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函館共和国 9


「歓待、感謝しますぞ。相原どの」

「侵略者ネヴィル帝国と戦ってくださる方々に、飯も出さないとあっては、道民の名折れですよ」


 イスカリオットと相原が握手を交わした。

 五稜郭タワーの一階である。


 ナースを空にするわけにはいかないので、函館共和国が用意してくれた御馳走を味わうのは交代制だ。

 第一陣は艦長のイスカリオット以下、五十名ほどである。


 その五十人のなかに、マルグリットの姿もあった。


「リューヤっ! 心配したんだからねっ!!」


 エレベーターの扉が開くと同時に駈け出し、少年の胸に飛び込む。


「すまない。でもまた会えて良かったよ。メグ」


 柔らかく抱きとめる龍哉。


「姫とリューヤってそういう関係だっけ?」

「一緒に戦ってるうちにってやつじゃね? プラシーボ効果とかいうやつ」


 ぼそぼそと会話を交わすアイリーンとミリアリアだった。


「吊り橋効果ね」


 笑いながら、美雨が近づいてくる。


 プラシーボでは偽薬だ。精神安定剤だといってビタミン剤を飲ませたら落ちつく、などという現象である。人間は精神によって支配されているので、思い込みの力というのはけっこう馬鹿にできない。

 カナダの心理学者、ドナルド・ダットンとアーサー・アロンが提唱した心理作用とは、だいぶ違っている。


「細けぇことは良いんだよ。ミウ」


 中学生の頭を小突くミリアリア。


「兄さんを守ってくれてありがとう。アイリーンさん。ミリアリアさん」

「チームメイトだもの。当然よ」


 微笑して、アイリーンが少女の肩をぽんぽんと叩いた。


 こうして龍哉たちは、ともかくもナースの仲間と合流できたのだが、問題は山積みである。


 先の戦闘でドラゴニア王国はネヴィル帝国に大打撃を与えた。

 だが同時に、ナース側の損害もけっして軽視できるものではない。

 とくに魔導装甲(マグナイト)たちだ。


 三百機を数えたドラグーンだが、じつに九十六機を失う結果となった。

 ざっと三分の一である。

 戦力の低下という部分では、笑える範囲を大きく超えているだろう。


 残った戦力を再編成した結果、空戦隊は七つまで減少した。

 セイヴァー、フランベルジュ、レイピア、シミター、カタナ、グラディウス、ククリである。

 しかもこのうちククリ隊は定数の三十機を確保できず、二十四機の編成のため、どちらかというと予備兵力という扱いになる。


 実質的に、戦える空戦隊は六つ。

 かなり控えめにいっても逼迫した状況だ。


「この前と同規模の戦いということになったら、かなり厳しいじゃろうのう」


 とは、イスカリオットの言葉であるが、ナースのクルー全員に共通した認識でもある。


「予備の機体とかってないのかな?」


 ふと心づいて龍哉が訊ねた。

 ナースは全長千二百メートルもある巨大戦艦だ。それに搭載されている魔導装甲(マグナイト)が三百機だけというのは、すこし少ないような気がしたのである。


「あることはあるけど、騎士(パイロット)がいないのよ」


 マルグリットが肩をすくめた。

 ナースの乗組員は全員ドラゴニアの武人として、一応、魔導装甲(マグナイト)の搭乗訓練は受けている。


 艦長のイスカリオットにしても、副官のリンカーベルにしても、艦橋オペレーターたちだって、乗ることはできるのだ。

 しかし、マルグリットやアイリーン、ミリアリアのような絶倫の技量があるわけではない。


 餅は餅屋のたとえではないが、やはり専門の騎士(パイロット)の足元にも及ばないし、そもそもオペレーターや機関員まで動員してしまったら、誰がナースを動かすのか、という話だ。


