函館共和国 1
中世の軽装騎士を思わせるフォルムにスカイブルーの塗装。
左肩に記された、Saver-00の飾り文字。
龍哉が搭乗する魔導装甲だ。
空戦型のタイプドラグーンを現代の日本人に合わせてチューンナップした特別仕様機である。
魔法の使い方を熟知していない龍哉でも十全に性能を発揮できるよう、様々なギミックが搭載されている。
「熟知してないって飛び方じゃないけどね」
彼の背を守りながら飛翔するセイヴァー01の機内で、マルグリットが苦笑した。
初陣の騎士とは思えない龍哉の飛びっぷりだ。
姿勢も安定しているし、迫りくるネヴィル帝国の戦闘ユニットに怯むこともない。
幾多の戦場を走り抜けた熟練兵みたいだった。
『敵前衛部隊。戦闘ユニット『シルフィード』。数は二百』
情報支援を担当するオペレーターの声が届く。
もちろん魔導装甲にも索敵機能はあるが、ナースが近くにいるのだからそちらからの支援を受けた方が良い。
ずっと速くて正確なのだから。
「敵はやる気まんまんね」
不敵な笑みを浮かべ、ぺろりと唇を湿らすマルグリット。
二百対百五十だ。
数では劣るものの、こちらには機動戦艦ナースがいるため援護射撃が期待できる。
「セイヴァー隊各機。迎撃フォーメーションDで展開」
鋭く下す命令に従って、三十機の魔導装甲が散開する。
他の空戦隊も、それぞれの隊長の指示に従って戦闘態勢に移行していることだろう。
しかし、それを確認することはできない。
彼女に委ねられているのは、セイヴァー隊の指揮だけだからだ。
『三秒後に支援攻撃。空戦隊各機は射線より退避のこと。三、二、一、ナウ!』
後方から伸びた赤い光線が冬の北海道の空を切り裂く。
それは曲がり、うねり、不規則な軌道を描きながらネヴィル帝国の戦闘ユニット群に着弾する。
一瞬のことだ。
爆炎の花が咲き乱れる。
ただ、それほど数は多くない。
シルフィードだって、防御フィールドくらいは展開しているからだ。
『十四機の撃墜を確認。相対距離一キロ。各機戦闘を開始せよ。ご武運を!』
「了解! 援護に感謝!!」
ナースからの報告と激励に元気よく応じ、マルグリットは左手のスロットル解放する。
ぐん、と加速してゆくセイヴァー01。
敵はもう指呼の間だ。
一キロというのは、魔導装甲にとっても戦闘ユニットにとっても、遠距離でもなんでもない。
「リューヤ。いくよ」
『任せとけ!』
セイヴァー01とセイヴァー00が並んで飛翔する。
背面の反重力発生装置が青く輝いた。
目の前に迫るシルフィード。
ピクシーは甲虫のようなフォルムだったが、こいつはまるでカマキリだ、と、龍哉は思った。
両腕が長く、鎌のようなブレードがついている。
事前に聞いた説明によれば、精霊刀という武器らしい。
けっこうな切れ味で、まともに喰らえば、地球の戦車砲程度では傷も付かないドラグーンの機体といえども真っ二つだそうだ。
「当たらなければ、どうということはないがの」
とは、イスカリオットの冗談口だが。
「いくぞ!」
勇躍して飛び込む龍哉機。
振るわれる精霊刀を紙一重で回避する。
「遅い!」
すれ違いざま右腕を振れば、虚空に魔法陣が描かれ、光の竜が飛び出す。
追尾光弾という、ドラグーンの主武器だ。
慌てたように逃げるシルフィードを、不規則な機動で追いつめてゆく。
しかし、逃げながらも、戦闘ユニットの背面に輝く幕が展開する。
着弾。
竜は幕に阻まれて消滅してしまう。
大気の壁。精霊魔法である。
反撃しようと振り返ったシルフィード。その眼前には、ドラグーンゼロの顔があった。
精霊刀を振るう暇もなく、魔導装甲が突き出した左手に貫かれる。
盛大な破砕音を立て、爆発四散する戦闘ユニット。
帝国軍の精霊使いは、死ぬまでの一瞬で自らの敗北を悟ることができただろうか。
小癪なドラグーンは、放った追尾光弾を追いかけたのである。
