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始まりの竜騎士 2


 近づいてくる魔導装甲(マグナイト)どもを確認し、シルフィードの精霊使い(パイロット)たちは失笑した。


 整然と隊列を組んで飛行する技術は、まあ及第点には達しているだろうが、問題は装備である。

 なんと、全機が魔導ライフルを構えているのだ。


『おいおい。俺たちは百年前にでもタイムスリップしちまったのか?』

『むしろ手持ち武装とか、初めて見たんだが』


 部下たちの声が風話通信を通して聞こえてくる。

 ケンプファーが苦笑を浮かべた。


 選りすぐりの精霊使い(パイロット)で、油断や慢心とは無縁の男たちなのに、あまりに現実離れした光景に失調してしまっているようだ。


 戦闘ユニットでも魔導装甲でも良いが、基本的に武装はすべて内蔵されている。

 外付けの武装もないことはないが、ほとんど使われることはない。

 理由は簡単で、戦闘中に落としたりしたら、おしまいだからだ。


 武器を失ってしまったら、もうなにもできない。すごすごと本陣に引き揚げるしかないのである。

 これでは兵器として意味がない。


 外付けの武装が使用される状況というのは限定的で、たとえば戦艦や要塞と戦うとか、陣地があまりにも遠くて補給に戻ることができないとか、最終決戦だから持てる限りの武器を持っていくとか、あまりまとも(・・・)とはいえないものだ。


