異世界からの侵略者 9
北の大地に向け、機動戦艦ナースが飛翔する。
時速でいうと五百キロほどで、この速度なら、艦内に蓄積されているエネルギーを消費しなくても良いのだという。
どういう原理で飛んでいるのかなど、もちろん龍哉にはまったく判らない。
そして、現実問題として、異世界の魔法科学とやらに興味を持っている場合でもない。
「力が覚醒しつつある、ということかのぅ」
ううむと唸るイスカリオット。
ドラゴニアの祖である龍哉には、ある特殊能力が備わっていた。
『神の叡智』と称されるチカラである。
平成日本に存在するすべての知識を、彼は任意に手に入れることができた。
どんな分野のものでも、いかにマイナーなものでも。
そのチカラをもって、龍哉はエオスの地に一大王国を築いたのである。
「でもおじいさま。伝承では……」
マルグリットが微弱な反論をした。
建国伝説には、初代王のチカラはエオスを訪れた際に授かったものだと記させている。
日本にいる現時点で発動するのはおかしくないだろうか。
「そのへんはいろんな可能性が考えられるんじゃないかなぁ。歴史が違う方向に進み始めたから、とか。そもそも千五百年も前の記録だから、伝承そのものが間違っているとか」
口を挟むのは龍哉だ。
当事者なのに落ち着いたものである。
「だから……なんでそんなに落ち着いてられるのよ……」
「まあ、まるで自分のこととは思えないっていう非現実感が理由のひとつだけどな。それ以上に、こう考えれば筋が通るってのが、なくとなく頭に浮かぶんだよなあ」
「チートねえ……」
呆れたようにマルグリットが両手を広げた。
そして朝倉家の人々も、なんともいえない表情を浮かべる。
おかしいのは龍哉だけではないのだ。
妹の美雨も、両親も、こんな異常事態なのに取り乱しもせず落ち着いたものである。
これだって変だ。
ネヴィル帝国の攻撃によって、国としての日本は崩壊した。
そんななか、小規模なものとはいえコミュニティを維持できたというのは、やはり少し不思議である。
これが、たとえば章吾がどこかの会社の重役で、普段から人を指揮統率することに慣れている、とでもいうなら可能性はあるが。
龍哉や美雨が幼少のうち帝王学に親しんでいた、とか。
もちろんそんなことはない。
朝倉家は、どこにでもあるような中流のサラリーマン家庭だ。
となればすでに何かしらのチカラが働いている、と、考えるべきかもしれない。
「現段階で結論を出すのは、いささか早すぎるがのう」
慎重にイスカリオットが言葉を選ぶ。
いまはまだ判断の材料が足りないのだ。
決めつけてかかるのは危険である。
「まずは北海道に行ってからじゃの」
「や、だからなんで北海道なんかに向かってるのよ? おじいさま」
改めてマルグリットが問いかけた。
必然性が、まったく感じられないのである。
「カニが食べたいしのう。牛乳も飲みたいしのう。あと、温泉も入りたいしのう」
ぬけぬけと言って、ドラゴニアの王子様が白い髭を撫でた。
「…………」
「ぬわっ!? ダメだメグっ! 武器はダメだっ!!」
無言のまま腰のホルスターから何かを取り出そうとしたマルグリットを、龍哉がしがみついて止める。
それが武器だろうこと、そしてイスカリオットに突き付けようとしていることが判ってしまったから。
じつに素晴らしい類推能力と予見力である。
おそらくは、もっと違う場面で発揮した方が万民のためだろう。
「……三日か。やつら、海に消えたか地に潜ったか」
いらいらと足を組みかえながら、アダルバートが呟いた。
機動戦艦ナースを見失ってから三日である。
索敵の網を広げてはいるが、未だ発見には至っていない。
月並みな表現をすれば、狭い狭いといいながらもやはり日本は広い、ということになるだろうか。
全長千二百メートルの巨艦も、光学迷彩で姿を消してしまったら、やすやすとは見つからない。
