AIice 07.(気分的に)七時間に渡る死闘の末に
ミツキさんが戻ってくるまでの出来事は、語らない。いや、語りたくない!ぬいぐるみに恐怖する日が来ようとは!
「言い忘れてしまったんですが…」
戻ってきたミツキさんは、申し訳なさそうに言った。シロも帽子屋も腹が減ったのか、起きて俺と眠りネズミのやり取りを面白そうに見ていた。いや、帽子屋はまだ半分夢の中なのか首がうつらうつらと動いている。
「イメージしてご飯出さなくても、作れるんです…」
そして出ていってから作ってくれたのか、カレーライス、しかも福神漬け付きを俺に渡してくれて、すみませんとミツキさんは二度謝ってくれた。早く言ってくれ!と思いつつ、ミツキさんの申し訳なさそうな顔を見てたら言えなくなる。カレーライスも作ってくれたし。
「あはは、アリスは忘れやすいね。うん、いっつも忘れていっつもお腹空かせてるね」
とにかくお前は一回謝れ。とシロには思う。大人気ないが、お前は楽しんでるだけだろ。
「作るってのは不便だからな〜、ミツキは得意だけどな。まあ、作らなくてもアリスもなんとかなるんじゃねえか」
眠りネズミは俺の前にある一杯の水を見た。俺が死闘…誤字なんかじゃなくマジで死闘を繰り広げ手に入れた水だった。なんだか愛着すら持てそうだ。
「慣れもありますから、アリスも出来ますよ」
「うんうん、アリスは無色だから何でも出来るよね。うん、何にも出来ないけどね」
「どっちだよ!」
何だかんだで、何回かに一回はツッコミを入れてしまう。
「順応が早いな、アリス」
「?」
「お前、最初すごい顔してたんだぞ」
「アリスはあそこに居る時はいっつもあんな顔だよ。うん、困ってどうしついいか分からないんだよね」
いや、困るだろ。シロは見知らぬ女の子だったし、話が通じてるけど88度くらいずれてたし。ここに来た時もだ。ぬいぐるみは喋るし、動くし、何より異世界だし。まあ、帰れるならいいかって…気が楽になったんだ。
「カレーライス…」
「起きたか、坊」
眠りネズミの言葉にコクンと頷いた帽子屋は、俺の真向かいに座り、俺に出されたカレーライスを食べ始めた。呆気にとられて何も出来ず、腹が減っていたのも忘れられれば良かったが、腹はグゥとなる。俺のカレーライス…!
「ダメですよ、ハトリ。アリスの分を食べたら」
「お腹すいてた…」
…ん?ミツキさんに注意されつつも帽子屋は食べ続ける。俺も腹が減ったが…
「名前…ですよね、ハトリって」
帽子屋は答えそうにないのでミツキさんに訪ねる。やっぱ順応力あるのかも。
「ええ。自己紹介したんじゃ…」
「されたにはされたけど、ハンドルネームの方だけだったんで」
「そうだったんですか。ハトリは帽子屋の…この子の名前です。それから私の場合、三月ウサギのミツキが正しい紹介になります。名前よりハンドルネーム…私たちはそれを役と呼んでいますが、そちらで呼ぶ方が多いので」
「へえ…じゃあ、眠りネズミもネズとかいう」
「俺の名前は秘密だ。ネズミにも一つくらい謎があった方が良いだろ」
いや、ネズミなのが最大の謎だよ、アンタの場合。
「アリスもネズさんでいいからな。役より親しみがあるからな。だが呼び捨ては駄目だ。一応この中じゃ年長だからな」
ますます謎だ。ミツキさんは二十代前半くらいだし、それより上……年長者がぬいぐるみ遊び………これ以上考えるのはやめよう。