三. 儀式の役割り
豪奢なふすまを開けてそこに立っていたのは、例の口寄士見習いラミであった。
目にしたしゅんかんそれがラミであるとアルヒはすぐにわかったのだが、まじまじと見てそれが見間違いではないかと疑ってしまった。
アルヒの記憶にあるかぎり、ラミという女性は神官衣装をきっちりと着ることなく、癖っ毛を自然に流したあだっぽい容姿も相まっていつでも斜に構えているような印象の女性だった。
しかしそこに立っていた女性は、正式の場で口寄士が身につける金糸の縁取りもまばゆい浄衣を身にまとい、朝摘みのみずみずしい花を髪にさし、姿勢正しい神のしもべそのものだ。
採り物の鉾鈴をしゃらしゃらと鳴らしあまり体を揺らすことなく楚々と歩み寄るラミは神憑りの巫女そのものに見えて、アルヒはかける言葉をうしなった。
古来の口寄士は神憑りをおこなう者がつとめたというので、そのようなすがたは口寄士の本懐と言えよう。
「イツクシミヤのアルヒ様。お機嫌お変わりないようで何よりです。イツクシミヤのテロス様、お初にお目にかかります。わたくしは口寄士のラミと申します。お見知りおきを」
「口寄士?」
そう言って腰をさげて礼をするラミにアルヒは思わず問いかける。
「ええ、不本意ながら昨晩拝命つかまつりました。
以後は口寄士として次なるイツクシミヤ家の当主にお仕えする所存でございます」
言葉は丁寧ながらアルヒには皮肉そうに笑ってみせたラミはいくら浄衣で清楚に飾っていてもアルヒのよく知っているラミだった。
「そこなるセラタの働きにより、多くの口寄士が役職を追われましたので」
「お役に立てて、何よりです。口寄士のラミ様」
アルヒの背後にひかえたセラタがうやうやしく頭を下げる。しかしそのしゃべり口はどことなく風刺を帯びていた。
「それにしても相変わらずお仕事が早いことですね。…目論見どおり進んだということでしょうか」
「メント・セラタ、此度の働きは見事なものでした。けれど口には気をつけるのですよ、さもなくばあなたの大事な若君がその汚名を負うこととなるのですから」
ふたりの間にひととき冷ややかな空気が流れるのをアルヒはひしひしと感じた。
彼女たちのあいだにはアルヒも知り得ぬ確執があるであろうことはうかがえるのだが、けっしてそれを表ざたにしないだろうこともまたうかがえる。
取り付けたような笑顔をしていたラミだったが、気を取り直すと一転して柔らかく微笑んだ。
「さて、口寄士となったわたくしラミが、お二人の儀式を執り行う資格を得ました。これにより、ご初代の言葉を儀式にのぞむおふたりに寄せさせていただきたく存じます」
そう言って、ラミは深呼吸をする。それはアルヒたちが術を使う際にする特別な呼吸に似ていた。
「サズカリモノの娘よ、そして正統なる御子よ、よくぞこの時を迎えてくれました。」
改めて口を開いたラミのその声は、成人の男の声のように低く響く。その目つきすら彼女らしくなく、まさに彼女へ初代の魂が降りたようだった。
初代の言葉を寄せる、と宣言した以上はラミが初代の代理となる。たとえイツクシミヤの後継候補とはいえ、正式な宮主でもないアルヒとテロスよりもひととき位は上がるため、ふたりはラミに膝をついて敬意をしめす形になった。
「宮主に双子が生まれることは過去に数回ありましたが、サズカリモノとして宮に舞い戻った者はそなたのみです。これなる口寄士のラミは、多くのひとみ、多くの口からそなたたちの魂に触れたものです。
サズカリモノの娘、われわれはイツクシミヤの加護を保つ者ではありますが、そなたがそれを絶つことを望んでいることは、知っています。
われわれは、そなたがそれを成すというのなら従いましょう。しかしそれは、宮主の望みであってこそ」
テロスがかたくうなづく。
「そなたたちは、本来ひとりの宮主が得るであろう力をふたつに分けて授けられました。人が限られた生のなかで得られる力には限度がある。けれどふたつにわけることにより…そのふたつを得ることにより、その力は過去のどの宮主よりも強力な力となりましょう。
われわれは、その力を得た新たな宮主の意向にのみ従いましょう。…アルヒ様、テロス様」
アルヒとテロスが顔を上げる。
「ここで勝負なさい。そなたたちの決着をつけるためならば、清浄なる宮を血で汚すことをわれわれは許可します」
浮かない顔をして、アルヒは目前のセラタを見つめていた。
アルヒがあらわした複雑な感情をすべて受けとめた上で、セラタはひどく落ち着いているように見える。
アルヒはその生の力という性質から、いっさいの人を傷つけるすべを持たない。シーヤやアルヒのように風の力を操ることも、リズルのように『場』を縛るという芸当もできない。そのため、実際に勝負をおこなうのはアルヒの腹心たるセラタだった。
純粋にセラタがその身で戦うわけではない。口寄士たちの秘儀により、アルヒとセラタは魂繋をおこなう。
これにより、アルヒの意思やそのイツクシミヤとしての秘めた力を直接得ることができるが、セラタが身を貫かれることがあればともにアルヒも傷つき、命果てることがあればセラタではなくアルヒの命が果てることとなる。
「ご安心ください、お借りした魂、必ず無事にお返しいたします」
「これは俺の決着だ。それに巻き込んでしまって…」
アルヒが言いよどんだのを見て、セラタはその手をにぎった。
「傷つくことや失うこと、それにみずから手を汚すことを恐れてお役目など拝命できません。かならず勝利いたします」
「しかし…本当にいいのか?」
アルヒの視線がセラタの肩ごしに見える後ろすがたへと向く。その視線に気がついて、結い上げたつややかな髪を揺らして男は振り向いた。
テロスに付き従うシーヤのすがたが、そこにはあった。
「シーヤと戦うことになるんだぞ」
力の釣り合いから、アルヒが代理人としてセラタを立てる以上テロスも代理人を立てることとなる。ラミによってテロスの代理人と紹介されたのは、メント・シーヤだった。
力を持ちながらも、正式な絲の一族として認められていないルサは選ばれず、テロスの後ろでじっとシーヤの挙動を見守っている。
そのシーヤはアルヒと久しぶりに顔を合わせるというのに、表情らしい表情をのぼらせはしなかった。
「形はどうであれ…兄さんは影君を選び、それにつくことを選んだんです。アルヒ様につくことを選んだ私と対立することは、避けては通れません」
セラタのひとみに力がこもる。
「いずれこうなることはわかっていたのです。迷いはありません」
そうはっきりと述べたセラタの言葉に偽りがないことは手に取るようにわかるのだが、それでもアルヒはなぜか心が塞いで仕方がなかった。
シーヤが自分に敵対する現状を憂いているのではない。形だけとはいえ、シーヤがセラタと殺し合いをしなくてはならないのだということがアルヒの心を重くしていた。
シーヤが幼いころからきょうだいを案じる優しい兄であったことはよく知っている。そしてセラタが、シーヤが行方知れずになったと知ったその際にはどれほど表情をくもらせたかを知っている。…アイレがふたりを案じていることも知っている。
これから魂をつなぐ以上、そんな気持ちでいてはセラタの動きに乱れが生じるのはわかっているのだが、それでも気が重くならずにはいられなかった。




