始まりの竜騎士 1
戦闘ユニット、シルフィード。
ある種の昆虫を思わせるフォルムだが、漆黒に塗装されているため、もっとずっと邪悪な存在に見える。
かつてエオスを脅かしたという魔王のように。
「いや、そこまでではなかろう。手下BとかCとか、そのへんだろうな。あるいは四天王の中でも最弱とか」
愛機を眺めながら笑うのはケンプファーだ。
金髪を短く刈りあげ、妹のルクレーシャと同じ紫水晶の瞳を持った偉丈夫である。
移動要塞アスラの格納庫には、出撃を待つシルフィード部隊が駆動音を響かせている。
つい先刻、命令が下った。
五稜郭にいる敵魔導装甲を排除せよ、と。
投入されるのは彼の他に十四機。とくに操縦技術に優れた者が選抜された。
罠が疑われているからだ。
これ見よがしに配置された旧型の魔導装甲ワイバーンは、接近したネヴィル帝国軍を囲んで袋叩きにするためのエサではないかと。
その可能性を承知で攻撃を仕掛けるのには、もちろん理由がある。
ドラゴニア王国が、日本人に魔導装甲を供与したかもしれないのだ。
さすがに見逃すわけにはいかない。
旧型のワイバーンとはいえ、戦力は戦力である。
アスラを傷つける力を持っているのだ。もちろんそれは小さな小さな傷だろうが、絶対に許されないことだ。
たかが日本人ごときが、ネヴィル帝国に刃向かうなど。
ゆえに、あの魔導装甲は完全に破壊する。
もし罠でドラゴニアが襲いかかってきた場合に備えて、この人選である。
ケンプファーをはじめとした精兵十五名ならば、襲いくるドラグーンどもを斬り破って帰還できると期待されたのだ。
『兄さん! まだシルフィードに乗ってないでしょ! なにやってるの!!』
突如として飛行兜のバイザーに妹の顔が映り、きんきんした怒鳴り声を耳元に響かせる。
ケンプファーが嫌な顔をした。
相変わらず口うるさい妹である。
どうしてアダルバートほどの名将が、顔が良いだけで口やかましい小娘を側に置くのか、けっこう真剣に疑問だ。
いくら幼少期に家庭教師をしていたので気心が知れているといっても、あるいは親友たる自分の妹だとしても、士官学校を主席で卒業した俊秀で、百年に一人の天才とか呼ばれている才媛だとしても、実体は口うるさくて生意気な小娘である。
なにしろルクレーシャが生まれたときからの付き合いだから、嫌というほど知っているのだ。
「そんなに喚かなくて聞こえている。コンセントレーションの邪魔をするな。レーシャ」
『コンセントレーション? どうせシルフィードを見つめながら中なんとか病的な台詞を吐いてただけでしょ!』
これだ。
こうやって兄の趣味を、すぐに馬鹿にするのだ。
俺だったら副官になど絶対にしない、永遠に便所掃除係でもやらせておく、などと考えるケンプファーである。
もちろん考えるだけで口にはしない。
百倍にして言い返されるのが明白だから。
「そんなことより、トイレに行く振りをしてプライベート通信をするクセを、いい加減にやめたらどうだ? さすがにアルに怒られるぞ?」
『うっさい! とっとと搭乗しろ!! バカ兄!!』
「おまえなあ。その口の悪いのをなんとかしないと、将来アルと結婚したときどうするんだ? 呆れられて捨てられても知らんからな?」
『うっせバーカ! バーカバーカ! 一機も墜せないで帰投しろ!』
真っ赤になって怒っている。
墜されろとか、死ねとか言わないのは、妹なりの配慮なのだろうか。
どうでも良い疑問を抱きながら、ひらりと戦闘ユニットに飛び乗る。
すぐにシステムが起動し、ケンプファーの生体データをシルフィードが読みとった。
がちゃりと音をたて頭部装甲が接着する。
バイザーに投影されていた妹の顔が消え、格納庫の情景に変わった。
視界左側のサブスクリーンには、僚機十四機のシグナルが灯っている。すべて青、コンディション良好だ。
『精霊使いケンプファー。ごゆっくりですね』
聞こえる声は妹のものではなく、慣れ親しんだオペレーターのものだ。
「なに。ちょっとコンセントレーションをしていただけだ」
