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函館共和国 4


 移動要塞アスラから次々に戦闘ユニットが飛び立つ。

 火砲も間断なく轟き続ける。


 もちろん機動戦艦ナースも殴られるばかりではなく。四キロ先で閃光が閃くたびに要塞各所で爆炎が上がり、装甲が削られ剥がれ落ちてゆく。


「怯むな! 撃ち返せ!!」


 アダルバートも必死の指揮である。

 総力戦の様相を呈してきた。


 じりじりとアスラが前進してゆく。

 圧されるように、ナースが南へと流され始める。


「押し出せ! 押し出せ! 押し出せ!!」


 髪を振り乱し、目を血走らせて命令を下す。

 鬼の形相だ。

 ここで決着を付ける。

 絶対に。


「魔導装甲部隊、後退していきます!」


 索敵士官が報告した。

 当初は発進したばかりのピクシーを、まるで草でも刈るように叩いていたドラグーンどもだが、やはり数が違う。

 じわりじわりとおされはじめ、ついには交戦を断念して後退を始めた。


「好機だ! 戦闘ユニット全機! ナースに食らいつけ!!」


 どんと指揮机と叩き、司令官が鼓舞する。


 不平満々の体で逃げるドラグーンどもを追うように加速してゆくピクシーたち。

 八百機ほどだ。


 出撃前に格納庫を叩かれたり、出撃直後に撃墜されたりして、だいぶ撃ち減らされてしまったが、それでもナースに取り付いて乗り込むには充分な数だろう。


 ドラゴニアの奇策は見事だった。

 宿将とはよくいったもので、闘将アダルバートの心胆を寒からしめた。

 しかし、やはり戦場でものをいうのは数だ。

 地力と言い換えても良い。


 いかにドラゴニア王国軍が精強を極めても、百五十機ていどの空戦隊でアスラは墜せない。

 逃げるドラグーンどもと追うピクシーたちを、スクリーン越しにアダルバートはじっと見つめる。


「……墜せない。だからこそ賭けに出た。あの老人が?」


 呟く。


 なにかおかしい。

 なにか引っかかる。


 見事な奇襲ではあったが、本当にイスカリオットの狙いはそれだけか?

 一か八かのギャンブルをするほど、あの男には可愛げ(・・・)があるか?


