表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/33

函館共和国 2


 戦い続けるドラグーンゼロ。


 右腕からは間断なく追尾光弾(ホーミングレーザー)が放たれ、左腕の魔導カッター(エンハンスブレイド)が、敵を切り裂く。

 すでに四機を撃墜している。

 初陣とは思えない戦果だった。


 龍哉のためだけに調整されたスカイブルーの機体は、少年の思い描くとおりに空を舞い、敵を翻弄し、存分にその性能を発揮している。


 が、快進撃の前に立ちはだかるものが現れた。


 漆黒のシルフィードだ。

 両腕の精霊刀は他の機体より三割ほども長く、両肩と頭にはなにやら角のような棘のようなものがついている。

 いかにも特別仕様といった風情であった。


『なにかしら? あれ』


 龍哉の横を飛ぶマルグリットから通信が入る。


「隊長機とか、そういうやつじゃないか?」


 首をかしげつつも、少年が応えた。

 あそこまで目立たせる理由が判らないのだ。


 そもそも色がおかしい。

 空中で戦うのに漆黒である。カラーリングとして不条理すぎだ。

 たいていは、龍哉のドラグーンゼロのような空色か、マルグリットのドラグーンのような白銀にする。

 青空の下、黒というのはあまりにも悪目立ちしすぎるから。


 夜間戦闘を想定している、とも考えられるが、だとしたらそういう機体をわざわざ昼間に使う意味が判らない。


『あのとげとげも、わけわかんないし』

「隊長マークとか?」

『なんで隊長機にマークつけるのよ?』

「かっこいいから?」

『おバカ』

「さーせん」


 マークなど付けなくても、識別信号で味方には隊長機が判る。

 一応は視認性を完全に捨てることもできないので、ドラゴニア王国軍の機体は左肩にナンバリングがされているが、べつに目立たせる必要はない。


 敵からも隊長機が判るというのは、あまりにも意味がなさすぎるのだ。

 集中攻撃の的になるだけなのだから。


『なんかおかしなやつね。攪乱が目的なのかも』

「だな。とっとと撃墜してしまおう」


 二機が加速する。

 なんのつもりでネヴィル帝国があんなシルフィードを出してきたのかは判らないが、変なの(・・・)が戦場にいるというのはあまり歓迎すべき事態ではない。


 騎士(パイロット)たちが、なんだあれ、と思ってしまったら、幾分かは注意力を割かれるからだ。

 万分の一秒という単位での判断が求められる空戦において、それは非常に危険である。

 思わぬ隙となってしまうほどに。


 威力の小さな攻撃魔法を連続で放って牽制しながら、セイヴァー01が攻撃を仕掛ける。

 真っ直ぐに突きかかると見せての急激なコース変更。すれ違いざま、左腕の魔導カッターが閃いた。


 マルグリットが最も得意とする戦法である。

 この超高速の斬撃によって、彼女は多くの雄敵を倒してきた。


『速っ!? 重っ!?』


 しかし、黒いシルフィードは、マルグリットについてきた。

 牽制の射撃を意に介することなく、振るわれた魔導カッターを右の精霊刀で受ける。

 そしてそのままセイヴァー01の腹を蹴り上げた。

 とっさにマルグリットが反重力発生装置(エーテルリアクター)の干渉方向を変えていなければ、機体は半分に折れてしまっていたかもしれない。


 とんでもない反応速度と勝負勘である。

 勢いに逆らわずに飛んだマルグリットに、すかさず追い打ちをかける黒いシルフィード。

 なんとか受け、さばくが、セイヴァー01のボディにはいくつもの小さな傷が刻まれてゆく。


『ドラゴニアの剣姫とお見受けする。一手所望』


 防戦一方に追い込みながら、黒いシルフィードが声を発した。

 オープン回線で。


「いやいや。まてまて。おかしいだろ」


 思わず龍哉が呟いてしまう。


 ネヴィル帝国だろうとドラゴニア王国だろうと、オープンな回線というものは存在する。

 魔導通信でも風話通信でも使えるチャンネルというのがあるのだ。

 主な使用方法は、降伏勧告などおこなうため。


 まったく意思疎通ができない、というのはいろいろと不都合が出てくるのである。

 ただ、基本的に普段は使わない。


 当たり前だ。

 自軍の作戦行動や命令を、敵にも判るかたちで伝えるなど狂気の沙汰である。

 黒いシルフィードは、その狂気の沙汰をやっているのだ。


『自分はネヴィル帝国軍空戦隊総隊長ケンプファー。いざ尋常に、って、こら! 逃げるな!』


 さらに言葉を重ねる黒いシルフィードから、一目散にセイヴァー01が逃げ出した。

