幕問 堕ちた巨鷲(前編)
予想以上に長くなりました。
男は笑っていた。
それは今相対している男--その男の弟子もまた同様だった。
そして今二人が居る場所、即ちその男の道場も他の弟子達の笑い声で満ち溢れていた。
「ちょ! 師匠何で槍使ってんですか! 素手だけじゃなかったんですか!?」
「馬鹿者! 対戦相手の言葉を間に受けてどうする! それにお前だって小太刀二本持ってんだから良いだろう!」
「いや師匠とは技も力も比べものにならないですよッ!」
言いながら弟子も笑っていた。
今は休憩時間。
稽古中では無いからこその穏やかな楽しい時間が流れていた。
「ふんッ!……これで終了だな」
「あー、負けたぁーー!!」
どんっ、と一気に腰を下ろす弟子。
それを見た他の者達の笑いを誘う。
男も笑う。
「皆さぁーーーーん!! ご飯ですよ!」
ここで女の声が道場に響く。
彼女は男の妻。
男には妻と4歳になる娘が居た。
その声に弟子達は一斉に外に出る。
そこには大きなシートと多数のバスケットが用意されていた。
「一杯食べて下さいね!」
弟子達から「いただきます!」と声が上がる。
その様子を見ながら男も「いただきます」と静かに手をあわせる。
最初に手を出したのは鳥の唐揚げ。
何て名前だったか。もう思い出せない。
口に入れた途端、カリッと衣が音を成す。
アツアツだった。それがまた美味さを一段階上へと引き上げていた。
通常、家から歩いて5分はかかるこの場所まで料理を持ってくると料理は冷めるはずだ。
だが男が食べた唐揚げは冷めてはいない。
それに男の妻だけでこの量を持つのは肉体的にも物理的にも不可能だろう。
ではどうやって二つの疑問を解決したのか。
簡単だ。スキルを使えばいい。
スキル《温度遮断》派生技能 "断冷"
スキル《空間拡張》
ここは地球では無い。
そう気付いたのはいつだったか。
男は思いを馳せる。
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違和感を感じたのは今でもはっきり覚えている。
身体が浮いているという感覚だった。
だった、というのは目が開かなかったからだ。
何故かは分からないが男が意思を持って動かそうとしてもピクリとも動いていなかった。
だが、そんな中でも一つ分かった事があった。
--白い。
感覚的に捉えていた。
つまり何となく真っ白いな、と理解していたのだ。
言葉を発せない為に自分の他に誰がいるかも分からない。
というか今まで自分が何をしていたかすら思い出せない。
深い深い眠りから覚めたようだった。
『目覚めたかしら "白雪姫"?』
そんなからかうような声が聞こえたのはいつだったか。
不意に頭の中に言葉が響いてきた。
言われた言葉を咀嚼し理解する男。
白雪姫、と呼ばれた事で自分がいつの間にか眠っていたんだと推測する。
『へぇ〜、かなり頭が回るみたいね。……これならあのイカれた女を斃せるかもね。ああ、こっちの話だから気にしないで。……兎も角、貴方は何故ここに居るから分かる? 分からないわよね。そりゃそうよアイツがこのシステム導入したんだもの。……一度教えとくわね。多分信じないと思うけど。………貴方は死亡したの。ここは曰ば "死後の世界" ってとこね』
成る程、と男は思った。
だとしたら合点がいく。
自分が以前の記憶を忘れているのは脳という器を無くした自分の記憶が流失、つまりは消滅してしまったからであろう。
『あれ? 信じちゃったの?……貴方本当に賢いのね。これは期待しても良いわね。………じゃあ本題に入りましょうか。今のはただの前提のお話よ』
そうして女神--レスカというらしい、が話してくれた所によると……。
1.この世界は地球より遅れているがスキルや魔法がある為、楽な暮らしは保証される。
2.自分は今後そこに転生召喚される。つまり死んだ元の身体で異世界--この世界に出現する。
3.貴方にはその世界で "邪悪なる者" を斃してほしい。だから餞別として上位スキルを一つプレゼントする。
4.そこには既に転生、召喚されている同郷の者、つまりは日本人が存在するので一緒に戦ってみたらどうだ? 勿論全ての転生者達がチートを持っている。
