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函館共和国 5


 さて、僚友に心配をかけている龍哉は、函館(はこだて)市内にいた。


 シルフィードを倒しながら彼とともに戦場を駈けたドラグーンゼロは、函館山の山中に隠してある。

 独断先行せよと命じられてから三十分あまり、まだまだ活動源界時間には達していないものの、エネルギーが尽きてから着陸地点を探すというわけにもいかないのだ。


 はやめに身を隠せる場所を確保しなくては、簡単に詰んでしまう。


「トイレも行きたかったしね」


 とは、龍哉の同行者であるセイヴァー02(ツー)、アイリーンのセリフだ。


「べつに、機内ですればいいじゃん」


 もう一人の同行者たるミリアリアが呆れる。

 彼女のコールサインはセイヴァー03(スリー)だ。

 前者は明るい栗毛で背が低く、後者はすらりとした長身で黒髪である。


 ともあれ、ドラグーンに乗っているから用を足せない、ということはまったくない。

 長時間の作戦行動も視野に入れて作られた魔導装甲(マグナイト)は、そういうものをきちんと処理する機能が備わっている。


 ただ、立っている体勢のまま、戦闘服をまとったまま、自然の摂理に従うというのは、いろいろな精神的障壁を乗り越えなくてはならないのだ。

 とくに女性騎士(パイロット)であれば、なおのことだろう。


「は。うぶなネンネじゃあるまいし。立ちションのひとつもできねーで、騎士が務まるかよ」


 なにやら格好いいポーズを決めるミリアリア。

 その後頭部を、龍哉がチョップした。


「女の子が立ちションなんて言わない。あと、俺だってできればちゃんとしたトイレで用を足したい」


 処理できるからといって、好きこのんで粗相するわけではないのだ。

 あくまでも、緊急事態に対応できる、というだけの話なのである。


「ミリアは(ハス)()すぎるよ。貴族の娘とは思えないね」


 肩をすくめるアイリーンだった。

 それに、三人が地上に降りたのはトイレに行きたかったというだけが理由ではない。


 木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中。

 人混みに紛れてしまえば、そう簡単には発見されないという計算もある。


 ペテンにかかったと知ったネヴィル帝国軍はすぐに捜索隊を出すだろうが、無限の人員がいるわけでもない。自ずと調べられる範囲も限られる。

 だからこそ、道南(どうなん)地方最大の都市である函館に潜伏してしまう。

 二十六万人の住む街で、たった三人を見つけ出すのは至難の業だろうから。


「まー 便所はともかく、腹が減ったのはたしかだね」


 両手を頭の後ろで組んで歩くミリアリアが言った。

 やれやれと肩をすくめる龍哉とアイリーン。


 あきらかに前者の方が重要な問題なのだが、彼女の場合は食欲の方に不等号が開くらしい。

 腹が減っては戦はできぬ、とかいうテツガクの信奉者なのだろう。


「でも、都市機能が生きてたってのは意外かも。リューヤのいたさいたま市なんてひどい有り様だったのに」


 可愛らしい仕草でアイリーンが小首をかしげる。

 三人が歩く函館の街並みは清潔で、活気があり、とても非占領国とは思えない明るさがあった。


「たぶん、道民(どうみん)気質ってやつなんだろうな」


 少年が苦笑する。


 開拓者魂フロンティアスピリッツとでもいうのか、この北の島に住む人々は、ちょっと日本人とは思えないくらいに割り切りがはやい。

 起こったことは起こったこととして受け入れ、すぐに次のステップへと歩き出してしまうのである。


 昨年の九月に起きた地震災害のときもそうだった。

 北海道全体が停電してしまうという未曾有の事態になったわけだが、その状況に絶望してめそめそ泣いているものは少なかった。


 冷蔵庫が使えないから食材がダメになる、と、庭に炭火コンロを持ち出してバーベキューやジンギスカンを始めるもの。


 真っ暗になってしまった地上から、普段は見えない美しい星空を見上げて写真を撮るもの。


 キャンプチェアーを外に置いてディストピア感を味わいながら酒を楽しむもの。


 懸命の復旧と救助がおこなわれている一方で、自分なりのやり方で現状を受け入れた人々が多かったという。


 起こってしまったものは仕方がない。

 自分にできることをしながら先のことを考えよう。

 これが道民気質である。


