函館共和国 6
焼き鳥弁当と一緒に購入したペットボトル入りのお茶を飲み干し、店内に設置されたゴミ箱に捨てる。
ごく自然な仕草だった。
意識は外にいる男たちに集中しているとは思えない。
「五百ミリリットルを一気飲みするのが自然とはまったく思えないけどね」
「だって、残したらもったいないじゃん」
呆れるアイリーンに、んべっとミリアリアが舌を出す。
龍哉を含め三人の荷物は、腰の後ろにくくりつけたポーチだけである。
ペットボトルを入れておく余裕はない。
「俺たちを捜してるんだろうな。やっぱり」
龍哉がため息を吐く。
ちらりと人影に視線を走らせながら。
統制された動きではないし、体格も日本人そのものだ。おそらくネヴィル帝国の人間ではないだろう。
ということは、現地の協力者である。
侵略者に尻尾を振って、なんらかの特権を得ようという連中は、どこにでもいるものだ。
べつにこの国の人間が特別に低劣なわけではない。
「殺す? リューヤ」
「できればそこまではしたくないけど、状況次第だな」
小声で問いかけるアイリーンに、やはり小声で応える。
すでに何機もの戦闘ユニットを撃墜している龍哉だ。いまさら自分に人道主義などを唱える資格はないことを知っている。
しかし、それでもなおなるべくなら殺したくはないと思ってしまうのだ。
甘さといえば甘さであるが、彼は騎士であって殺人鬼ではないので、喜んで人を殺したいわけではない。
「りょーかい。殺しちゃうと後が面倒だしね」
軽くアイリーンが頷いた。
外にいる数人を殺してすべてが解決するとは限らない。
彼ら以外にもネヴィルの協力者がいる可能性は充分に考えられるし、そもそも殺人犯として追いかけ回されるのは、面白い事態ではないのだ。
「認識阻害が効いていることを祈りつつ、さりげなく立ち去っちゃお。追いかけてこなかったらそれっきりで」
ごく簡単に小柄な少女が作戦を定める。
認識阻害というのは万能のチカラではない。
路傍の石のように目立たなくさせるが、ちゃんと見えているのだ。
最初から疑いの目をもっていたら誤魔化せないし、たとえばまったくなんの感情もない機械の目などには効果がないのである。
あくまでも、「ここにそんなものがあるわけがない」という思いこみを利用した魔法なのだ。
実際問題として、濁川温泉郷に潜伏していたナースだって発見された。
おそらくという域を出ないが、森町の人間が密告したのである。
誰も注目しない路傍の石だって、もしかしたらそれが金になるかもと思って見つめる人間はいるということだ。
コンビニエンスストアを出て、たむろしてる若者たちに注意を払うことなく三人が立ち去ろうとする。
「おい。あんたアサクラリュウヤじゃないのか?」
声をかけられた。
ち、と小さくミリアリアが舌打ちする。
戦闘服のズボンのポケットに入れた手が、魔法の杖を掴んだ。
魔法を使うのは得策ではない。
戦闘から半日も経っていないのだから、間違いなくネヴィル帝国軍はこの近くの空域に留まっている。
魔力反応はすぐに察知されるだろう。
それ以前の問題として、こんなまちなかで戦闘というのは剣呑すぎる。
若者たちを始末するにしても、人気のない場所に誘導してからだ。
「人違いじゃね?」
振り向きもせず龍哉が応える。
「とぼけんなよ! おめえアサクラリュウヤだよな!」
大声で言いながら近づいてくる。
最悪だ。
通りを歩く人々が足を止めた。
注がれる視線。
恐怖と欲望の入り交じったものだ。
アサクラリュウヤなる人物を捕らえるために異世界の軍勢は攻めてきた。元凶である。
そして彼の身柄には、莫大な賞金がかかっている。
一生遊んで暮らしたって使い切れないほどの。
ちらりとアイリーンとミリアリアに龍哉が視線を投げる。
斬り破るぞ、という意味だ。
ここまで注目されてしまったら、もう認識阻害は役に立たない。
逃げても追い立てられるだけ。
魔導装甲に乗り込んでしまえば、いくらでも逃走の方法はあるが、すくなくとも隠している場所までは走って逃げなくてはならないのである。
しかも、それは最後の手段だ。
このタイミングで魔導装甲を起動させるのは、幾重にも下策である。
「おめえ賞金首だろ! 無視すんなって!!」
