第30話 祥介side後編 ー決着ー
祥介がやるべき事ーー即ち、仲間たちとの合流である。
敵の数はまだ分からないが、祥介以外が多対一の状況ならば非常に不味い。
特に、赤嶺。
彼は祥介達の中でもかなり弱い。
そんな彼が今しがた祥介と戦っていたような奴と戦るのなら勝機はない。
一刻も早く合流しなければならないのだ。
「くそっ! 無事でいてくれよ!」
祥介のスタミナはほぼ無い。
先の技ーー〈滅炎〉でかなりのスタミナを消費してしまったからだ。
更に左目に重傷を負っている。
未だに左側の視界は見えない。
「……っ! 限界だったか……」
祥介の持っていた刀が溶け落ちた。
ジュワァァと地面に黒いしみを残して消えていった。
仕方ない、と《空間拡張Lv6》から予備の刀を取り出し右手に装備する。
これで一先ずは大丈夫だろう。
後は……。
「……るな……」
「ん?」
何処からか声が聞こえる。
祥介は訝しげな声を出す。
「……ふっざけんなっ!!」
「っ!?」
祥介に向かって毒々しい紫色の塊が飛んできた。
咄嗟に右に跳んで回避する。
「今の攻撃は……まさかっ!」
祥介は奴がーー無動が倒れていた場所に目を向ける。
やはり、というべきかそこには無動が立っていた。
いや、無動だった者が立っていた。
それは人型で紫色のスライムだった。
スライムなので目もなければ鼻もない。勿論口すらも見当たらない。
もう完全に人では無くなっている。
グチュッグチュッ
おぞましい音を立てながら奴は更に形を変えていく。
内から湧き上がるように粘性の物質がどんどん質量を増やしていく。
それは更に肥大化し……巨大なスライムとなった。
人型ですら無い。
ただの紫色の巨大スライムである。
ただ一つ残っていた原型の小さいリーゼントをプルルンッと揺らしながら祥介の方に迫ってくる。
ピュッ! ピュッ! ピュッ!
毒の塊が連続して祥介を襲う。
「……!? くそっ!」
咄嗟の行動だった。
何故そうしたのか自分でもわからない。
祥介は迫ってくる毒の塊に向けて《空間拡張Lv6》を展開した。
毒の塊が飲み込まれる。
全て飲み込まれた所で《空間拡張Lv6》を解除する。
「やった……こんな事が出来るんだ! これなら今の状態でも逃げる事くらい……!?」
ジュワアアアア!!
そんな何かが溶けるような音が突然虚空から聞こえてきた。
なんだ? 何が起きた?
祥介が疑問に思っていると、それをシステムの声が解決してくれた。
『スキル《空間拡張Lv6》とユニークスキル《蠱毒》の ”猛毒塊” の対消滅を確認しました。スキル《空間拡張Lv6》は消滅しました』
絶句する。
それにつられて動きも停止する。
それほど衝撃的だった。
「スキルが消滅……? そんな事があり得るのか!?」
思わぬ事だった。
たかだか一つの技程度でスキルが解体されるなどあり得ないことなのだ。
それこそ今回が初事例だろう。
「ヴォォォォッ!!」
呆気にとられているとスライムが大声で叫んだ。
と、同時に、スライムと祥介の周りに紫色の障壁が展開された。
半径2kmほどだろうか。
それが祥介とスライムを覆った。
「僕をここから出さないようにするためか」
祥介は刀にエンチャント〈災火〉を施す。
それを両手で構える。
スライムが蠢きながらのそのそと祥介の方に向かってくる。
1kmをきった所でスライムの方から仕掛けてきた。
身体のいたるところから固まった槍状のスライムを射出してきた。
「……多すぎない?」
避ける隙間が無いほどに。
祥介は疲れている身体に鞭打って最小限の動きで刀を操り槍をいなしていく。
正面の槍を右に逸らすとすぐに上下左右から新たな槍がやってくる。その槍を斜めに跳ぶ事でギリギリ回避し、すれ違いざまに襲ってきた4本の槍を纏めて薙ぐ。
そんな息を吐く暇すらない濃密な戦闘を祥介は最小限のスタミナでこなしていく。
当然、全て回避した後は全身に傷が付き、息が上がっている状態だった。
「ハア……ハア……!」
だが奴はそんな事お構いなしにすぐに襲ってきた。
スライムは祥介の目の前まで来ると、身体を分裂させた。
そして片方が空に跳躍し、片方は全身を先ほどの槍状に変形させる。
「なるほど……槍で時間を稼ぎ、質量で圧し潰す作戦か」
即座に敵の狙いを看破する。
だが……。
「これは不味いな……避けられない!」
先ほどの3倍はあろう槍の大群と上からどんどん迫ってくる風切り音は今の祥介には回避する事も迎撃する事も不可能だ。
それどころか
「……っ! しまったSPが!」
エンチャント〈災火〉が祥介自身のSP切れにより消えていってしまう。
ヴォォォォッッッッ!!!