 やや慌てて龍哉のドラグーンゼロがフォローに入る。


『名乗ってきた。こわい。きもい。なんなの? あいつ』

「俺に訊くなよ。俺だって気持ち悪いって」


 背にマルグリット機をかばいながら、謎の機体と正対する。

 戦いに関しては素人の龍哉だが、異常な事態だということは良く判る。

 敵と会話を交わすなど、まともに考えてありえないのだ。

 まして名乗るとか。


『一騎打ちの邪魔をするか! 小童(こわっぱ)!』

「小童て……」


 龍哉がげんなりする。

 おそらく、というか疑いなく、黒いシルフィードに乗るケンプファーとやらは、龍哉が少年だと知っているわけではない。

 適当に叫んでいるだけだ。


 そもそも、敵味方に聞こえるように叫ぶということ自体、あまりにも異常なので、少年としてはどこからつっこんでいいのか判らないほどである。


『気を付けてリューヤ。気持ち悪いけどけっこうやる』

「わかってる。それよりメグの損傷は?」

『いちおう戦闘継続はできそうだけど、あちこち警告灯はついてるわ』

「了解だ。一度帰投して補修を受けてくれ」


 もちろん、龍哉とマルグリットの会話は、セイヴァー隊の専用回線である。


「こいつは、俺がなんとかする」

『……OK。充分に注意してね』


 マルグリットにためらいがあったとしても、それを体外に出すことはなかった。

 返答の前に、一瞬の沈黙を挿入したのみである。


 機体を損傷した彼女が戦場に留まるのは意味がない。

 十全に性能を発揮できないドラグーンでは味方の足を引っ張るだけだし、彼女を守ろうと味方がすればするほど、不利になってしまう。

 味方がかばい合うというのは美しいが、戦果に直結する行動ではないのである。


『セイヴァー隊の指揮は第二小隊のダルトンに引き継ぐわ』

『了解ですぜ。姫』


 第二小隊長にして、セイヴァー隊副隊長を務める男からすぐに返信があった。

 隊長機が戦闘不能に陥ったときのため、引き継ぎ序列は最初から定められている。


『みんな。ごめんね。あとはよろしく』


 軽く謝罪し、ナースへと向けてセイヴァー01が飛んだ。





 去ってゆくマルグリット機を、黒いシルフィードが口惜しげに見送る。

 戦闘ユニットに表情があるわけでもないが、龍哉にはそう見えた。

 大魚を逸した、と。


『小僧。邪魔をしたからには相手をしてもらうぞ』


 精霊刀の切っ先を突き付ける。


「最初からそのつもりだけど、なんか疲れる相手だな」


 ドラグーンゼロは応えない。

 龍哉は回線をクローズにしたままだ。

 したがって、彼の呟きはたんなる独り言である。


 黒いシルフィードとドラグーンゼロが同時に動く。

 過負荷の火花をあげ、精霊刀と魔導カッターがぶつかった。

 鍔迫り合いは一瞬。


 大きく跳びさがるドラグーンゼロ。

 シルフィードの刀は二本あるのだ。左腕にしか近接武器がない魔導装甲(マグナイト)でドッグファイトはできない。


 すぐにシルフィードが追撃する。

 ドラグーンゼロの右腕の前に魔法陣が展開され、五条の追尾光弾が迎え撃った。


 あるいは避け、あるいは受け流しながら距離を詰めようとするケンプファー。

 詰められた距離をさがる龍哉。


『おのれ! ちょこまかと!』

「本気で気持ち悪いな。なんでドッグファイトにこだわってるんだ? こいつ」


 攻撃魔法を撒き散らして逃げ回りながら、少年がひとりごちる。

 徹頭徹尾、黒いシルフィードは飛び道具を使わない。

 高速機動が本領の空戦型に乗っているのに。


「なにか狙いがあるのか。それともただのバカなのか」


 いずれにしても付き合いきれない。

 急降下して振り切ろうとする。


『ちょこざいな!』


 すぐに追いかける黒いシルフィード。

 地上すれすれで身をひねり、今度はドラグーンゼロが急上昇する。


 急降下と急上昇。

 一瞬の交錯。


 ひゅんと風が鳴き、右の精霊刀が半ばから折れ飛んだ。


『なにぃっ!?』


 マルグリットの攻撃を受け、龍哉と鍔迫り合いをし、さらに高速で打ち交わされたため、耐久力が限界を超えたのだ。


『やるな。小僧。ゼロナンバーのセイヴァー。刻んでおくぞ』


 悔しげに右腕を見つめたあと、黒いシルフィードが方向転換する。

 離脱するつもりだと悟った龍哉は、攻撃をおこなわなかった。


「最後まで小僧呼ばわりかよ」


 と、ため息を吐いたのみである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