「かといって、無防備に魔法を使ってくれる、などという幸運はもう起きないだろうしな」
マルグリットが龍哉たちを保護したときのことだ。
あのときは彼女が使用した魔法の痕跡を追尾することで、ネヴィル帝国はナースのおおよその位置を割り出すことができたのである。
そしてもちろん、そのことはドラゴニア王国も知っているだろう。
だからこそ、不用意な魔法の行使などするわけがない。
龍哉を保護したときのような、特殊な状況でも起きないかぎり。
「となれば、ひたすら人海戦術で虱潰しにするしかない。迂遠なことだ」
芳しい報告など書かれていない報告書を、右から左へと読み流してゆく。
人海戦術といっても、手がまったく足りない。
移動要塞アスラに搭載されている戦闘ユニットは、汎用型のピクシーが千二百機と空戦型のシルフィードが二百機。前回の戦闘でピクシーが二十七機も撃墜されているから、それだけ戦力も低下している。
搭乗する精霊使いも、余剰人員はいないのだ。
そして彼らだって人間なのだから疲労もするし腹も減る。不眠不休で働かせることはできない。
手薄になる場所も、もちろん出てくる。
「提督。たとえばの話なのですが」
思い屈している様子の上司に、ルクレーシャが献策する。
日本人どもに協力させてはどうか、と。
「被占領国の人間を使うか、なるほどな」
アダルバートが膝を打った。
提案自体は珍しいものではない。エオスだけでなく地球の歴史に鑑みても、じつは同胞を売らせるというのは、わりと有効な手段なのである。
なにしろ、こういうことへの協力者は、生き残りたくて必死だ。
侵略者にゴマをするためなら、文字通りなんでもやる。
必死に、懸命に、どんな汚いことだって。
「しかしルクレーシャ。日本人ごときがナースを見つけられるか?」
「もしも運命論者どもの戦艦が空にいるなら、とうてい無理かと」
くすりと美貌の副官が微笑した。
地表から見上げて発見できるほど、ドラゴニア王国の偽装技術は低くない。
ネヴィル帝国ですら容易には見つけられないのだ。
では、副官の策は無意味なのかといえば、まったくそんなことはない。
彼女の有能さをアダルバートは疑ってもいないのである。
「つまり、奴らは地上に降りたと読むわけだな? そのこころは?」
「空中の探索で、あまりにも網にかからなさすぎです」
「たしかにそれはそうだな」
ふむと男が腕を組んだ。
いくら相手が彼の老将とはいえ、ここまで反応がないのは異常である。
ドラゴニアだって人間の集団なのだ。
ミスもすれば誤断もする。
至近を戦闘ユニットが通過したら、平静ではいられないだろう。
むしろ、ネヴィルの動きを探るためにも、彼らだって偵察くらいは出すはずなのだ。
それすら感知できないほど、ネヴィル帝国の索敵能力が低いわけがない。
「盲点、だったかもしれんな」
「日本人どものなかに溶け込んでしまおう、などと、普通は考えませんから」
やれやれといった雰囲気のアダルバートに、ルクレーシャも肩をすくめてみせた。
彼らにとって日本人とは、はっきりと憎悪の対象でしかない。
利用してやろうと考えることはあっても、仲良くしたいとは絶対に思わないのである。
実際に触れあうなど、論外といっても良い。
「悪魔や邪竜の方がかわいげがある、と、提督が仰いましたから。まともな人間ならまず考えないだろう方向から考えてみました」
「さすがだ。ルクレーシャに副官になってもらって良かった」
右手を伸ばす青年提督。
ちらりと周囲を確認し、副官がそれを握りかえした。
「アル先生の頼みだもの。断るわけないよ」
ちいさなちいさな声。
アダルバートの耳にだけ、ようやく聞こえるような。
「ありがとうな。レーシャ」
くすぐったそうに、ふたりして笑みを交わした。
それから、
「ルクレーシャの献策を是とする。日本人どもに狩りをやらせてみよう」
いつもの口調に戻して命令を下す。
「了解しました」
対する副官も、表情を戻していた。




