仕事かぶり
どこかの国のとあるお家に使用人のようにこき使われている可哀想な娘がいました。
「今日はあれとこれとそれといつもの奴が終わったら今度は例のこともやっておいてね」
意地悪で面倒くさい仕事ばかりを押し付けてくる姉でしたが
「……わかりました」
娘は愚痴を零すことも無く言われたことをただ黙々と全て完璧にこなしていきました。
「あの娘って本当に便利ね」
姉にとって便利な仕事道具。両親が亡くなってもう幾年。単調な日々の繰り返しです。
そんなある日のこと、国中の若者を集めてパーティーをするという御触れが出ました。
当然姉と娘にも招待状は届きましたが、
「あんた行く気なの? その日は某関係のその他諸々の仕事をして欲しいんだけど……」
姉はパーティーの日にも娘に仕事をたくさん押し付けます。
「……わかりました」
娘は有無も言わずに承諾し自分の部屋へと帰っていきました。
そしてパーティー当日。姉は目一杯のお洒落をして出かけて行きました。
「素敵な服を用意しておいたのに……」
家に一人残った娘。
仕事があるのでは万全の用意も台無しです。
グッと涙をこらえて娘は山のように積み重なった仕事に向かいます。
その時でした。
「何も悲しむことは無いわよ」
「えっ」
「私は魔法使い。わがままな姉に従い続ける健気なあなたを助けたくてここに来たのよ」
なんと、突然現れたおばあさんは娘の苦しみを全て理解していたのです。
「大丈夫。後のことは私に任せてあなたはパーティーに行ってきなさい」
「はい、おばあさん。有難うございます」
言う口の下、瞬く間に身支度は整い、その変身振りにおばあさんは驚きました。
「では、おばあさん。行ってきます」
父が死んでから幾年月。娘から消えてしまった『笑顔』が蘇ってきました。
「私パーティー楽しんできますね」
扉を開け、夢の舞台への第一歩。天にも昇る心地で家を出て行く間際。
「十二時を過ぎたら魔法が解けてしまうの。だからそれまでには帰っておいでよ!」
おばあさんは一言だけ添えて見送りました。
❋
パーティー会場は沢山の人で賑やかです。
姉もパーティー気分を味わっています。
色々な人との会話を楽しんでいると、会場の一角で華やいでいる集団を見つけました。
(何だろう? あそこだけ別世界みたい)
覗いてみると、一人の娘が沢山の人に取り囲まれて楽しく語らっています。
(うわ、美人)
目を惹く容姿に加えて素振りも優雅。それでいて人を飽きさせない会話力。
(あんな人に苦労は無いんだろうな)
姉はその人をちょっと妬みましたが、ここでそんな気持ちをあらわにしても何の得にもなりません。寧ろ損しか生まれません。
なので、この場を後にしました。
本当は『顔ぐらい覚えてもらおう』位の下心はありましたが心当たりが無い人だったので無理に近づくのは止めて当初の計画通り確実な人脈を築くことに専念しました。
一方、
(人に注目されるって気持ち良い~)
群衆に囲まれて話をする快感を思う存分満喫している娘。
(あっ、姉さんだ)
姉が視界に入りましたがどうやら自分が誰か分かっていないようです。
(私にはこんな才能だってあるんだから)
家に閉じ込める姉を人前で出し抜けたことは爽快で愉快で痛快でした。
今日はなんていい日なんだろう。もうずっとテンション上がりっぱなしです。
コーーン、コーーン
突然、十二時を知らせる鐘が鳴り始めました。娘は我に返ります。
「どうしました?」
「いえ、ちょっと、時間が……」
「お開きは一時です。まだ時間は……」
「ごめんなさい」
話をぶった切って帰ることを選んだ娘。
本当は最後まで居たかった。けれど、魔法が解けたらどうなるのか聞いていない。
『何か起こるのでは?』
不安が胸を過ぎります。
「今からならギリギリで着くはず……」
話は最後まで聞いておくべきだった。出掛け時のミスを悔やみつつ家路に就いてると、
コーン、コーン……
十二時の鐘が鳴り終わりました。家まであと少しの所でした。
「何か変わってしまったかしら」
自分自身の姿、および身の回りの物を確認しました。しかし、特に変わったことはありません。部屋着やすっぴん状態に戻るわけではなさそうです。
「あ~あ、気にするんじゃなかった」
何も起きないなら残ればよかったと少し後悔しました。でも、今から戻っても白けるだけなので帰ります。
「そうだ、素敵な時間をくれたおばあさんには改めてお礼を言おう」
楽しいパーティーの思い出に包まれながらドアを開けると、
ガガ、ピピ、ザー
電話やファックスのけたたましい物音が飛び交い、書類は舞い散り、パソコンのモニターは踊り狂ってます。
まるで泥棒に荒らされたようです。
部屋の惨状に茫然としていると、上から紙切れが一枚、ヒラヒラと落ちてきました。
『時間の都合により中途業務状態で退散させて頂きました。契約内容は予めご了承済みで在る故、先方の意志を尊重し契約終了時の報告は行わない取り決めと致します』
紙を捨て、部屋を早急に確認しだす娘。
成る程、これは仕事を途中で放り投げたからできた混乱だとすぐ分かりました。
自分は関わらず勝手に進められた仕事。何処がどうなっているか、全く分かりません。
時間前に帰って進行状況を把握しておくべきだったと後悔してももう遅い。
納期まで間に合うか、いや、そもそも何処から手をつければいいのか見当もつかない。
娘が部屋で悩みうな垂れている所に
「ただいま~」
姉が帰ってきました。
「仕事どう? こっちは新しい顧客掴めて万事上手く言っ……きゃ~~、何これ~!?」
部屋で仕事をしてると思っていたのにこの有様。姉は我が目を疑い、うずくまっている妹を見つけて驚きます。
「貴女は会場にいた……あんただったの!」
会場で見た鴨葱の上客っぽい人がいつも無精で物臭の妹と知ってビックリ仰天。
かくかくしかじかで何とか事情を聞きだすと呆れて言葉が出ない姉でした。
父と母が亡くなり、潰れかけた会社を何とかしようと躍起になってた頃、遊び人だった妹が金をたかりに来たことがありました。
仕事を手伝ったら報酬をあげると約束した途端に真面目に働きだして今や経理は全て妹の管轄に。しかし如何せん性根が遊び人故か暇があればすぐ居なくなる。
だから妹のスケジュールは全部自分が決め、行動も管理していたのです。
「姉さんが私を閉じ込めるからよ! 私だってあっちこっち行って喋ってストレス発散したい! 遊びたい!」
その言葉に姉はブッチーンときれ、
「あんたを取り巻いてたんは全部碌でもない連中だったって気が付けや~~」
会場での妹の行動を思い出すと腹が立つことばかりで怒鳴り声が止まりません。
「うちはあんたと私二人っきりの会社やで、こういう時に会社の利になるよう動かんかったら明日にも潰れてまうんや! それをお前は仕事サボってなに失態晒しとんじゃ!」
他人が遊んでいる時でも画策し、仕事を増やそうと努力してきたのにそれを全く理解しようとしない妹。
金がどうの言わなくなったから大人になったと思っていたのに、隙有らば抜け出す気を今でも持っていたとは何というのら根性。
しかし、そんな妹でも居ないと困る。
とりあえず今は散らかった仕事をまとめて納期までに仕上げようと提案。
二人力を合わせて準備に取り掛かります。
馬鹿と鋏は使いよう。
今後の再発防止のため、妹の上手な使い方をマスターしようと心に決めた姉でした。