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始まりの竜騎士 4


 大空にアダルバートの姿が映し出される。

 腕を組み、すっくと立つ姿は、まるで魔王のようであった。


 津軽海峡上空の小競り合いから一週間ほどの時間が経過している。


「日本人諸君。私は非常に悲しんでいる」


 言葉が紡ぎ出されてゆく。

 悲しいといっておきながら、精悍な顔には酷薄な笑みが貼りついていた。


「アサクラリュウヤを差し出せという我々の要求は叶えられなかった。それどころか、北海道では函館共和国を名乗る者たちが我々に牙を剥いた」


 薄ら笑いを浮かべながら男の言葉が続く。

 空に映し出されたその姿は、日本中どこからでも見ることができた。


「この行為に対して、私は寛大な笑顔で応えることができない。ゆえに」


 映像が切り替わる。

 九州地方の大都市、福岡の姿へ。

 上空を飛び交う数百の戦闘ユニットピクシーとともに。


「ささやかな礼だ。受け取ってくれ。日本人どもよ」


 次の瞬間、福岡市が炎上した。

 業火に包まれるように。

 映像のみで音声までは伝わらないが、阿鼻叫喚の地獄となっていることは、文字通り火を見るより明らかだった。


 移動要塞アスラから発射された精霊弾(ベヒモスボム)である。

 ネヴィル帝国、最大最強の地上攻撃兵器だ。


 今年の初めに、日本の大都市を焼き払ったのと同じものであるが、今回は様子が違っていた。

 あのときは精霊弾を撃ち込んだだけ。


 だから完全に皆殺しだったわけではない。生き延びた人々もいるのだ。

 それは、命日を横に数日ずらしただけにすぎなかったが。


 しかし今回は違う。

 急降下したピクシーが、炎の中を逃げまどう人々を惨殺してゆく。

 女も子供も老人も、一切の情け容赦もなく。

 悪夢のように。


「悲しいことだ。諸君らが逆らったせいで彼らは死んだ」


 ふたたび大写しになったアダルバードが笑いながら告げる。

 とんでもない理屈である。

 侵略してきたくせに、反撃された報復として、まったく違う都市を焼き払う。

 まさに悪魔の所行だ。


「次は、仙台にしようか。時期はそうだな。三日後の二月十四日が良いだろう。たしかこの国では、プレゼントを渡す日なのだろう?」


 哄笑とともに映像が消える。






「ふざけるな!!」


 激昂した三浦が五稜郭の司令所を飛び出そうとする。


「落ち着くんだ。三浦くん」


 相原が両肩を掴んで止めなければ、ワイバーンを駆って突撃したかもしれない。

 この世の地獄と化している福岡へ。


 ただの自殺行為である。

 映像の中には百機以上のピクシーがいたのだ。ワイバーンが単機で突入したところで、なぶり殺しにされるだけだ。


「しかし相原さん! これはない! 許されるはずがない!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ。