 なにしろこの島に住むのは開拓者の末裔だ。なにかやらかして故郷にいられなくなったり、あるいは新天地に夢を馳せた人々の子孫たちである。

 にっちもさっちもいかない状況、もう後がない状況なんて、最初からDNAに組み込まれている。

 北海道というのは、そもそもそういう最悪の状況からスタートしたのだ。


「だからネヴィルの侵攻も、たいしたことないって受け入れちゃうってこと?」

「もちろん、北海道って土地の特殊性もあるだろうけどな」


 日本で、北海道ほど独立の条件を満たしている場所はない。


 二百パーセントを超える食糧自給率は、さほど無理をしなくても五百パーセントくらいまでいくだろうし、天然資源もある。

 本州とも陸続きではない。


 なにより気風が、北海道第一主義だ。

 内地が消えても俺たちだけでやっていけるぜ、と、戯画化していえばそういうことである。


「強いねえ」

「後先を考えないってことじゃねーの?」


 アイリーンの感想に、くすくすとミリアリアが笑った。

 それもまた事実である。

 熱しやすく冷めやすいのが、典型的な道産子(どさんこ)気質だ。


 全国一の離婚率などにも如実にあらわれている。

 好きになったら一直線、勢いに任せて交際数ヶ月で結婚して、二、三年のうちに熱が冷めて離婚する。

 そんな事例が、この島にはいくらでも転がっているのだ。

 親類関係のしがらみとか、まったくなんにも気にしないで自由に生きるのは、さて幸運なのか不幸なのか。


 もちろん龍哉はその答えを知るほど長くは生きていない。


「サバイバルキットに入ってた現金は一人あたり三万円だ。いつナースと合流できるか判らないんだから、節約して使おうな?」


 だから、現実的な注意喚起をおこなったのみである。





 日本人の龍哉はともかくとして、あきらかに白人っぽいアイリーンやミリアリアは目立つ。

 いくら観光都市の函館でも。

 日本がこんな状態のときに、わざわざ訪れる外国人観光客などいないから。


 しかし、彼らの姿に不審を感じるものは存在しなかった。

 もちろん理由がある。


 三人の持つ個人端末(デバイス)が、常にごく弱い認識阻害の魔法を使っているだ。

 他者の目には、まったく不思議に映らない。

 路傍の石くらいに、ありふれたものとして流してしまうのである。


「だからって、函館にきて最初の食事がコンビニ弁当ってのはどうかと思うんだ。せっかくだしカニとかイカとか食いてーよ。あたしは」

「贅沢は敵だ。黙って食え。ミリアリア」

「そうそう。けっこう美味しいよ? 焼きたてってのもいいね」


 函館周辺にしか展開していないコンビニエンスストアチェーンに入った三人は、名物の焼き鳥弁当で腹ごしらえ中である。


 ちなみにこの地方では、豚精肉串を焼き鳥と呼称する。

 函館でも室蘭(むろらん)でも良いが、ただ漠然と焼き鳥と注文したら、普通に豚串が提供されるのだ。


「美味いのは認めるよ? そもそも匂いにつられて入ったんだし」


 もしゃもしゃと焼き鳥弁当を頬張りながら、味については同意するミリアリアだった。

 このコンビニエンスストアチェーンは、なんと店内で焼き鳥を焼いているのだ。コンビニなのに。


 当然、美味しそうな匂いは外まで漂っていて、三人はふらふらとつられるように入店してしまった。

 まさに匂いも売り物である。


 そして店内には、ちゃんとイートインスペースも設けられている。

 本当にコンビニなのか? 居酒屋とかではないのか? と、龍哉は首をかしげたほどだ。


「でも本当に美味しい。すごくシンプルなのに」


 アイリーン大絶賛だ。

 ご飯に豚精肉串が何本かのっているだけ。

 串を弁当箱のふちに引っかけて一気に抜き去り、ご飯と肉やネギを一緒に食べるのがお行儀だ。

 ひねりも何もないが、函館人のソウルフードである。


「食ったら移動しよう。あんまり一ヶ所にとどまるのはまずい気がする」

「そうだね。リューヤ。店の外からちらちらこっちを見てる奴らがいるよ」

「まじか。ミリアリア」

「動かない。気付いてないふり」


 がつがつと焼き鳥弁当をかき込みながら、ミリアリアが注意を促す。

 見事な気配読みである。

 見事な食いっぷりである。


「伯爵令嬢とは思えないよ。ほんと」


 苦笑するアイリーンだった。

 あらゆる意味でその通りだと思った龍哉が、大きく頷く。



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