 一直線にナースへと逃げるドラグーン。それを一直線に追うピクシー。


 一直線……。


「そうか! ピクシー全機! 散開しろ!!」


 アダルバートが叫ぶ。

 さらにアスラに急速前進を命じる。

 要塞を盾にしても、戦闘ユニットを守るために。


「提督?」

「老人の狙いは戦闘ユニットを無力化することだ! あれがないと俺たちはナースに乗り込むことができないのだからな!」


 要塞への直接攻撃はトリックだ。

 すべては戦闘ユニットを出撃させ、ナースの射線におびき寄せるための前段である。


「では……っ!?」


 ルクレーシャが顔色を変える。

 彼女だけではない。索敵士官も悲鳴をあげた。


「ナースの魔導砲! こちらを向いています!」


 最大の攻撃力を持った主砲である。広範囲射撃で戦闘ユニットを一網打尽にするつもりなのだ、と、アスラの司令部全員がこのとき気付いた。


大気の壁(防御フィールド)出力最大! 攻撃も移動もすべて捨てて精霊力(エネルギー)を回せ! 一発だけで良い! 絶対に防げ!!」


 アダルバートが絶叫する。


 同時だった。

 ナースから光が放たれるのと、アスラが光の繭に包まれるのとは。


 絶対魔法防御(アンチマジックシェル)だ。

 逃げ遅れたドラグーンまで守ってしまうが、かまわない。


 スクリーンの調整限界を超えた光が戦場に満ちる。

 そして、何事もなかったかのように消えていった。


 無傷。

 敵も味方も。


 アスラが完全に防ぎきったのである。

 イスカリオットの策は破れた。


「俺の勝ちだ! 老人! 全機突入しろ!!」


 司令官の叫びに呼応するように、ピクシーたちがナースへと殺到する。


 もはや万事休す。

 戦場を放棄して、機動戦艦ナースは南へと逃走を図る。

 戦い続けていたドラグーンどもも、戦意を喪失して散り散りに逃げ始める。


魔導装甲(マグナイト)など捨て置いてかまわない。第一目標はナースの攻略占拠だ。ぬかるなよ」


 椅子に座り直し、アダルバートが落ち着いて指示した。


 勝敗は決した。

 この上は戦意のない敗残兵を追い回して無駄に損害を増やす必要はない。


 なおも必死に逃げようとするナースに、ピクシーが近づいてゆく。

 無様なことだ、と、嘲りながら。


 ピクシーの一機がナースに降り立つ。


 その瞬間である。


 忽然と。

 ドラゴニア王国の機動戦艦が消失した。


 まるで幻のように。


 なにが起こったのか、誰にも判らなかった。


「な……っ!?」


 大きく目を見開くルクレーシャ。


幻覚魔法(イリュージョン)……だと……?」


 酸欠の金魚のように、アダルバートが口を開閉する。

 なんと彼らが捕らえようとしたナースは(デコイ)だった。


 いつの間にか、逃げ回っていたドラグーンどもも消えている。

 ステルス(インビジブル)モードだ。

 こうなったら容易には補足できない。


 狐につままれたような、とは、このようなことをいうのだろう。


「老人めぇぇぇぇっ! ふざけるなぁぁぁっ!」


 自失のあと、アダルバートが自らの拳を指揮机に叩きつけた。






「ふぉふぉふぉ。なんとか上手くいったようじゃな」


 笑いながら、イスカリオットが白い髭をなでる。


 まんまとネヴィル帝国軍を煙に巻いたナースは、内浦湾の海中に潜伏していた。

 ピクシー部隊を一掃するために放たれた魔導砲(エーテルキャノン)。あれが奇術のタネである。


 ネヴィルの司令官は、あれを最大の攻撃だと読んだ。

 だから完全に防ごうとした。


 防ぎきったところで油断する。

 その隙を突いて、ナースは幻覚(イリュージョン)(デコイ)を残して戦場から離脱したのである。


 もちろん光学迷彩を展開して。

 極大の魔力が戦場に満ちた瞬間であれば、多少の魔法行使はごまかせるものだ。


 とはいえ、ギャンブルの要素は強かった。


 最後の最後の瞬間まで、ネヴィルに総力戦を信じ込ませなくてはアウトだったし、勝敗が決したと思ったあとも彼らがしつこくドラグーンを追いかけ回したら、多くのものが犠牲になってしまったことだろう。


「アダルバート卿は真面目で清廉な騎士じゃからのう。こういう御仁相手には小手先の小細工の方が有効なものじゃて」

「笑ってるけどさ。おじいさま。あんまり状況は良くないんじゃないの?」


 マルグリットが半眼を向けた。

 ナースの艦橋である。 

 帝国を出し抜いたのは事実だが、やったやったと笑っていられるほど、安楽な状況ではない。


 イスカリオットが自分で言ったように、小細工でしかないのだ。

 一連の戦闘でナースの船体はそこそこのダメージを受けているし、空戦隊だって何機も撃墜されている。


 散り散りに逃げた魔導装甲(マグナイト)がまだ合流していないため、詳しい損害は判らないが、二十や三十という数ではないだろう。

 かなり楽観的に見積もっても、二割程度は失われたはずである。

 三百機しかいないドラグーンのうち、仮に六十機、二個戦隊分の戦力を失ったのだとすれば、今後の作戦行動にも大きな変更を余儀なくされるのだ。


 そして、それ以上に重大な問題もある。


 龍哉が帰還していない、という。

 撃墜されたわけではない。


 シルフィード部隊と激烈な戦闘を繰り広げていたセイヴァー、フランベルジュ、レイピア、シミター、カタナの五個戦隊には、それぞれの騎士(パイロット)の才覚において独断先行するよう命令がくだされた。


 ナースに収容する余裕がなかったのと、小細工を完璧に仕上げるためにはすでに戦闘中の部隊を戻すことはできなかったというのが理由である。

 彼らはシルフィード部隊と戦いながら、南の空へと飛び去った。


 頃合いを見て戦場を離脱し、何処かに潜伏するだろう。

 いずれ状況が落ち着けばナースと合流することが可能だが、さすがに今すぐはまずい。

 ネヴィル帝国が、血眼になって捜索しているだろうから。


「まったくじゃよ。儂はてっきりメグが一緒にいるだろうと思っておったのじゃがなぁ」

「仕方ないでしょ。損傷しちゃったんだから」


 イスカリオットの計算ミスである。

 偶然に偶然が重なった結果、マルグリットが着艦したのと前後して作戦が発動してしまった。


 したがって、龍哉とともにあるのは彼女ではない。

 おそらくはセイヴァー隊第一小隊の二番機と三番機が、少年を守っているはずである。

 マルグリットにとっては腹心の部下であり、強い信頼を寄せている。

 が、やはり自分自身が近くにいれば、と思ってしまうのだ。


「アイリーン。ミリアリア。頼むわよ……」


 この場にいない仲間に、祈るように呼びかける姫だった。



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