槍の大群が一斉に祥介に襲いかかる。
それはまるで腹ペコの虎の大群の中に人間の赤子を放り込んだような凄惨な状況だった。
グシャ! バキョ! ドパァンッ! ブシャアア! ズドンッ! ベキッ! スパァンッ!
潰され、抉られ、切り刻まれ、貫通される。
手足が、顔が、内蔵が、心臓が。
そして……
ズドッッッッッン!!
死の塊が降ってくる。
地面に高速で衝突したそれは自身の身体すらも分解させて祥介を圧し潰す。
辺りに飛び散る紫色の塊。
よく見るとピクピク動いている。
それを確認した槍を出した方のスライムは今度は触手を生み出し、散らばった紫色の破片を回収する。
その中で微かに赤い色のスライムが混じっていた。
それは紛れもなくーー祥介の血だった。
いや、祥介だった者の血、だ。
それほど原型を止めていなかった。
もうここには何もーー赤い液体がこびりついたスライムも回収されてーー何も残って居なかった。
それに満足したのかスライムは移動を始める。
ここより北の方角から出てくる真っ黒いオーラにつられて。
もう祥介の事などスライムからは吹き飛んでいた。
「……残念だったね」
その声は何処からか聞こえてきた。
だがスライムはそれを空耳とし、一考の価値無しと考えた。
何故ならその声は……祥介のものだったからだ。
だからこそーー
「君はここで終わりだよ」
スッパァァッッン!
ーー巨大スライムは炎の一刀のもと、真っ二つにされて燃え尽きたのだった。
「ふぅ。……慣れなくてSP使いすぎたな」
何故祥介が生きていたのか。
それは簡単だ。
真も使ったことのあるスキル《分裂Lv1》を使ったのだ。
入手したのはついさっき。
無動を倒した時だ。
その時、心臓を炎で焼き虫の息だった無動を見て、「こいつを見る係と兄さん達を探す係が欲しいなあ……あーあ、僕が二人だったらなぁ」と思ったら、
『干渉を確認。スキル《分裂Lv1》を入手しました』
と出てきたのだ。
祥介は驚き、真に飲ませた事のあるSP回復薬を飲みながらせっかくだから使おうと考えて使用していたのだ。
そして、いざ本体である祥介が探しに行こうと思っていたら無動が突然スライム化し、今の状況に……となったのだ。
《分裂Lv1》で作った偽者の方は《分裂Lv1》で使用したSPからスライムと戦い始めた為、その後もう一度回復薬を飲んだ祥介とはSPに差があったのだ。
なにぶん、手にしたばかりのスキルだったので制御が上手くいかず、SPをかなり消費してしまったのだ。
そして分身の方はあの有様だ。
つくづくここに残って良かったと思っている。
もし放置しておいたら……おそらく他の人たちを襲いにいっただろう。
現にさっきデカイ力を感じた方に歩んでいこうとしていた。
「多分あの力は兄さんだ。……だとしたらあれほどの力を使わなければ勝てない相手が……。こうしちゃいられない! 急いで向かわないと!」
祥介は更に回復薬を重ね飲みすると全力疾走で真の元へ向かったのだった。
因みに左目は快復薬の方で一発で治った。
偽者は先の通り潰されたままだったけど。
そして、残されたのは炭となったスライムとガラス化した地面だけだった。




