函館共和国 2
戦い続けるドラグーンゼロ。
右腕からは間断なく追尾光弾が放たれ、左腕の魔導カッターが、敵を切り裂く。
すでに四機を撃墜している。
初陣とは思えない戦果だった。
龍哉のためだけに調整されたスカイブルーの機体は、少年の思い描くとおりに空を舞い、敵を翻弄し、存分にその性能を発揮している。
が、快進撃の前に立ちはだかるものが現れた。
漆黒のシルフィードだ。
両腕の精霊刀は他の機体より三割ほども長く、両肩と頭にはなにやら角のような棘のようなものがついている。
いかにも特別仕様といった風情であった。
『なにかしら? あれ』
龍哉の横を飛ぶマルグリットから通信が入る。
「隊長機とか、そういうやつじゃないか?」
首をかしげつつも、少年が応えた。
あそこまで目立たせる理由が判らないのだ。
そもそも色がおかしい。
空中で戦うのに漆黒である。カラーリングとして不条理すぎだ。
たいていは、龍哉のドラグーンゼロのような空色か、マルグリットのドラグーンのような白銀にする。
青空の下、黒というのはあまりにも悪目立ちしすぎるから。
夜間戦闘を想定している、とも考えられるが、だとしたらそういう機体をわざわざ昼間に使う意味が判らない。
『あのとげとげも、わけわかんないし』
「隊長マークとか?」
『なんで隊長機にマークつけるのよ?』
「かっこいいから?」
『おバカ』
「さーせん」
マークなど付けなくても、識別信号で味方には隊長機が判る。
一応は視認性を完全に捨てることもできないので、ドラゴニア王国軍の機体は左肩にナンバリングがされているが、べつに目立たせる必要はない。
敵からも隊長機が判るというのは、あまりにも意味がなさすぎるのだ。
集中攻撃の的になるだけなのだから。
『なんかおかしなやつね。攪乱が目的なのかも』
「だな。とっとと撃墜してしまおう」
二機が加速する。
なんのつもりでネヴィル帝国があんなシルフィードを出してきたのかは判らないが、変なのが戦場にいるというのはあまり歓迎すべき事態ではない。
騎士たちが、なんだあれ、と思ってしまったら、幾分かは注意力を割かれるからだ。
万分の一秒という単位での判断が求められる空戦において、それは非常に危険である。
思わぬ隙となってしまうほどに。
威力の小さな攻撃魔法を連続で放って牽制しながら、セイヴァー01が攻撃を仕掛ける。
真っ直ぐに突きかかると見せての急激なコース変更。すれ違いざま、左腕の魔導カッターが閃いた。
マルグリットが最も得意とする戦法である。
この超高速の斬撃によって、彼女は多くの雄敵を倒してきた。
『速っ!? 重っ!?』
しかし、黒いシルフィードは、マルグリットについてきた。
牽制の射撃を意に介することなく、振るわれた魔導カッターを右の精霊刀で受ける。
そしてそのままセイヴァー01の腹を蹴り上げた。
とっさにマルグリットが反重力発生装置の干渉方向を変えていなければ、機体は半分に折れてしまっていたかもしれない。
とんでもない反応速度と勝負勘である。
勢いに逆らわずに飛んだマルグリットに、すかさず追い打ちをかける黒いシルフィード。
なんとか受け、さばくが、セイヴァー01のボディにはいくつもの小さな傷が刻まれてゆく。
『ドラゴニアの剣姫とお見受けする。一手所望』
防戦一方に追い込みながら、黒いシルフィードが声を発した。
オープン回線で。
「いやいや。まてまて。おかしいだろ」
思わず龍哉が呟いてしまう。
ネヴィル帝国だろうとドラゴニア王国だろうと、オープンな回線というものは存在する。
魔導通信でも風話通信でも使えるチャンネルというのがあるのだ。
主な使用方法は、降伏勧告などおこなうため。
まったく意思疎通ができない、というのはいろいろと不都合が出てくるのである。
ただ、基本的に普段は使わない。
当たり前だ。
自軍の作戦行動や命令を、敵にも判るかたちで伝えるなど狂気の沙汰である。
黒いシルフィードは、その狂気の沙汰をやっているのだ。
『自分はネヴィル帝国軍空戦隊総隊長ケンプファー。いざ尋常に、って、こら! 逃げるな!』
さらに言葉を重ねる黒いシルフィードから、一目散にセイヴァー01が逃げ出した。