 スピードが命の空戦において、わざわざ機体を重くする必然性があるのか、という話である。

 そしてワイバーンどもは、必然ではないことをやっている。


「油断するなよ。(けい)ら。どんな罠があるか知れんぞ」


 注意を喚起するケンプファー。

 児戯としか思えない敵の行動には、必ず裏があるものだ。


『大丈夫ですよ総隊長。こんな骨董品に、と、撃ってきた撃ってきた……なんだこれ!? なんでこんな正確に!?』


 音声が途絶え爆音が響く。

 ちらりとケンプファーが視線を動かせば、七番機が火球と化して冬の津軽海峡に落ちてゆくのが見えた。


「アルトリンゲ!? だから言わぬことではない! 各機! 散開しろ!!」


 舌打ち混じりに命令を下し、黒いシルフィードが一気に加速する。

 飛び来る光弾を巧みに回避しながら。


「重厚にして正確な射撃陣形。なかなかやる!」


 ワイバーンどもは、五機一組となって精密な射撃戦を展開している。

 空中に見えない陣地でも張っているかのように。


 機動力においてはるかに勝るシルフィードたちが、容易には近づけない射撃密度と正確性だ。

 一瞬でも足を止めれば、たちまち集中攻撃に晒されるだろう。


『総隊長! 魔導装甲(マグナイト)の戦い方じゃありませんよ!』

「やはりドラゴニアは、日本人に魔導装甲を渡したようだな」


 見たこともない戦法がひとつの証拠だ。

 日本の軍……自衛隊とかいったか、その戦術と魔法科学の結晶たる魔導装甲が融合した。

 かつて始祖の地で、日本人の科学とエオスの魔法が融合したように。


『どうしやす? これじゃ近づけませんぜ』

「焦るなヘイドリス。やつらは外付けの武装で戦っている。いつまでもは続かん」


『残弾!』

「そういうことだ。敵の有効射程に注意を払いつつ、消耗させるように戦え」

『了解!!』


 ケンプファーの指示に唱和し、シルフィードたちが空を駈ける。

 前後左右上下、ありとあらゆる方向からワイバーンどもに接近し、攻撃が集中する前に距離を取る。ときに単機で、ときに連携して。


 それはまさに妖精のダンスだ。

 捕まえられそうで捕まえられない。

 手を伸ばせば、ひらりとかわされる。


 一機、また一機と、フォールリヒターが火球に変えられてゆく。

 いかな堅陣とはいえ、やはり基本性能が違いすぎるのだ。





『十七番機、爆散! 三浦隊長!』


 無線に乗って届く報告は、悲鳴と化しつつある。

 六機目の損害だ。


 ぎり、と、フォールリヒター01の三浦が奥歯を噛みしめる。

 厳しい。


 最初の一斉射撃でシルフィード一機を撃墜したものの、そこからは守っているだけだ。

 それは性能差を考えれば、奇跡ともいえる善戦ではある。


 一世代前の魔導装甲(マグナイト)で、しかも騎士(パイロット)は魔力のない日本人で、固有武装が一切使えない状態で戦っているのだ。


 よくこの程度の損害で済んでいる、という表現の方が正しいほどなのである。

 性能差でおされたら、こうなることは判っていた。

 しかし、これしか方法がなかったのである。


「近接格闘戦に持ち込むにはな! いまだ! 全機抜剣!!」


 三浦が吠える。

 シルフィードたちが最接近したタイミングで。


 一斉にライフルを捨て、背中のフラッシュセイバーを抜きはなったフォールリヒターが躍りかかった。

 あまりにも見事な、射撃戦から格闘戦への移行である。


 戦闘ユニットの対応が、一瞬遅れた。

 そしてこの局面で一瞬を失うことは、永遠を失うことに等しい。


 瞬く間に二、三機のシルフィードが火球に変わる。

 居合い抜きのような早業で振り抜かれた閃光の剣を回避できなかったのだ。


 しかし、それでもやはり選抜された腕利きたちである。

 精霊銃から精霊刀に武装を切り替え、すぐに対応する。


 大空が、まるで中世騎士たち決戦場のようなさまになった。

 閃光の剣(フラッシュセイバー)精霊刀(エアリアル)がぶつかり、魔力の火花らを散らす。

 ときに蹴りを放ち、ときに関節技まで使い。


 シルフィードたちが一気に押し込まれる。


 機動力を封じられた。

 こうなってしまえば性能差はほとんど問題とならない。どちらも味方を巻き込むことを怖れるから、飛び道具も使えない。

 勝敗を分けるのは、腕と度胸だけだ。





「信じられん。日本にはこれほどの勇士たちがいるのか」


 呟いたケンプファーの唇が愉悦の半月をかたどる。

 勇躍して戦場へと飛び込んでゆく黒いシルフィード。


 通常のシルフィードより三割ほども長い両腕の精霊刀が閃く。

 二機のワイバーンが四つに分かたれて冬の海へと落ちていった。

 まさに一刀両断である。


 おされていたシルフィードたちが息を吹き返した。

 反対に、ワイバーンがややたじろぐ。


 その隙を突いて踏み込んだケンプファーが、さらに二機を血祭りに上げた。


 圧倒的な力を見せる漆黒のシルフィードだが、ついにその精霊刀が弾かれる。

 閃光の剣に跳ねあげられて。

 すかさず振るわれたもう一振りも、返す刀で防ぐ。


 飛び離れるシルフィードとワイバーン。


『なかなかやるな! 日本人!!』


 いつも通りオープン回線で話しかけるケンプファーだ。

 普通であれば返答などない。

 敵と会話を楽しもうなどという馬鹿は、そうそう滅多にいないのである。


『この国を貴様らの好きにはさせんぞ。ネヴィル帝国』


 しかし、声が返ってきた。


 地球式の無線を使っている函館共和国のワイバーンだが、一応は魔導通信のシステムも取り外さずにいる。

 完全に意思疎通ができないというのも困るからだ。


 おそらくはないだろうと推測されてはいるが、降伏勧告やその受諾等に使用するためである。

 ただ、騎士(パイロット)に魔力がないので、魔導装甲(マグナイト)魔力(エネルギー)を消費しての通信になってしまうが。


 に、と笑うケンプファー。


『名を聞いておこうか。俺はネヴィル帝国軍のケンプファーだ』

『函館共和国軍、フォールリヒター隊隊長、三浦という』


 次の瞬間、同時に突進したシルフィードとワイバーンが衝突する。


 斬りつけ、外し。

 掬いあげ、流し。

 蹴り出し、受け止め。


 剣と刀だけでなく、足技や投げ技まで用いた格闘戦が展開された。

 魔導装甲(マグナイト)が、戦闘ユニットが、どこまで人間に近い動きができるのか、それを確かめるように。


 長い時間のことにも感じられたが、ほんの数秒の戦いである。

 期せずして、両機が距離を取った。


『その名、憶えておこう。函館の騎士、三浦よ』


 大きくバックステップするように、黒いシルフィードが宙を舞う。

 撤退だ。


 付き従う僚機は、六機にまでうち減らされていた。

 このまま戦い続けても勝利は得がたい、と、判断したのである。

 壮絶な一騎打ちの最中にそこまで考えるのが、ケンプファーのケンプファーたる所以ともいえた。

 南へとシルフィード部隊が飛び去ってゆく。


「厄介な敵に目を付けられたな。精霊使いケンプファーか」


 じっとりと汗の滲んだ顔で、三浦が呟いた。


 フォールリヒター隊の初陣は、十七機を失うという結果に終わった。

 だが同時に、性能で大きく水を開けられているシルフィードを、八機も撃墜したのである。

 そしてなにより、損耗比率はともかくとして敵を撤退に至らしめた。


 日本がネヴィル帝国から初めてもぎ取った勝利だ。


『各機! 凱旋だ!!』


 無線を通じて三浦の声が届き、フォールリヒター隊が一斉に勝ち鬨をあげた。

 冬の津軽海峡を渡る風より、なお力強く。

 

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