防がれるのを、最初から知っているかのように。
そして防ぎきった瞬間に油断するのを、知っていたかのように。
「一機撃墜!」
左腕から生えた魔導カッターを収納し、龍哉が報告する。
『お見事。初戦果だね。リューヤ』
きゅいん、という音を立て、背中合わせになったセイヴァー01から、マルグリットが声をかけた。
龍哉がバイザーに浮かんでいるデータ確認すると、彼女はすでに二機を葬っているらしい。
さすがはエースナンバーを背負う騎士といったところか。
「メグ。すごいな」
『まだまだ。敵はいっぱいいるわよ。それこそ一山いくらで売れるくらい』
間断なく追尾光弾を放ちながら、マルグリットが笑う。
それから、
『平気? リューヤ』
ふと真顔になって訊ねた。
彼はいま、自らの手で人を殺したのである。
異世界人とはいえ、人間を。
「大丈夫、といえば嘘になるけどな。相手が戦闘ユニットなら人間じゃないと思うことにした」
『……おじいさまの真似ばかりしていると、ダメ人間になるわよ?』
通信画面越しに、少年と少女が苦笑を交わし合う。
割り切れ、とは、マルグリットはいわなかった。
戦場に立つというのは、そういうことなのである。
人を殺す覚悟と、自分が殺される覚悟を持たなくてはいけない。
そしてドラゴニアの王族は、生まれたときからその義務を負う。
兵士たちに、殺せ死ねと命じることができる立場だから。
最前線に立つ経験を積んでいなくては、王位継承権すら認められないのだ。
「いこうメグ。今のところはこっちが有利だけど、時間をかけすぎるのはまずい気がする」
『OK。撃墜数が少なかった方が、今夜の晩ご飯おごりね』
「勝手に決めるなって。なんでメグが勝ってるところからスタートなんだよ」
『レディファーストとか、そういうやつ?』
「ぜってー違う」
軽口を叩き合いながら、二機が飛び離れる。
新たな獲物を求めて。
「空戦は我が軍がおされています。追加でピクシーを出しますか? 提督」
ルクレーシャが訊ねた。
移動要塞アスラの司令室である。
「さすがはドラゴニアの最精鋭といったところか。どうするかな……」
アダルバートの右手の指先が、デスクの上でタップダンスをおどった。
アスラの搭載されている空戦型の戦闘ユニットは、シルフィードが二百機である。
すでにそのすべてを投入している。
援軍を出すとすれば、汎用型のピクシーしかない。
こちらは千二百機近くいるため、最終的には数で勝てるだろう。
しかし犠牲もかなりのものになる。
ピクシーとドラグーンでは、やはり前者が不利だ。
そしてそれ以上に、乱戦になってしまう可能性が高い。
兵力の逐次投入だから。
つまり、戦況が司令部のコントロールを受け付けなくなるということだ。
さすがにそれは避けたい。
「あの老人はどう考えているのか……」
そこまで考えて、アダルバートの顔に苦笑が浮かぶ。
帝国の闘将とまで呼ばれる自分が、敵の動きに対応して動くことを考えるなど。
こちらにはこちらの計算があるのに。
区々たる戦況の変化で付和雷同すべきではない。
大きく息を吐く。
「予定通りの行動で頼む」
「はい。承知いたしました」
反論せず、美貌の副官が頷いた。
やや心配そうな表情なのは、味方が不利なのは動かしがたい事実だから。
もし計算よりも早く勝敗が決してしまったら、作戦の大前提が崩れてしまう。
「大丈夫だ。ルクレーシャ。お前の兄もいるんだから」
安心させるように、アダルバートが微笑をみせた。
「……だからこそ心配なのだと申し上げましょう。なにしろ兄はバカですからね」
「バカではなく、勇猛果敢とか猪突猛進とか言ってやれよ」
「それをバカと言うのでは?」
作戦を台無しにしてしまわないか不安で仕方ない、と、笑う。
実兄を貶めながらも、少しだけ緊張がほぐれたようだ。
移動要塞アスラが空をゆく。
ナースを叩くために。
北から。




