第36話 過去へ〈中編〉
あれから10日が過ぎた。
地球ではどうやら能力は使えないらしい。
あれから《物質の王》を使おうとしたが使えなかった。
棒切れを使って《剣術》を使ってみようとしたが使えなかった。
わざわざ《剣の秘術》では無く一段階落としたのに、だ。
下位スキルすらも使えない。
これはもうここではスキルが使えない、ということだろう。
そして俺もようやくスキルが存在しない平凡ながらも幸福な日常に慣れてきた。
もちろん、慣れたというだけであって、異世界に戻りたくないとは思っていない。
今も俺の仲間達が戦っているかもしれない。
……いや、10日も闘い続けれるわけないか。
誰かが負けて捕まってるかもしれないし。
だったら俺が一刻も早く戻って助けないと。
現状、不可能なんだけどね。
手段が無い。
方法も分からない。
望み薄だが、ここに来た時と同じように突然戻ることに期待するしかない。
地球での生活は転生する前とあまり変わっていない。
寝て、学校いって、帰ってきて、寝る。
こんな感じだ。
因みに記憶はいつの間にか全て思い出していた。
だから皆との齟齬も、最初の慣れていない時に会った親友二人としかない。
今日も学校に行く。
いつもの自転車で家を出発する。
電車通学の二人とは登校出来ないため、ぼっち通学だ。
……まあ慣れてるけど。
「おはよ〜」
学校に到着。
チャイムギリギリに教室に滑りこむ。
親友二人の呆れ顔を見ながら席に座る。
そして流れるように一時間目が始まる――。
地獄のような50分を耐え抜き、一時の遊楽に身を委ねる。
カッコよく言ってるけどただの休憩時間だ。
「ったく、今日もギリギリじゃねぇか」
「もっと早く来いよな」
貴章と白山が寄ってくる。
「間に合えば良いんですぅ〜。電車勢と違って睡眠を多く取ってるだけなんですぅ〜!」
「この糞ガキは――!」
俺が煽り、貴章がそれに反応する。
「何だよ戦るのかー!」
「良いだろう受けて立つ!」
メガネを直して俺にパンチを仕掛けてくる貴章。
こいつ、受けて立つって言っておきながら自分で攻撃すんのかよ!
完全に不意を突かれた俺はその拳を腹に――
ぱしッ!
――受けることは無く片手で止める。
これには驚いたように目を見開く貴章。
白山も驚いているようだ。
だが、俺はそこで止まらない。
流れるような動きで反対側の手、つまり左手で貴章が放ったパンチと同等の力を込めて殴り返す。
貴章は驚いて身体が停止している。
避けられるはずが無い。
「あぐッ!」
結果、無防備な腹に拳をお見舞いすることが出来た。
悶絶する貴章。
と、同時にチャイムが鳴る。
反撃のチャンスを逃した貴章は俺を睨みつけながら渋々席に戻る。
それを見てニヤニヤする俺。
異世界で生き延びてきた俺にそんなぬるいパンチが通用するわけが無いだろう!
それから超速で時間が過ぎていった。
俺がそう感じていただけなんだけど。
久々に受ける授業は辛いが、少しだけ面白かったような気がする。
何だかんだで寂しかったのだろう。
決して認めたくないけどね。
俺は授業は大っ嫌いだからな!
「ただいまー」
帰宅時間が遅い両親と部活に勤しんでいる祥介は案の定まだ家に帰ってきてないようだ。
玄関の鍵を開け、家に入る。
電気を付けて、二人と話していたゲームをする。
カチカチと続けていると違和感を感じる。
敵が弱すぎるのだ。
今俺がプレイしているのは有名FPS。
そこのあるサーバーで戦闘を行っていたのだが、俺の操るキャラが全く死なない。
それどころかHPが半分になっていない。
キル数も仲間内じゃ断トツトップ。
この仲間も俺の知り合いとかじゃなく、世界中からログインしている知らない人々。
でも何人か世界上位陣が居たから下手という訳では無いのだろう。
「……俺が上手すぎる、のか」
多分だが、あっちの世界のスキルの影響がまだ残っているのだと思う。
《並列思考》、《高速反応》ってところか。
この二つが俺のプレイングに色濃く影響している。
良いことなんだけど……。
これじゃあゲームをあまり楽しめない。
俺は諦めて、結果画面で1位になったのを確認してから、ハードの電源を落とした。
それから祥介が帰宅し、次いで母が帰宅した。
仕事が長引いていてまだ帰れない父親を除いた3人で食卓を囲む。
今日はいつもより会話が弾んだ。
寝る前は何となく祥介の部屋に行った。
あいつは夜中にも関わらず漫画を読んで嫌がった。
確かあいつそろそろテストだよな?
何でこんなに余裕ぶっこいてんだ?
ここは俺が兄として説教してやらねば!
「おい、祥介! お前テスト近いんだろ? ならちゃんと勉強――」
「さっきまでしてたんだけど。少なくともテスト前の兄さんよりは勉強してるし。……兄さんと違って頭の出来も良いしね」
こ、こいつは……!
でも当たってるから否定出来ない!
クソ、悔しいがここは引くか……。
「ゴホン! ま、まあそれは置いといてだ。――なんだ、その、お前最近どうだ?」
「突然何さ?」
「い、いや何となく気になってな」
あっちでは何も話してくれなかったからな。
その反動で弟と何か話したかったのかもしれない。
俺のそんな言葉に対して祥介は律儀に返答してくれる。
流石、全てにおいて平凡な兄を超えた素晴らしい弟だ。
心の中でしか言わないけど。
「まあボチボチだよ。野球の方は明日からテスト期間だから部活停止、ってことで最近はハードだったけど。それも楽しいから良いしね」
祥介は野球部に所属している。
俺は野球をあんま知らないが、ピッチャーをやっているそう。
聞くところによるとかなり上手いらしい。
あと、弟は成績もかなり良い。
クラスで10番以内には必ず入るそうだ。
いつも真ん中より下にいる俺とは大違いだ。
……それに加えて整った顔立ちをしてるからモテるのなんの。
チッ!
これに関しては滅茶滅茶腹が立つから止めとこう。
「そ、そうか……」
「うん。――で他に何か用あるの? 兄さんもテスト近いんだから勉強しないといけないんじゃ無いの?」
「まあ、そうだな……。でも今日は寝よ! 明日からやってやらぁ!」
「それ完全にやらない人の思考」
それ言ってて俺も思った。
……あ、明日は絶対やるよ!
心にそう決めた。
そして俺の1日が終わる。
部屋の電気を消し、ベットに潜り込む。
ウトウトしながら今日の出来事を思い出す。
今日の事だけでなくこれまでの事も。
それら全てに共通するもの。
「――楽しかったな」
平和な日常。
それに感謝する。
多分向こうではそんな "平和" など無いのだから。
ん?
向こう?
向こうってなんのことだ?
何かモヤモヤするが、何のことだか思い出せない。
直前まで覚えていた大事なことを忘れてしまったような……。
「まあ良いか」
もう目を開けてられない。
俺は夢の中へ沈んでいく――。
既に俺の頭の中には "異世界" の事など存在していなかった。
多分明日には次話を投稿します。




