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函館共和国 3


「レーダーに感。移動要塞アスラです」


 オペレーターの報告に、ふむとイスカリオットが頷く。

 本州、つまり南方向から飛来したシルフィード部隊と、ドラゴニア軍は激烈な戦闘中である。

 ついに敵の本隊のご到着というわけだ。


「方向は北からじゃな?」

「そ、そうです」


 先回りして確認する艦長に、オペレーターが面食らった。

 帝国は、先に挟撃体勢を作った上で攻撃を仕掛けてきた。


「三方からの包囲であれば、簡単に出し抜くこともできたのじゃがのう」

「そうなのですか?」


 老人の言葉にリンカーベルが首をかしげる。

 それは前後から挟撃されるより、はるかに危険な状況だろう。


「アスターテ会戦で証明されたからの」

「勉強不足で申し訳ありません艦長。私はその戦いを知らないのです」

「無理もない話じゃよ。リンカーベル。儂らの世界での話ではないからの」


 しれっとほらを吹く老将。

 そもそもそれは地球の話ですらない。


「さて。相変わらずやって欲しくない手を確実にやってくる御仁じゃのう。どうしたものか」


 冗談は横において、白い髭をしごく。

 逃げ道は西と東しかない。

 そして、そのどちらにも簡単には逃げられないのだ。


 日本の土地から出てしまうから。

 龍哉は、日本からエオスへと転移した。

 国外に出るということは、この条件から外れることになる。


 ゆえにドラゴニア王国としては、日本から離れるわけにはいかないのである。

 少なくとも、龍哉が日本だと認識できる場所に留まらなくてはならない。

 転移がいつ起きるか、誰にも判らないのだから。


「この期に及んで逃がすつもりもないじゃろうが、こうも真面目な相手だと疲れるのう」


 なにが面白くて世界の命運など背負うのやら、と、さすがに口中だけで呟く。


 ネヴィル帝国は、ここで決着を付けるつもりだ。

 南にはシルフィード部隊。北には移動要塞アスラ。

 まさに前門の虎後門の狼である。

 

