三. ノーシとアイレの潜入(2)
今朝がた怪しげなふたり組が見まわりの者につれてこられたという情報をうまいこと人のよさそうな巫女から聞き出したノーシは、そのふたりがおそらく連行されたのではないかという西の離れに向かっていた。
親切な巫女は案内をかって出てくれたのだが、これは丁寧に辞退した。これ以上行動をともにすると、思わぬぼろが出かねないからだ。
巫女の話によると、近隣の山に賊が出て巫女の庄に向かっていた行商人を襲ったのだそうだ。被害は護衛士たちの機転により抑えられたというが、行方不明者も出たという。
その話を聞いた斎王は自警団を組織して街道の見回りを決行することを命じた。そして自警団は山中で旅の者としては軽装の、怪しげな人物を確保したのだそうだ。
賊でないにしても、許可のないものが巫女の庄へ忍び込むことは罪にあたる。彼らはそのねらいで近隣を根城にしたのではないかという疑いもあり、詰め所のある西の離れにつれていかれたということだ。
自警団には例の人のよい巫女の弟にあたる衛士が参加をしており、親切な巫女は自分の弟から直接聞いてくわしい事情を知ったとのことだ。まだ巫女の庄でも出回っていない話を彼女がノーシにしてくれたのは、ひとえにノーシが幼い少女に見えたからだろう。
もっともすぐにでも出回るだろうから、口止めは必要ないそうだ。
「まあ、そのあやしげな人物というのがアルヒさんと見て間違いありませんね」
『アルヒ様のお顔を知らないにしても、アルヒ様は神官服のはずなのに。賊といっしょにするなんて許せない。見る目がないにもほどがあります』
「神官がコソコソかぎまわるように山に潜伏なんて真似はしないでしょうからねえ」
自分が現在神官服でコソコソとかぎまわっていることを棚に上げ、ノーシは無声音でつぶやいた。
「それにしても、アルヒさんは微妙な立場にあると聞きましたがアイレさんはあくまでアルヒさんに肩入れをするんですね。お兄さんはそうでもないと聞きましたが」
『当然です。だって、アイレはアルヒ様のいいなずけだもの』
ノーシは廊下をすべるように歩く足運びをゆるめることもなく、まばたきだけを増やしてみせた。
『信じてないでしょう』
「いえ、身分ある人にはそういうこともあるのでしょう」
『…いいの、だってアイレだって本当かどうかわからないんだから』
アイレの声色は自嘲的な色合いがあり、夢想を語る少女のものではなかった。
『アイレは、前にお父様が話していた「わがメント家からイツクシミヤ家に嫁ぐことは決まっている」って話を信じているだけだもの。…盗み聞きだけど』
「アイレさんのごきょうだいは…」
『シーヤ兄さん、フエゴ兄さん、セラタ兄さん、それからアイレ。“嫁ぐ”としたら、アイレでしょう』
前から並んで歩いてきた衛士の男たちに優雅な会釈をして道をゆずり、しばらく歩いてからノーシは思いついたように口にした。
「セラタさんはアイレさんにとって“兄さん”なんですね」
『セラタ兄さんはセラタ兄さんだもの。兄さんたちやアルヒ様にとってはそうじゃないって、なんとなくわかってるんだけど…。それに、アイレにとってセラタ兄さんは…』
言いかけてよどんだのを、アイレはため息をついて濁した。
『ああやだ。こうやって他人に取り憑いてお話をしていると、余計なこともしゃべってしまいそう。それにあなたって、意外と他人にウソをつかないことまでわかってしまうのが、くやしい』
「そうなんですよ。わかっていただけました?」
『あなたのそういうすぐ調子に乗るところが、好きになれません』
ノーシはまったく堪えた様子もなく、肩をすくめてみせる。
「そういえばまえまえから思っていたんですけど、アイレさんはセラタさんに複雑なものを抱えているみたいですね。話してみてはくれませんか?口外は誓っていたしません」
『それを聞いてどうするんです』
「アイレさんの気が楽になるかもしれません」
奥に進むにつれて誰かとすれちがう回数は減っていった。ノーシはそれに、怪しいものを感じる。
庄をかぎまわる不審者を、こうも人目のとどかない場所に置いておくものだろうか。もっとも、聖地という場所の性質上、秘密裏にことを進めたいだけなのかもしれないが。
『アイレは、セラタ兄さんのことを考えるといやな子になってしまう』
ひとりごとをもらすように、考え事をしていたノーシの頭のなかにアイレの声が流れ込んでくる。
