AIice 05.四つのカップと五つの声(後編)
ミツキさんの居るお茶会は実に和やかだ。いや、シロのテンションはかわんねえんだけどさ。
「改めて、自己紹介しますね。三月ウサギです。長いので皆、ミツキって呼びます。アリスも良ければそう呼んで下さいね。あと弟がいるんですが、今度紹介しますね」
「あ、はい」
甘い香り…ココアだろうか。ティーカップが俺の前に置かれる。シロと帽子屋とミツキさんの前にも置かれた。眠りネズミは飲まないよな…飲んだとしたら、綿に染みるのか?それとも異次元空間に繋がってるのか?!
「あはは、アリス緊張してる。うん、真っ赤で緊張してるね」
「煩いな…」
ぐびぐびと飲み干してニコニコとしていたシロだった。ニヤニヤしてないのが救いだが、ミツキさん相手は誰だって緊張する筈だ!柔らかな物腰に少しウェーブのかかった髪。何より美人だ。
「……」
一人、おもいっきり睨んでる子供が居るので、これ以上は言うまい。
「あの、シロが言うには‘アリスが悩んでいる時はお茶会に行く’って聞いたんですけど」
「ええ、多分アリスの疑問を少しは解決できると思います」
「俺の…疑問…」
それはここがどこだとか、どうやったら帰れるかとか、そういうのだろうか。
「私もアリスと同じようにこの世界に来た人間ですから」
「え」
「ミツキ…」
帽子屋の顔が曇る。もしかして名前を聞くなっていうのは、ミツキさんに思い出して欲しくないとかそういうのだったんだろうか。いや、本人が言ってるから、大丈夫なんだろうけどさ。
「もう大丈夫ですよ。そうですね…まずこれは夢ではありません。シロからこの世界の呼び名は聞きましたか?」
「不思議の国ってやつなら。でも本の中ってわけでもないんですよね。余りに違いすぎる」
「ええ。呼び名はそうですが、ここは不思議の国ではありません。私達の呼び名もそうです。ネット上のハンドルネームのようなものと考えていただいた方が良いです」
「成る程…で、これが一番聞きたいんですが、俺は帰れるんですか?」
ミツキさんは少し躊躇いがちに答えてくれた。
「帰れます。アリスなら帰れます」
「アリスなら?」
「ええ、アリスなら。この説明は私では出来ないんです。
ルール違反は、二度と参加出来ないから…私はここに居たいので、ごめんなさい」
どこかで聞いた台詞だが…何処だっただろうか。いや、帰れるならいいよな。
「いや、帰れるって分かっただけでも!あ、あとここで…帰るまでに気を付けないこととかあります?」
「そうですね…アリスは何年生まれです?」
何か関係あるのか疑問に思いつつ俺は素直に答えた。
「そうですか。なら、驚くかもしれませんが、この世界のほとんどの生物に能力があります」
「能力?」
「先ほど、シロちゃんが使ったと思うんですが…」
「アリスが三時にあの道から来ただろ?ありゃ、シロ専用なんだ」
黙っていた眠りネズミが補足した。
「シロにゃ、時間を呼び寄せる能力がある。もしくはその時間に行ける能力だ。どちらなのかはシロしかしらん」
んな、力でここまで来たのかよ。だったら歩き回る前に使ってくれれば…ん?
「もしかして、それって媒介が必要とか…ですか?」
「ええ、アリスは賢いですね。シロは時計がなければ能力は使えません」
「因みに俺はこの身体。ぬいぐるみだな」
…腹話術じゃなかったのか。
「襲ってきたりすることはないので、その点は安心してください」
「襲ってきたり…」
「昔はな。荒れてた時期もあったのさ。その筆頭が大人しくなったからな〜」
染々と眠りネズミは語るが、それは昔なのか?!
「それじゃあ、ミツキさんや帽子屋にも」
俺は二人に目をやった。どんな能力があるというのだろう。……って寝てる?!いや、やけに視線が痛くないとか思ったけど!
「ミツキ…坊が寝てる」
「あら…」
どうやら二人(一人と一匹?)も気付いたらしい。因みにシロも寝てるし。
「風邪ひいたら大変ですし、中に入りましょうか」
ミツキさんはそういうと眠りネズミを帽子屋から離し、帽子屋を抱き抱えた。俺もシロを抱き抱えるが…軽くはない。
「今日は泊まってって下さいね。もう少し説明もしたいですし」
「ありがとうございます」
話しながら扉の方へと向かってたが、ドア大丈夫か?自動ドアじゃなさそうだしさ…
「ネズさん、お願いしますね」
「おうよ!」
「いっ?!」
驚くかもって言われたが、驚く。いや、絶対驚くって!ぬいぐるみが走って、しかも走るの速っ!?何だよ、あの軽やかなステップ?!
「言っただろ、アリス。俺の能力はこのぬいぐるみが媒介だってな」
眠りネズミがドアを開けながらシニカルに笑った気がした。いや、ぬいぐるみだから表情なんかかわらないんだけどさ。
は、はは……俺、ここでやってけるのか?