「それ以前の問題だよ。姫。『ワイバーン』なんかでどうするのさ」


 呆れたような、薄い笑いをアイリーンが浮かべる。


「まあねぇ」


 マルグリットもまた似たような表情をした。


「ワイバーンって?」

「一世代前の魔導装甲(マグナイト)だよ。リューヤ」


 首をかしげる龍哉に、アイリーンが解説してくれる。

 ドラゴニアの主力魔導装甲(マグナイト)はタイプドラグーンだが、十年ほど前までは違う機種が主流だった。

 それが、タイプワイバーンである。


 翼竜(よくりゅう)の名が示す通りの空戦型だが、性能としてはネヴィル帝国のピクシーとどうにか互角といったところだろう。

 汎用型の戦闘ユニットと。


 これではとても実戦投入などできない。


「在庫処分っていうか、部品取りのために積んでるだけだしね」


 肩をすくめるマルグリットだ。

 一応、ものとしては百機程度は搭載しているが、質としても数としても戦力としては考えにくい。

 少なくとも、乗組員から人員を割いてまで運用する意味はまったくないだろう。


「囮とか後方攪乱とかに使えないかな……いや、だめか」


 うむと龍哉が唸る。

 自分の考えに落第点をつけながら。


 危険度の高い任務である。性能の劣る機体で臨んだら、生還率だって低下してしまう。

 命を使い捨てるような作戦をとるわけにはいかない。


「そのワイバーンとやらは、私たちが乗ることはできないのかな?」


 口を挟むのは相原だ。

 彼は言っているのである。自分たちも戦う、と。


「え? あ、いや、どうなんだろ? おじいさま?」


 マルグリットがイスカリオットに視線を投げる。

 わりと高度な政治的判断が必要になる案件だ。王族とはいえ、いち空戦隊の隊長ごときが決定できるものではない。


「ふむ。そうじゃのう。共に戦ってくれるという厚意を拒絶するほど、儂らに余裕がないのはたしかじゃて」


 津軽海峡産の本マグロをつまみながら、老人が頷く。

 大トロは脂が多すぎて好まないという人もいるが、なかなかどうして、どっしりとした旨みが辛口の日本酒にも合うではないか。

 箸を止めるのに、かなり精神的な苦痛をともなうほどに。


「OK。じじい。いったんグラス置けや」


 殺人的な眼光で睨むマルグリット。

 大事な話をしているのである。

 どうして勝手に飲み食いを始めているのか。

 呼び方だって変わろうというものだ。


「まあまあ姫」

「食いながらだって話はできるってもんさ」


 アイリーンとミリアリアがなだめるが、これは勝者の余裕というべきだろう。

 合流するまでの間に、いくら丼とか浜ゆで毛ガニとか大トロの炙りとか活ホタテとか、さんざん食べまくったのだ。

 イスカリオットが刺身で大トロを食べているのを見ても、「ふふ、ツウじゃないな。軽く炙った方が美味しいのに」などと内心でほくそ笑むほどである。


「リンカーベル。孫娘がいじめるのじゃ」

「良かったですね。艦長。本懐でしょう」

「最近、リンカーベルまで冷たいような気がするのう」


 笑いながらぼやき、老人が箸を置く。


 函館奉行所の大広間である。

 機動戦艦ナースの幹部乗組員と函館共和国の幹部が会食中、というシチュエーションなのだが、ドラゴニアの人々は食事に夢中で政治的な話をする余裕がない。


「お志はありがたい。性能の劣る機体でも乗ろうといるその気概、このイスカリオット感服いたしました。相原どの」

「恐縮です」


 に、と、相原が笑う。


 ドラゴニアにしてみれば、実効戦力とは言い難い員数外の兵器だ。日本人に貸し与えたとしても、たいして懐は痛まない。

 逆に日本人としては、数も少なく性能も低いことから、裏切りを勘ぐられずに済む。いきなり矛を逆しまにしたとしても、簡単にドラグーンに制圧されてしまうのだから。


 イスカリオットと相原の会話は、副音声でそのようなことが語られている。


「問題は技術的な部分じゃろう。どうじゃ? リンカーベル」

「ドラグーンをリューヤくん用にカスタマイズしたノウハウがありますから、そう難しくはないと思います。ただ、数が多いので内蔵兵装をすべて魔力のない日本人にも使えるようにする時間的な余裕はないかと」


 百機すべてを改造ということになれば、やはりかなり時間がかかる。

 ネヴィル帝国がいつまた攻撃を仕掛けてくるか判らないなかでは、不可能といっても良いだろう。


「難しいかの?」

「外付けの武装で対応することなら可能です」


「外付けとな?」

「すぐ用意できるのは魔導ライフルとフラッシュセイバーくらいでしょうか」


 手に突撃銃型の光線銃(ビームライフル)を持ち、背中には光の魔力剣(ビームサーベル)を背負う。

 内蔵の武器が使えないので、こういうかたちになってしまうのだ。


「連○軍のモ○ル○ーツみたいじゃの」


 どうでも良い感想を漏らすイスカリオットだった。



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