幕問 堕ちた巨鷲(後編②)
もうお気づきだと思いますが、後編が分けられているのは筆者が、ここまで続くとは思って無かったからです。
本当すいません!
明後日、もしくは3日後の『後編③』で幕問は終了です。
男の姿が霞み、黒い風が吹き抜ける。
禍々しいそれは一直線に進み、進路上の門下生達を解体していく。
「う、うわあああ! く、来るなぁぁ!!」
「止めてくれぇぇぇぇ!!」
悲鳴を上げて逃げ惑う弟子。
それを追う男。
地獄絵図が目の前で繰り広げられていた。
「ぐ、ぐうううう!!」
青年は暴れる。
いや、暴れようとしている。
意思はあるが、それが体に伴わない。
四肢を動かしているつもりなのに空間が固定されているようにピクリとも動かない。
実は空間が固定されている--というのは正しい。
スキル《空間魔法》Lv4。
魔法名 "空間座標固定"。
本来、敵の攻撃を空間を固定させて防ぐ、というとっておきの絶対防御魔法。
それの応用で、敵の身体の存在する空間座標を指定して固定させる方法だ。
「し、師匠ぉぉおおお!!」
「たすけ……」
目の前で助けを求めた2人の頭部が真っ二つに割れる。
血のシャワーが青年に降り注ぐ。
視界が紅く染まる。
これの所為で将来メガネを掛けることになるのだがそれは今は良いだろう。
「………!」
呆然と倒れこんだ2人を見つめる。
--手を伸ばせば助けられたかもしれないのに助けられなかった。
自己嫌悪の念が青年を襲う。
そんな事を考えている間も蹂躙は続く。
「はははははは!!」
だから嫌でも耳に入る。
男の卑しく嗤う声が。
目尻に涙が浮かぶ。
こんな奴に、俺と弟子たちは……。
崩れ落ちそうになる身体に憤怒を漲らせ、再び身体に力を入れる。
ギリ、と奥歯が軋むような音を立てるが関係無い。
彼奴を殺せればそれで……!!
そんな時だった。
「え、これ、どういう事……?」
妻と幼い娘が道場に顔を出したのは。
娘も妻も、何が起こっているのか分からないという表情を浮かべている。
妻の顔がこちらに向く。
青年は涙を流しながら呆然と妻達の方を見ていた。
それで妻もやっと気づく。
これはニセモノなんかじゃない、と。
この殺戮は現実なんだと。
すぐさま娘の手を引いて逃げようとするが、それをするには一歩遅かった。
男が気づいたのだ。
男は青年の方を一度見てニヤっと笑った後、一瞬で妻達の前に移動する。
「はい、そこまで〜!」
黒いナイフを妻の足に向けて振り下ろす。
どういう理屈かは知らないが、脚の腱のみを切り裂くナイフ。
立っていることが出来ず青年の妻は倒れこんだ。
「ママ?」
いきなり倒れた妻に娘はヨタヨタと歩いていく。
「ダメだ! そっちは……!」
青年の声は届かなかった。
「ん? 君はあいつの娘かい?」
青年の娘は、その男に無邪気に答えてしまう。
満面の笑みで頷く幼女を見て、男は更に邪悪な嗤いを口元に貼り付ける。
無造作に血に塗れた右足を後ろに大きく引く。
そしてそのまま……。
「や、止めろぉぉぉおおおおお!!」
「はい、どーん!」
男が幼女を蹴り抜く。
それに一切の躊躇いが無いことは、その蹴りで木々がバキバキに倒れていくのをみれば分かるだろう。
青年の愛する娘の姿はもう見えない。
先ほどまで娘が立っていた場所に黄色いサンダルが片方だけ転がっている。
だがそれには、黄色に似合わない真紅が所々に--。
「貴、様ぁぁぁあああ!!」
倍以上に膨れ上がる筋肉。
青年の超大な怒りはスキルさえも吹き飛ばした。
「ヒュー、やるねぇ」
口笛を吹きながらパチパチ拍手する男。
その下には妻が青い顔をして倒れている。
再度、頭から響く堪忍袋が切れた音を聞きながら青年は修羅となる。
まずは手始めに《空間拡張》にて自身の身長の倍ほどもある大剣を取り出す。
精神干渉極大剣––––フェニックス。
使用者の精神状態で、姿を変える伝説の大剣。神器以下の兵器とも呼ばれるレベルの武器。
青年の激しい怒りに、己の相棒は反応し、刀身を紅蓮に変える。
《身体強化》Lv6、《破壊》Lv2のありったけの力を込める。
そして《剣術》Lv6にて覚えられる『残像剣』を放つ。
残像を残し高速で接近する青年に、男は自らの左手を青年に向ける。
「下賜スキル《超越人化》……『徹甲手』」
ガキィィン!
「なッ!?」
青年にとって驚くべき事が起こった。
自身の倍もある炎剣が、男の鈍色に輝く右手だけで受け止められていたのだ。
男を侵食しようと紅蓮の焔が巻きつくも、鈍色の光の前に一瞬で消え去る。
「くッ!」
「お前程度じゃ、この装甲は破れんよ。だから指咥えてそこで見てなって。……お前の大事な人が傷つけられていくのをさァ!」
男の右手が青年のフェニックスの炎を消しとばしていく。
必死で青年が引き剥がそうとするも、右手で掴まれており、万力の如く全く動かない。
ギギギ、と刀身が悲鳴を上げる。
男が剣をへし折ろうとしているのだ。
それも、右手の握力だけで。
「--この力はさぁ。俺の主人が俺に与えてくれた絶対の力クラスのスキルなんだよ。《超越人化》、この世界に存在する化け物共の力の一端をその身に宿らせる能力。因みに今使っている『徹甲手』の素材は "メタルタイガー" と "腐食虫" っていう奴らだ。だからお前の剣の炎が消えていってるのは腐食の効果なんだよ。《破壊》が載っているそのバカ力を抑えているのはメタルタイガーのこれまた阿保見たいな防御力。……どうだ? これで納得したか?」
男の演説が終了する。
と、同時に。
ペキンッ
青年の愛剣の刀身もへし折られた。
「うらァ!」
「ッ! グフッ……!」
刀身を折った力そのままに向かってきた鈍色の拳に、青年の腹部が貫かれる。
凄まじい力の奔流が弾ける。
轟音を立てて背後の壁に吹き飛ぶ青年。
それをもう一度キャッスルガードで固定する男。
青年にそれを破る力はもう残されていなかった。