やや慌てて龍哉のドラグーンゼロがフォローに入る。
『名乗ってきた。こわい。きもい。なんなの? あいつ』
「俺に訊くなよ。俺だって気持ち悪いって」
背にマルグリット機をかばいながら、謎の機体と正対する。
戦いに関しては素人の龍哉だが、異常な事態だということは良く判る。
敵と会話を交わすなど、まともに考えてありえないのだ。
まして名乗るとか。
『一騎打ちの邪魔をするか! 小童!』
「小童て……」
龍哉がげんなりする。
おそらく、というか疑いなく、黒いシルフィードに乗るケンプファーとやらは、龍哉が少年だと知っているわけではない。
適当に叫んでいるだけだ。
そもそも、敵味方に聞こえるように叫ぶということ自体、あまりにも異常なので、少年としてはどこからつっこんでいいのか判らないほどである。
『気を付けてリューヤ。気持ち悪いけどけっこうやる』
「わかってる。それよりメグの損傷は?」
『いちおう戦闘継続はできそうだけど、あちこち警告灯はついてるわ』
「了解だ。一度帰投して補修を受けてくれ」
もちろん、龍哉とマルグリットの会話は、セイヴァー隊の専用回線である。
「こいつは、俺がなんとかする」
『……OK。充分に注意してね』
マルグリットにためらいがあったとしても、それを体外に出すことはなかった。
返答の前に、一瞬の沈黙を挿入したのみである。
機体を損傷した彼女が戦場に留まるのは意味がない。
十全に性能を発揮できないドラグーンでは味方の足を引っ張るだけだし、彼女を守ろうと味方がすればするほど、不利になってしまう。
味方がかばい合うというのは美しいが、戦果に直結する行動ではないのである。
『セイヴァー隊の指揮は第二小隊のダルトンに引き継ぐわ』
『了解ですぜ。姫』
第二小隊長にして、セイヴァー隊副隊長を務める男からすぐに返信があった。
隊長機が戦闘不能に陥ったときのため、引き継ぎ序列は最初から定められている。
『みんな。ごめんね。あとはよろしく』
軽く謝罪し、ナースへと向けてセイヴァー01が飛んだ。
去ってゆくマルグリット機を、黒いシルフィードが口惜しげに見送る。
戦闘ユニットに表情があるわけでもないが、龍哉にはそう見えた。
大魚を逸した、と。
『小僧。邪魔をしたからには相手をしてもらうぞ』
精霊刀の切っ先を突き付ける。
「最初からそのつもりだけど、なんか疲れる相手だな」
ドラグーンゼロは応えない。
龍哉は回線をクローズにしたままだ。
したがって、彼の呟きはたんなる独り言である。
黒いシルフィードとドラグーンゼロが同時に動く。
過負荷の火花をあげ、精霊刀と魔導カッターがぶつかった。
鍔迫り合いは一瞬。
大きく跳びさがるドラグーンゼロ。
シルフィードの刀は二本あるのだ。左腕にしか近接武器がない魔導装甲でドッグファイトはできない。
すぐにシルフィードが追撃する。
ドラグーンゼロの右腕の前に魔法陣が展開され、五条の追尾光弾が迎え撃った。
あるいは避け、あるいは受け流しながら距離を詰めようとするケンプファー。
詰められた距離をさがる龍哉。
『おのれ! ちょこまかと!』
「本気で気持ち悪いな。なんでドッグファイトにこだわってるんだ? こいつ」
攻撃魔法を撒き散らして逃げ回りながら、少年がひとりごちる。
徹頭徹尾、黒いシルフィードは飛び道具を使わない。
高速機動が本領の空戦型に乗っているのに。
「なにか狙いがあるのか。それともただのバカなのか」
いずれにしても付き合いきれない。
急降下して振り切ろうとする。
『ちょこざいな!』
すぐに追いかける黒いシルフィード。
地上すれすれで身をひねり、今度はドラグーンゼロが急上昇する。
急降下と急上昇。
一瞬の交錯。
ひゅんと風が鳴き、右の精霊刀が半ばから折れ飛んだ。
『なにぃっ!?』
マルグリットの攻撃を受け、龍哉と鍔迫り合いをし、さらに高速で打ち交わされたため、耐久力が限界を超えたのだ。
『やるな。小僧。ゼロナンバーのセイヴァー。刻んでおくぞ』
悔しげに右腕を見つめたあと、黒いシルフィードが方向転換する。
離脱するつもりだと悟った龍哉は、攻撃をおこなわなかった。
「最後まで小僧呼ばわりかよ」
と、ため息を吐いたのみである。