 帝国にしてみれば、時間をかければかけるほど状況は悪くなってゆくのである。

 龍哉が転移するのは二〇一九年。

 これしか判っていないからだ。


 一月一日から十二月三十一日までのうち、いつ転移するのかも判らない。

 そして一月はそろそろ終わろうとしている。


 いつ弾丸が飛び出すか判らないロシアンルーレットのようなものだ。

 それは今日かもしれないし、明日かもしれない。

 ただ確実にいえるのは、分母の数がどんどん少なくっているということである。


 ネヴィル帝国は一日でも早く決着をつけたい。ドラゴニア王国は一日でも長く時間を稼ぎたい。

 そういうスタンスだ。


「帝国の方が圧倒的に有利な布陣じゃな。あるいは、かえってそこに付け入る隙があるかもしれんのう」


 メインスクリーンを眺め、イスカリオットが髭をしごく。

 前方の魔導装甲(マグナイト)たちは善戦しているが、未だ戦闘ユニットどもを突き崩せていない。


 もともと、二百対百五十と数は帝国の方が多いのだ。

 そしてドラグーンとシルフィードの性能はほぼ互角である。

 この状況でおしているのだから、魔導装甲(マグナイト)の勇戦と評して問題ないだろう。


「残りのドラグーンを出しますか? 艦長」


 リンカーベルが問いかける。

 いま戦っているのは空戦隊の半分、五個戦隊だ。

 ナースには、あと百五十機のドラグーンが臨戦待機している。

 彼らにとっての切り札である。


 副官の献策は、残りの空戦隊をすべて投入して前方のシルフィード部隊を蹴散らし、そのまま一気に逃走するというものだ。

 最も実現性が高い作戦といえるだろう。


「そうじゃのう。ここは切り札(トランプ)を切るべきじゃな」


 にやり、と老将が笑う。





「長距離攻撃、きます!」

大気の壁(防御フィールド)出力全開!」


 怒号と衝撃と振動が移動要塞アスラに溢れかえる。

 さすがはドラゴニアの最新鋭戦艦だ。アスラの半分の大きさもないのに、艦砲の出力たるや、この巨大要塞を揺るがすほどである。


「撃ってきたか。老人め。やる気だな」


 精悍な顔を攻撃衝動の愉悦に歪ませるアダルバート。

 これだ。こうでなくては。

 初戦ではまんまと逃げられたが、二度同じ手は通じない。


「提督。反撃しますか?」

「むろんだ。ルクレーシャ。爆発四散しない程度に、精霊砲(イフリートカノン)の雨を降らせてやれ」


 指示は副官を通して各セクションに伝わる。


 日本の都市を焼き払った対地上用の殲滅兵器(ベヒモスボム)ではない。

 そんなものが機動戦艦に当たるはずがないという事情もあるが、それ以上に、ナースを撃沈してしまうのはまずいのだ。

 カギであるアサクラリュウヤが乗っているのだから。


 ドラゴニアが少年を守ろうとするのとは別の理由で、ネヴィルもまた少年を殺すわけにはいかないのである。


 もちろんアダルバートは、龍哉が魔導装甲を駆って戦場を飛び回っていることなど知らない。

 知っていれば、もっとずっと苛烈な攻撃をナースに仕掛けただろう。


「全砲門、開け! 開け! 開け!」


 砲術士官たちの声が響く。

 相対距離は四千メートル。

 アダルバートの右腕がゆっくりと上がり、十倍の速度で振り下ろされる。


「撃て!」


 数百の火砲が一斉に火を吹いた。

 一瞬後、爆炎に包まれるナースが、精霊鏡(メインスクリーン)に映し出される。


「おいおい。なんて堅さだよ」


 索敵士官がぼやいた。

 ナースは傷を負いながらも健在だった。


 直撃した数は、五十や百では済まないだろう。

 いくら防御フィールド(プロテクション)があるとはいえ、頑丈にもほどがあるというものだ。


「かまわん。何度でも撃ち込むのみだ。ドレスが破れるまでな。裸にひんむかなくては、犯すこともできん」


 下品な言い回しをするアダルバートに、ルクレーシャが嫌な顔をする。


 なんでそういう例えかたするのか。

 学生時代の恩師でもあるこの男を、もちろん彼女は尊敬しているし敬愛もしているが、男性軍人のこういう部分だけは度し難いと思ってしまう。


「第二射用意! 用意! 用意!」


 ふたたび響く砲術士官の声。

 衝撃がきた。

 直下型地震にでも襲われたようにアスラが鳴動する。


「撃ち返してきたか」

「違います! これは……っ!?」


 ナースからの反撃であれば、誰も驚いたりしない。

 黙って撃たれっぱなしになるはずがないのだから。


 精霊鏡(メインスクリーン)の映像が切り替わる。


 アスラの周囲を飛び回る、敵、敵、敵。

 ステルス(インビジブル)を解除した魔導装甲(マグナイト)どもである。

 その数は軽く百を超える。


「老人め! まだこれほどの予備兵力を隠し持っていたか!」


 アダルバートが無念の(ほぞ)を噛んだ。


 投入された兵力にも驚くが、直接アスラに仕掛けたことも驚愕である。

 これだけ余力があるなら、普通は前方のシルフィード部隊にぶつけるだろう。

 数の差も活かせるし、それだけ突破が容易になるのだから。


 ただ同時に、それはまさに普通(・・)の考えだ。

 ネヴィル帝国だって、シルフィード部隊が突破される可能性をきちんと考慮に入れているし、対応策も用意されている。

 出し抜く策にはなり得ないのである。


「第十二砲塔破損!」

「四番戦闘ユニット射出口(カタパルト)大破!」

「第八格納庫に直撃! 被害甚大!」


 司令室に飛び交う報告は、悲鳴と化していた。

 空戦型のドラグーンに、本来はこれほどの拠点攻撃力はない。おそらく攻城兵器を持って出撃したのだろう、と、アダルバートは推測する。


 そんなことをすれば、空戦型の最大の持ち味である機動力を殺すことになる。汎用型のピクシーですら容易に勝てるほどに。

 つまり、相手が油断している隙を突いた、一回限りの奇襲だから使える戦法だ。


「まんまと乗せられた間抜け、ということだな。俺は」


 自嘲するアダルバート。

 もともと少ない兵力を二分するなど、まともな軍略家のやることではない。

 しかし、アダルバート自身が兵力を二分して挟撃するという奇策を用いたのだ。

 自分がやったことを相手がやるはずがない、と、思いこんでしまった。


「提督……」


 気遣わしげな表情をルクレーシャが見せる。

 アダルバートは、ふうと息を吐いた。

 悪の仮面をかぶると決めたのに、副官にこんな顔をさせてはいけない。


「大丈夫だ。ルクレーシャ。こんなものは小細工にすぎん。正面から叩き潰してやれば良いだけだ」


 内心はどうあれ、ふてぶてしい顔を作った。

 指揮座からすっく立った。


「戦える戦闘ユニットはすべて上げろ(・・・)! 総掛かりだ!!」


 大きく右手を振る。



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