『アイレは、ときどきセラタ兄さんのことがこわくなる』
「こわい…?」
『シーヤ兄さんも、フエゴ兄さんも、アルヒ様と同じで宮で修行をしたの。一緒に山も登った。アイレは兄さんの直属になることが決まっていて、兄さんにくっつていることが多かったし、兄さんの使う術をよく見ておく必要があったから…修練はいつもいっしょだった。だけど、セラタ兄さんだけはいつも別で…一体どうやって術を身につけたのかアイレは知らない』
なやみなやみノーシが口を開く。
「セラタさんは、口寄士の直属でしたっけ」
『うん。ちいさい頃から家にいるよりも修練だなんだって口寄士様にあちこち連れ回されることのほうが多くって、それで变化の術の修練だからといって、いつも違う顔をしてた。男の子だったり、女の子だったりした。だからかな…』
アイレの声がちいさく震える。 『セラタ兄さんは、本当の兄さんじゃない気がするの』
「…なぜですか?」
『アルヒ様のお力にはおよばないけれど、こうやって霊体でいると、その人の術の力を感じることができるの。シーヤ兄さんも、フエゴ兄さんも、アイレは近しく思える。でもセラタ兄さんは複雑で入り組んでいて…のぞきこむと吸い込まれそうになる。
セラタ兄さんの術は、他人には封じられないものなの。だってセト・ラツトの里で術が封じられたときも兄さんは自在に術で姿を変えられたでしょう?』
勢い込んだアイレは、その勢い込んだ自分を恥じるように語尾をすぼませる。
『セラタ兄さんのこと、多分アイレは嫉妬しているんだと思う。アルヒ様といちばん親しくしていたのはセラタ兄さんだったし、アルヒ様はこんなときでもものすごくセラタ兄さんを信頼してる。
でもそれがわかると…アイレはそうじゃないって気持ちになってしまう。シーヤ兄さんや、リゥガ様のときはこう思わないのに、セラタ兄さんだけはだめなの…セラタ兄さんは、アイレに優しくしてくれるのに…アイレのこと心配してくれるのに…それに…』
「アイレさんはセラタさんのことが好きになれないんですか?」
『そんなことはない!アイレにとって、セラタ兄さんは大事な人です。でも、気持ちがそうじゃないから、アイレはいやな子になるの』
「じゃあ、いいじゃないですか」
ノーシの口調は同情的でもなく、平時のものだった。
「自分は肉親に捨てられて赤の他人に育てられました。自分を捨てて金を得るとき、母は別れ際に『離れていても愛している』と言って泣いていましたよ。その言葉にウソはないと今でも思っていますが、金を手にした母が表情を明るくしたのも事実です。
一見矛盾するものが両方とも本当のことなんて、結構よくあることなんですよ。
好きだっていうこと、大事だと思うこと、いっしょにいたいと思うこと、全部別の問題です。それが全部そろわない人はいっぱいいるんじゃないかと思います。
アイレさんは普通です。いやな子なんかじゃありませんよ」
『そういう言い方はきらいです。アイレがそうやって言ってほしいから、ノーシさんに話したみたいに聞こえる』
「アイレさん」
呼びとめたノーシの声は真面目なものに変わっていた。
まっすぐと進む渡殿に、横から急ごしらえのきざはしがつけられている。このまままっすぐ渡殿を行けば巫女の言っていた西の離れに到着するが、分かれ道となるきざはしの先には半分を埋め立てたような奇妙な建物があった。
「土牢…ですかねえ。こんな場所があるとは聞いていませんでしたが」
気にかかったのはあくまでノーシの勘だった。
『無人じゃないと思います。あそこから術の力が流れている気がする…絲の力を使う人があそこにいる。それになんだか、アルヒ様の気配の残滓が感じられる気がする』
まわりの様子をうかがうが、あまり人が立ち寄る様子はない。とはいえ、建物の雰囲気からして、こういう場所に入っていくのはよく目立つ。
見咎められたらと思うとアイレは芯から震える思いだ。
「堂々と入ってみましょう。今の『私』は天真爛漫な神官見習いです。好奇心にかられて入っちゃいましたごめんなさいでごまかし通しましょう。怒られるだけで済めばしめたものです」
『…うん』
アイレが決心をかためるのを聞き、ノーシが足どりも軽く踏み出しかけたときだった。
『だめ、隠れて!』
アイレが叫ぶ。それこそアイレの直感だったが、ノーシはすばやく反応して引き返し柱の陰にすべりこんだ。