5.これは急務では無いからゆっくりとやってくれ。ていうかやらなくても良いよ。
という事だった。
詳しく訊くと自分を助けた--魂を、だが--のはレスカらしいので彼女の願いならば叶えなければなるまい。
男は決意し、女神にその事を告げた。(スキル《読心》により読み取ってもらった)
そしてスキル《成長》を貰い受けた。
そしていざ転生し、事前に教えてもらったステータス公開の術(自分しか見れない)で能力値を見てみると何故か貰った覚えの無いスキルが一つ混入していた。
スキル《暗闇》Lv8
最初から高レベルで見るからに浮いているのに何くわぬ顔でそこに存在している。
男にはそれがとても不愉快に感じた。
以降これまでずっと使っていない。
男はレスカの情報を頼りに街があると思われる方向に歩いた。
街はすぐに見つかった。
だが見るからに物騒な雰囲気がただよっていた。
門番に身分証の提示を示された時に男は戸惑い普段なら絶対にしないミス--そんなもの持っていないと言ってしまった。
生まれた時に必ず作られる戸籍表。
これが何処の街の住人にもあった。
ない者は犯罪者やそれに準ずる者のみ。
当然男は捕縛され地下牢に拘束された。
そして本当に男の素性を証明する物が無いと知り門番達は街の衛兵と警備兵に男を引き渡した。
そこで当然のように捕まり流れ作業で首に奴隷の烙印を押された。
男は奴隷市に出店された。
周りで女奴隷が売れていくなか男はその日が来るまでいつまでもいつまでも売れ残っていた。
暗い檻のなか一人孤独に耐えた。
打たれたり殴られたりは当然のように毎日行われた。
この頃だったか。
男が持つ忌まわしいスキル《暗闇》がスキル《暗黒》に進化したのは。
奴隷商が処分を考え始めていた頃、男に転機が訪れる。
「ふむ。……彼を貰おうか」
そう言ってくれたのは初老の男性。
いくらか声が弾んでいるようだった。
彼は地方の小さい道場の道場主だった。
そこで彼は男に一通りの武術を教えた。
弟子は男を除いて3人しか居らずその3人も奴隷紋が付いている男の事を軽蔑しなかったので男はどんどん武術を吸収していった。
それから6年が過ぎた。
転生時、少年から青年に変わりかけといったような容姿をしていた男は見事な好青年に成長していた。
あたかも男がレスカに与えられたスキル《成長》の効果もあるかのように。
男は師匠からその道場の道場主を受け継いでいた。
男の道場仲間であった3人は貴族の武術教師だとかボディーガードだとか良い仕事に就いた。
その際には男もお祝いにいった。
師匠も含め5人で朝まで飲み明かした。
丁度その頃だった。男に妻が出来たのは。
師匠によく連れて行ったもらった酒場。
そこの看板娘だった女性と結婚したのだ。
彼女が冒険者に絡まれているのを男が助けたのがきっかけだった。
子宝にも恵まれこの世界で一人の父親になった。
どこから聞きつけてきたのか4人がやって来て盛大に身内だけで飲みまくった。
道場も盛況だった。
男の前任者、つまり師匠、の時代より圧倒的に入門者が増えたのだ。
それはやはり男の仁徳の為す技で、困っているのを助けたり、ギルドの依頼で村を守ったり。
どんどん入門者は増えていった。
同時に道場破りも現れ始めた。
昔は小さい道場だった為どこからも目をつけられていなかったが最近の様子から目をつけられ始めた。
それを男は全て返り討ちにした。
中にはランクB冒険者や元有名道場の師範代などもいたが全て倒してきた。
そこで付いた異名が "巨鷲" 。
スキルも色々入手していき最近では《破壊》等の上位スキルも入手していた。
また本人は気付いていないがユニークスキルの兆候まで出始めていた。
鷲の如き多大なプレッシャー。
それを目にした者は一瞬にして闘志をへし折られるという。
男は満足していた。
これほどに幸せなことがあるだろうか。
家族に恵まれ、友人に恵まれ、弟子に恵まれる。
戦闘能力が第一のこの世界では男は上位の方に存在している。
それは周囲も知っているし男自身も知っていた。
兎に角、男は満足していた。
レスカとの約束を忘れかける程度には。
だが平和はいつまでも続かなかった。