『はいはい。いい加減にしないと、また副官どのに怒られますよ』
「もう怒鳴られたよ」
『ご愁傷様です。発進まで三十秒。各装備の最終確認ねがいます』
「各計器オールグリーン」
バイザー下部に点灯しているシグナルを確認する。
「精霊刀、精霊銃、ともに異常なし」
軽く両手を動かし、挙動のチェックした。
このあたりは形式的なものである。すべての戦闘ユニットは、整備員たちが完璧に仕上げてくれている。
精霊使いは、彼らの仕事を信じてスロットルを全開にするだけだ。
『カウントダウン入ります。十、九、八、七』
移動要塞アスラの戦闘ユニット射出口が開いてゆく。
瞳に映るのは冬晴れの空。
『三、二、一、ご武運を!!』
オペレーターの言葉と同時にカタパルトが動き、勢いよくケンプファーの身体が空中に投げ出された。
もちろんそれは錯覚であるが、戦闘ユニットの中にいる精霊使いたちの多くが味わう感覚だ。
漆黒のシルフィードに、十四機の白銀の同型機が続く。
北の大地を目指して。
「レーダーに感。戦闘ユニット、十五機です」
警報と、オペレーターの声が艦橋に響く。
軽く頷いたイスカリオットが白い髭をしごいた。
「食いついたようじゃの。相原どのに通達じゃ。予定通り、とな」
艦長の指示を受け、オペレーターの一人がマイクに向かった。
函館共和国との共闘関係が成立した機動戦艦ナースに新設されたポジションである。
無線通信士。
通常の魔導通信ではなく、地球式の無線通信によって連絡を取り合うのが仕事だ。
五稜郭には魔導通信の設備がないため、こればかりは仕方がない。
それに、ちょっとした余録もあった。
ドラゴニアが魔導通信を使っていると思いこんでいるネヴィル帝国には傍受されにくい、という。
なにしろナースの乗組員ですら、艦に設備があるのを失念していたくらいなのだ。
おそらくはアスラにも設備くらいあるだろうが、気付くまではそれなりに時間がかかるだろう。
それまで使い放題である。
もちろん、五稜郭とワイバーンの通信も無線だ。
『こちらフォールリヒター01、三浦だ。これより敵戦闘ユニットを迎撃する』
五稜郭とナースにワイバーンから声が届く。
フォールリヒター隊の隊長は相原ではなく、三浦という自衛官である。
彼自身はかなり乗りたがったが、やはり警察官より自衛隊の方が戦闘員としてのポテンシャルが上だった。騎士は全員が自衛官だ。
ステルスモードを解除し、五稜郭要塞から五十機の魔導装甲が飛び立つ。
タイプワイバーンのステルスは、とっくにネヴィル帝国に解析されているため、展開しても意味がないのだ。
機体に内蔵されている魔力の無駄遣いになるだけである。
ではどうしていままで使っていたのかといえば、まさにネヴィル帝国に察知させるためだ。
「魔導装甲を日本人が使っているのかもしれないと思った帝国は、必ずこれを殲滅しようとする。そして旧型のワイバーンゆえに、大兵力は展開しない。読み通りですね。艦長」
「いまのところはの。これが上手くいけば、しばらく時間が稼げることになるのじゃが、さてどうかのう」
リンカーベルの言葉にイスカリオットが頷き、スクリーンを見つめる。
十五機のシルフィードに五十機のワイバーンが近づいてゆく。
このまま距離が詰まれば、津軽海峡の上空で接敵することになるだろう。
数の上では後者が有利だが、性能的なことをいえば勝負にならない。
ワイバーンが十機がかりでも、一機のシルフィードに勝てないくらいの性能差があるのだ。
速度も武装も柔軟性も。
「じゃから、アダルバート卿の戦術判断は間違っておらんし、儂だって三日前なら同じことをしたじゃろう」
「まあ、判ってなきゃ絶対に勝てないわよね。あれは」
肩をすくめてみせたのはマルグリットである。
彼女がフォールリヒター隊を指導したのだ。
そして、今回の作戦を思いついた。
相手が考えるワイバーンの性能を逆手に取った作戦だ。
名付けて、初見殺し作戦。
「初見殺しって、嫌われるぜ」
あまりにセンスのないネーミングに、龍哉が苦笑したものである。