 この国を守りたくて自衛官になった男だ。

 身体を流れる血潮は赤く熱い。


 函館共和国に反撃されたことに怒ったなら、函館を攻撃すれば良い。

 なぜ無関係な都市を攻撃する。

 なぜ無関係な人間を殺す。


 いかにネヴィル帝国が日本人を憎んでいるといっても、やって良いことと悪いことがあるだろう。


「その通りだ。三浦くん。やつらの目的は、まさにそれだ」


 正面から目を見つめ、相原が語りかける。

 ネヴィル帝国の目的とは、ヘイトを集めて函館共和国軍に短兵急な行動をとらせることだ。


 現状、函館とドラゴニアの連携は上手くいっている。

 まずはそれを崩すための工作である。


「イスカリオットさんたちは日本を守るために戦っているわけではない。我々が無謀な攻撃をおこなっても、助けてはくれないぞ」

「…………」


 このあたり、相原もしっかりと見える(・・・)男だ。


 ドラゴニアの優先順位は、まずは龍哉を守ること。

 函館共和国への武器供与は、たまたま目的と合致したからにすきない。

 もしも相原たちが単独で動き、それがドラゴニアの利得と対立することになれば、彼らは躊躇なく敵に回るだろう。


 それだけは避けなくてはならない。

 敵がネヴィル帝国というだけでも勝算などゼロを通り越してマイナスなのに、ドラゴニアとまで敵対したら状況は本気で笑うしかなくなる。


「しかし……」


 言葉を詰まらせる自衛官。


 しかし、これではあまりにも。

 あまりといえばあまりにもな仕打ちではないか。


 人間を虫か何かだとでも思っているのか。


「ぐ……」


 奥歯を噛みしめる。悔しさに涙がにじむ。

 なにもできない。


 彼の持つ、函館共和国軍の持つ力では、移動要塞アスラに傷すら付けられない。それどころか接近すらできないだろう。

 シルフィードとピクシーに阻まれ。


「いやいや。儂らのことを、そう見くびられても困ってしまうというものじゃの」


 唐突に、声が響いた。


 視線の集中砲火を浴びて立っていたのは、機動戦艦ナースの艦長イスカリオットである。

 副官のリンカーベルを随従させて。


「イスカリオットさん。どうして五稜郭(した)に?」


 現在ナースは五稜郭タワーを昇降塔として、星形要塞の真上に駐留している。


「大々的な宣戦布告じゃったからのう。すぐに儂らの方針を伝えた方が良かろうと思うて降りたのじゃよ」


 心を乱される者も多いだろうから、と付け加えた。

 通信ではなく、艦長が自ら姿を見せたのもそのあたりを考慮してのことである。


「宣戦布告ですか?」


 相原が首をかしげた。

 そういう宣言は、あの放送にはなかったように思う。


「わざわざ攻撃地点と日付を明言したのじゃ。挑戦じゃよ。あれは」


 老人が白い髭をしごいた。

 防ぎたかったら出てこい、という意味である。

 函館共和国に対してのメッセージだ。


 もちろん、行けば敵が待っている。そして戦えば負ける。

 百パーセント。

 万に一つの疑いなく。


 しかし行かなければ、仙台は攻撃され壊滅するだろう。

 出てこなかった函館共和国のせい(・・)で。


 本来、それはまったく筋が違うのだが、人間の心理とはそういうものだ。

 あまりにも強大で勝ち得ない敵ではなく、手近なところにある何かの責任にしようとする。


 攻めてきたのはネヴィル帝国。町を破壊するのもネヴィル帝国。人を殺すのもネヴィル帝国なのに。

 日本人は函館共和国を憎むようになってしまうだろう。


「戦うつもりじゃろ? 相原くん。三浦くん」


 ふぉふぉふぉ、と、老人が笑う。

 一本取られた、という顔を相原がした。


 まったくそのつもりだったのである。

 フォールリヒター隊の全機で特攻するから、その間にナースは函館を離れろ、と、提案するつもりだった。


 一緒に戦ってくれとは言えない。

 力を貸してくれとも言えない。

 すでに充分な武器をもらっているのだから。


 乞食のように這いつくばって慈悲を請うのが嫌だったから、相原たちは起ったのである。

 そして一矢報いた。


 この上は、日本人としての、北海道人として意地と矜持を貫くのみ。


「相変わらず、大馬鹿野郎なことじゃて。さすがドラゴニアの始祖と同族ということじゃろうな」

「イスカリオットさん……」

「むろん儂らも戦うつもりじゃよ。アダルバートの分断策に乗ってやるのも腹が立つでの」


 このとき初めてイスカリオットは敵将の名から敬称を外した。


 怒っているのだ。

 異世界とはいえ、無辜の民を虐殺し、人質に取るやり口に。


 一月初頭の攻撃には間に合わなかった。今回の福岡襲撃も予想できなかった。

 もうたくさんだ。

 これ以上、絶対に好きにはさせない。


「ドラゴニア王国と函館共和国の、共通の敵というわけじゃな」


 差し出された右手を、力強く相原が握り返す。

 と、そのとき無線が音声を拾った。


『こちら航空自衛隊千歳基地。函館共和国、応答ありたし』


 オープン回線である。

 イスカリオットと相原が顔を見合わせた。

 この時期に、わざわざ通信してくる理由が判らない。

 無線設備に近づいた三浦が応答する。


「こちら函館共和国。フォールリヒター隊の三浦だ。いかなる用件か」

『その声……まさか三浦三佐でありますか?』

「俺はもう自衛官じゃない。田中二尉。用件を言え」


 どうやら知己だったようだ。

 話の花が咲く、という雰囲気ではなかったが。


『失礼しました。もし函館共和国がネヴィル帝国と戦うつもりなら、我ら航空自衛隊に共闘をお許しいただきたい、と』


 とんでもない申し出がきた。

 自衛隊の装備では、アスラどころかピクシーとすら勝負にならないだろう。

 そしてそれは、一月の段階で証明されている。


「……貴官はバカか?」

『自衛隊は日本を守るために存在します。自国都市への攻撃を明言された以上、座視はできません。勝てる勝てないの問題ではないと思いますが?』


 三浦の言葉に、きっぱりとした答えが返ってきた。

 たまらずイスカリオットが吹き出す。


「やれ。大馬鹿野郎は相原くんだけではないようじゃの。どうなっておるのじゃろうな、この国は」


 とんだ死に急ぎばかりであった。

 

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