魔法使いになった僕と母になった魔女
勢いで書きました。
思い出せる一番古い記憶は街の路地裏で餓死しかけていた時のことだ。
母親だった人はごめんなさいと言って僕を捨てた。理由は知らないけれど何日か後に死体が転がっていたのでなにか捨てなきゃいけない理由はあったんだろうな、と思う。
意図的か偶然か生き残ってしまった僕だけどこの世界は子供が一人で生きていけるほど甘くはなかった。捨てられてから一ヶ月くらいは残飯を漁って生き延びたけど限界だった。
耐え難い空腹と疲れで体が動かせなくなって、もう死ぬのかなと思っていた時に彼女はやって来た。
「おや、おやおやおや。 こんなところに死にかけ子供が一人。 なんて世知辛い光景だろうか世も末だね」
やけに楽しげな口調でそう言って僕の側に屈んだ女の人。なんとか目を開けてみるけど目の前は真っ黒。いや、これは服の色だ。
「・・・だれ?」
「なあに、通りすがりの魔法使いのお姉さんさ」
魔法使いのお姉さん・・・つまり魔女というわけだろうか。前に母親だった人から聞いたことがある。この国には本物の魔女がいると。
たしかにお姉さんの服装は真っ黒な服にとんがり帽子でまるでおとぎ話に出てくる魔女みたいだった。
そのおとぎ話では魔女は子供を食べてしまうという話だったけど僕も食べられてしまうのだろうか。
そんな風に考える僕を魔女はひょいと抱えあげた。
「かっるいなぁお前。 ちゃんと食べては・・・ないか。 はは、ちょっと雑に扱ったらすぐ死んじゃいそうだ」
口調は雑だけど僕を抱く手はとても優しくてなぜだがとても安心できた。
そんな僕をじっと見つめたかと思うと唐突に魔女は言った。
「ようし、決めた。 君、うちの子になりなさい。 そして私の助手になりなさい。 小さい頃から教えればきっと役に立つようになるからね。 今まで育児なんてやったこともなければ彼氏すらできたことないけど・・・なーに、なんとかなるさ」
そんな感じで僕は魔女に拾われた。
これが母さんとの最初の記憶。
「母さん、いつまでむくれてるのさ。 いい加減機嫌治してよ」
拾われてから十数年。僕は魔女ではなく魔法使いだと主張する母さんの息子として立派に成長していた。
今では母さんの手伝いはもちろん多少は魔法も使えるようになった。
「まったくお前は・・・やめろと言ったのに魔法使いになんかなってしまって。 これからどうするのさ」
「ほら、子供が親に憧れるのはよくあることだから」
「やめろ、嬉しくなるだろう。 しかもなんだこの無駄なく鍛えられた肉体は。 魔法使いにあるまじきがっしりした身体なんに使うのさ?」
「だって母さん、男手だからってたくさんこき使ったじゃない。そうやってるうちにたくさん鍛えられたんだよ?」
「私のせいだったか」
そう言って肩をすくめる母さんは呆れながらもどこか嬉しそうだった。だけどすぐに顔を曇らせる。
「でも魔法使いの寿命は長い。 可愛いお前が生きることが嫌になってしまわないか心配だ」
「大丈夫。 だって母さんがいるし、それにどうしてもやりたいことがあるんだ」
「そうかい。 そのやりたいことがなんなのかは知らないが目標があるのはいいことさ。 生きる理由になるからね」
とても暖かい時間。ずっとずっとこの時が続けばいいと思っていた。
ーーーーーーでも何事にも終わりというものはある。
「僕が母さんの息子になってもう何年かな? もう数える気もないけどね」
僕はお墓に向かって話しかけていた。母さんのお墓だ。
「母さんはけっこう長い間僕が魔法使いになったことに文句言ってたよね。 それはきっと長い時を生きる辛さを知ってたからだったんだろうけど・・・こうやって母さんを看取るには魔法使いになるしかなかったんだよ? だって子供ってのは親より長生きしなくちゃいけないからね」
それが僕が魔法使いになった本当の理由だ。もちろん憧れもなかったわけじゃないけど一番の理由はあの人の子供として最後まで一緒にいてあげたかったからだ。いつも飄々としてたくせにその実寂しがり屋だった母さんが最後まで寂しくないように。
しかし息子として母さんを見送れたのはいいけどそれからというもの胸にぽっかりと穴が空いたようだった。
「うーん、母さんもこんな気持ちだったのかな」
僕たち魔法使いは普通の人とは生きる時間が違いすぎる。
大切な人ができても先立たれてしまうし、いつまで経っても老いないから気味悪がられてしまう。
だから人と離れて暮らすけどそれでも長い時間一人で過ごすのはとても辛い。だから母さんは僕を拾ったのだろう。
少しでも孤独を紛らわすために。
「ん? おや、ここは・・・」
ぼんやりと歩いているうちに懐かしい場所に来ていた。僕と母さんが初めて会った場所だ。
あれから長い時間が経ったのにこの国は何も変わっていない。きっと国だけじゃなくて人の心も変わってないんだろう。
その証拠に路地裏に子供がうずくまっていた。ぼろぼろで汚れていてよくわからないがたぶん女の子だろうか。
「おやおやおや、こんなところに死にかけ子供が一人。 まるで昔の僕みたいな子だ。 世も末とはよく言うけれどそれが何年も続くとは。 まだまだこの世に底はあるらしい」
女の子が顔をあげて僕を見た。その表情はあの日の僕みたいで不謹慎ながら親近感がわいていた。
「・・・だれ?」
そう聞かれたのなら答えは決まっている。だって僕はあの人の息子なのだから。
「なあに、通りすがりの魔法使いのお兄さんさ」
後日談
魔法使いになった女の子「私はきっと先に死ぬのも後に死ぬのも耐えられない。 だからあなたの娘にはなりません。 あなたの妻になって共に死にます」
お父さんにされそうな魔法使い「言いたいことはわかったけどだからって薬盛った挙げ句ベッドに拘束するのはどうかと思うんだよね。 あ、ちょっと待って手をわきわきさせながら近づいてこないでまず落ち着いて話しあああああああ!!!」