近づいてくる。
おそらく、この若者たちも確証があって叫んでいるわけではないだろう。
大声で主張することで、自分は正しいことをしていると周囲に伝えたいだけだ。
さっとポケットから少女たちがポケットから手を出す。
取り出されたのは携帯端末のようなものだが、小型化された魔法の杖である。
ドラゴニア王国では、デバイスや増幅装置などと呼ばれている。
魔法の威力を増幅するためのものだ。
もちろん魔法を使えない龍哉は魔法の杖は持っていない。
かわりに彼が腰のポーチから取り出したのは十五センチほどの黒い棒だ。
魔法の品物の一種で、射撃、斬撃、刺突ができる閃光剣というらしい。
マルグリットからもらった護身用の武器である。
使いたくはなかったが、ことここに至ってはやむを得ない。
龍哉ひとりなら殺されることはないだろうが、アイリーンとミリアリアはそういうわけにはいかないのだ。
それに、命があれば無事ということでもない。
いかにも無軌道そうな若者たちが、彼女らを紳士的に扱うとは、龍哉には思えなかった。
異世界人であっても僚友である。
日本人とはいえ見ず知らずの男どもと、秤に乗せることはできないのだ。
彼女らを害するというなら、殺すことにためらいはない。
軽く息を吐いて覚悟を定めた。
そのときである。
警笛がけたたましく響く。
数人の制服警官が駈け寄ってくる。
しかもすでに拳銃を抜いて。
アメリカのニューヨーク市警みたいに好戦的な姿だった。
「ていうか、警察機構ってまだ機能してたんだ」
呆れたようなアイリーンの声が冬の大気に溶けてゆく。
男どもと野次馬を警官が散らす。
もちろん唯々諾々と従う者ばかりではなかったが、なんと警官たちは彼らの足元にむけて発砲したのだ。
日本の場合、威嚇射撃は絶対に誰にも当たらない空に向けておこなうものなのに。
足元の地面を狙うというのは、もし間違って当たってしまってもかまわない、という意思表示である。
意図を察した、というより、撃たれる恐怖で人々が逃げてゆく。
まさに蜘蛛の子を散らすように。
「おいおい……」
思わず龍哉が呟いた。
この国の警察は、いつからこんな強硬姿勢を取るようになったのか。
ホルスターに拳銃をしまい、一人の警官が近づいてくる。
階級が高い人物なのだろう。
「はじめまして。函館軍の相原と申します」
敬礼とともに名乗る。
「軍……?」
この国に、そんな組織は存在しないはずだ。
龍哉が面食う。
「一週間ほど前に結成されたばかりですからな。ご存じなくても無理はありません」
人好きする微笑を浮かべ、相原と名乗った男が一度言葉を切る。
「函館共和国へようこそ。歓迎します。異世界からの旅人よ」
あんまりな台詞に、少年少女たちの目が点になった。
函館。
明治新政府の支配を潔しとしなかった幕臣たちが、最後の抵抗をおこなった場所である。
五稜郭要塞に拠った榎本武揚を中心とした旧幕臣たちは、蝦夷島政府を名乗り、日本からの独立をはかった。
彼らの野望がどのような結末を迎えたのか、それは歴史書が示すとおりだ。
西暦二〇一九年。この函館の地にふたたび国が生まれた。
それが函館共和国である。
「そして我々函館共和国は、侵略者ネヴィル帝国に対する徹底抗戦と、彼らが求めるアサクラリュウヤ氏の保護を宣言しました」
「そんなバカな……」
無茶苦茶すぎる。
一月一日のネヴィル侵攻以来、たいていのことには驚かないくらいの耐性がついた龍哉であるが、これは極めつけだ。
そもそも、日本の軍事力でネヴィル帝国とは戦えない。
それはすでに証明されている。
逆らったら殺されるだけ。
ネヴィル帝国は日本人の命などに重きを置いていないのである。
「意地ですよ。我々に勝ち目なんか薄紙一枚分もありゃしません。けどね、だから唯々諾々として侵略者の言いなり人形になるのかって話です」
相原が笑う。
「漢だね! アンタ!」
気に入った、とか言いながら、ミリアリアが男の肩を叩いた。
龍哉とアイリーンは頭を抱えている。
どうすんだこの状況ってレベルだ。
「自分たちが生きるためにアサクラリュウヤ氏を引き渡すってんじゃ、柳川熊吉の霊にも申し訳が立たないってもんですて」




