、ひとつだけ懸念があるとすれば、ドラゴニアの動向です」
司令官が語るプランに邪悪な笑みを浮かべて頷いていたルクレーシャが、表情をあらためる。
ドラゴニアの機動戦艦ナース。
それはこの地球で唯一、移動要塞アスラと戦いうる存在である。
函館共和国軍に呼応して彼らが動けば、少しばかり厄介な事態になってしまう。
「杞憂だ。ルクレーシャ。あの老人にしても、アサクラリュウヤ以外の日本人を保護する理由はないからな」
アダルバートが薄く笑う。
ドラゴニアの目的はアサクラリュウヤをエオスに転移させることだ。
それはもちろん、ナースに乗せて連れてゆくという意味ではない。
竜暦一五四七年のエオスに行っても、なんの解決にもならないのだから。
ともあれ、ドラゴニアが日本の都市を守る理由がないというのは事実だ。
まったく関係ないことだから。
武器を与えた日本人が勝手に戦い、勝手に死んでゆく。
ただそれだけのことなのである。
「むしろ、最初からそのつもりで魔導装甲を供与したのだとしても、俺は驚かんよ」
「実戦ではほぼ役に立たない旧式ですしね」
ルクレーシャが肩をすくめた。
あの老人のやることである。
帝国の手を煩わせるためだけに第三勢力を作り上げてしまうくらいのことはやりかねない。
事実としてネヴィル帝国軍は、こんな虫けらどもの処理のために時間と労力を割かれている。
貴重な精霊弾まで消費して。
否、武器弾薬のことはまだ良い。
問題は時間だ。
すでに二月十二日である。予定通りバレンタインデーとやらに、小癪な日本人どもをなぶり殺しにしてやったとしても、西暦二〇一九年の一ヶ月半が経過してしまったという事実は動かない。
いつ転移が起こるかは判らないが、確率の分母はどんどん小さくなっているのである。
つまりあの老人は、戦力にもならないような日本人どもを使って、半月近くの時間を稼いだ。
もちろん、だからといって日本人どもを放置することはできない。
ネヴィル帝国人が殺された報復もしなくてはいけないし、害虫のようにごそごそ動かれても鬱陶しいから。
アダルバートとしても、老人の思惑に乗るしかなかった。
手腕の見事さに、ルクレーシャなどは目眩を起こしそうである。
「割り切るしかないさ。この期間に転移がなくて良かった、とな」
「……ですね」
「まずは虫けらどもの始末をつける。その上でドラゴニアとは雌雄を決する。遠回りだが、結局これが一番の近道だ」
「……まったくです」
ふうと息を吐くルクレーシャ。
アダルバートが一目置くほどのドラゴニアの宿将を侮ったことなど一度もないが、まったく厄介極まりない。
魔族や邪竜の方がまだ可愛げがあるとは、よくいったものである。
暁闇。
函館空港の滑走路に浮かぶアフターバーナーの青い炎。
轟音とともに、荒鷲たちが飛び立ってゆく。
攻撃を予告された、二月十四日だ。
もちろん今の日本に、聖ウァレンティヌスにちなんだ記念日を祝う余裕などない。
一直線に仙台を目指す四機のF-15戦闘機に、音もなく影が並ぶ。
突撃銃のような長大な武器を構えた白銀の騎士たち。
魔導装甲ワイバーンだ。
その数五十八機。
函館共和国軍の総兵力である。
仙台までの直線距離はざっと三百九十キロ。天翔ける騎士たちにとっても、北の荒鷲たちにとっても、ちょっとした散歩程度の距離だ。
そしてもちろん、彼らは遊びに行くわけではない。




