彼の決意
ルスが、拐われる様に連れて行かれた。自分の目の前で、エルビスは、名を呼び、追いかけ様とした、駆け寄り、神官達に掴みかかろうと、
そのとき、父親がさせまいと背後から掴み、息子を離さない。声の限り名前を叫んだ。幾度も、幾度も、声の限り、続くかぎり、
それは、彼女に確かに届いたが、振り返る少女のが姿は、既に薄布に覆われ、泣いているのかどうかも分からない、最後の別れ。
それから、どうやって、家にたどり着いたのか分からない。何も覚えてない、空も、曇も、吹き抜ける風の冷たさも、
最後に見た、布に覆われた幼なじみの姿しか覚えていなかった。
………気がつくと、彼は、粗末な食卓の椅子の一つに座っていた。ほら、飲みなさい、と姉が温かいお茶が入った器を持たせる。
言われるままに、一口啜るように飲む。じわじわと今日の出来事が、頭の中を急流の様に流れて行く。
不意に立ち上がる、器が床に転がったが、気にならない。迎えに、助けに行かなくては!彼の頭の中は、それだけ、それしか思わない。
エルビスは、外へと出ようとする、それを一緒にいた姉が、押さえつけ止める。そして弟を抱き締めると、涙をながした。
ルスはこの姉にとっても、妹の様に可愛がっていた少女、そして成人を迎えていた彼女は知っていた。
サリの姫様の運命を、成人してから神殿で密やかに伝えられる、幼子には、けっして漏らしてはならない禁忌。
姉の涙に彼は驚き、そして、ルスを待ち受ける運命が、過酷なものであることを、漠然と分かった。
何時も朗らかで、どんな辛い時にも、決して涙等流さない姉が、声を殺して泣いているのだから。
ルスはどうなるの?どうなるの?どうなるの?
目の前の姉に聞くしか出来ない。姉は禁忌を犯すことは出来ないので、黙って首を振ることで伝える。
ルス、と叫ぶ。床に突っ伏して、拳で叩きながら、涙を流し、幼なじみの名前を呼び続ける。
今日、イチゴを一緒に摘んだ。赤い花の蜜を吸って、秋には、酸っぱい果物たくさん採れるねって、あの木の花を眺めて、クスクス笑って、
ずっと、このままの時が、続くと思っていた。でも続かない、彼女はもういない。遠くの街に連れて行かれ、神に仕える姫となる。
彼は今、分かった。サリの姫様が神様に全てを捧げるという意味が、何時も朗らかな姉の涙、力なく首を振るその姿。
彼もまた、日々の中で、生きる事、死を迎える事は遠くは離れていない。常に側にある現実。
彼は強く願った。これまで生きてきてこれほど想った事はなかった。
………助ける、助ける、君を守りたい。絶対に守りたい、サリの姫様に守ってもらわなくてもいい、
僕が君を守る、そして秋には酸っぱい果物を一緒に集めて、雪が降れば、雪原に足跡つけて遊ぶんだ。
春には、君の好きな花を集めて、そしてあの木の花が咲いたら、イチゴを摘むんだ。
だから、僕は君の元へ行くよ、どうやっても、誰に反対されても、必ず助けに行く、
少年の強く激しい決意が固まった。