三毛猫の手記 裏
陽だまり横丁三毛猫の手記の裏話の為、作中は夏です。
8月4日 呪われているのではないかと思うほどの猛暑。
暑い。暑い。勘弁してくれ。真木、氷、白雪等、はぐはぐきーんまでは同じだから割愛。クロが来た。
客が入るには少し早い時間だった。暑いからと店の扉は開いている。土方の男等が数人来た。側の道を直していて店からそう遠くないところに家を借りて住んでいる。
そいつ等は入ってくるなり白雪等を蹴り上げて来た。
慌ててクロがシマを咥え脇に投げ、俺は白雪を咥えてギリギリ避けた。
避けながらシマに目で着いて来るよう合図し、俺は白雪を咥えたまま真木の元へ走った。 目の端でクロが男の一人に蹴られたのが見えた。
真木にシマと白雪を任せ、店先に戻ると既に男等は居なかった。
横たわるクロの息が荒い。
「クロ」
「体、重ぇがら避げらんねがった。んだけど大したこどねぇ。なめどぎゃ治る」
蹴りは腹に二発。少しでも傷の治りを加速させようと舐める。
真木がこちらに来たのを見て、クロの傷を見せた。
『クソ、ひでぇことしやがって。《外》から来た奴らはこれだから嫌いだ。クロを病院に連れて行く白雪等も念の為診てもらう。正蔵じいさん居っかな。ミケ、お前は大丈夫だな。行くんだろう?無理はすんなよ』
あぁ、任せた。と思念を飛ばせば、真木はそれを正確に読み取る。《陽だまり横丁》に住むだけあって力は強い。その中でも真木とは波長が合った。俺は奴らの後を追った。
店から直の平屋に忍び込むと、奴らの塒へ潜んだ。ここは奴らの寮代わりの平屋だ。 クロを蹴った奴らの何人かが、調理場へと移動した。漏れ聞こえる会話に怒りが増す。 自分たちは暑い中働いているのに涼む猫が気に入らなかったらしい。
飯を待ち歓談する奴ら。思いつき調理場へと行くと、今日の昼飯は素麺らしい。大量に湯がいている途中の鍋が置いて有った。
窓から飛び降りて、目的のモノを大量に獲る。俺の力は《ソレ》を狩り操ることに長けている。
生きたままの《ソレ》を鍋の中に入れ、少し煮る。力を使ってザルにあけて水を切り、ザルのままもう一度鍋に戻す。最後は仕上げとばかりに爪で素麺を整えた。
人の来る気配に窓から外に出る。奴らが見える窓に移動すると、奴らはうまそうに麺をすすっていた。
暫く食べた所で、奴らの一人が鍋から素麺と共にすくった《ソレ》を見て悲鳴を上げた。
麺をずらせば現れたのは虫。虫。虫。バッタ、トンボ、カタツムリ、ハエ、セミ、ゴキブリ。馬鹿な奴らは《食べてしまった》のだ。
悲鳴を上げながら吐き戻そうとする奴らの口を、力を使って閉じてやった。
クロを、いや、我らが《 陽だまり横丁 猫頭 漆黒 》を足蹴にした罪は重い。
居酒屋を営む真木とは契約を結んでいる。俺の役目は虫獲り。
虫は人にとって毒なのだろう?
俺は店に虫を寄せず、たまに浮世の月街への使いを送る。そのかわり、真木は俺に寝食を提供する。
この世界には《只人の住まう 現界》があり、その上に《この世のモノではない者達が住む 浮世》がある。そしてその境目にあるのが《陽だまり横丁》だ。
ここには理より外れた者達が住む。陽だまり横丁にいる雄の猫又は月街に住む雌の猫又と共にこの世界を管理しているのだ。
《理外れ》は主に妖怪の血が混じった生き物たちの事だ。真木の本当の名は《真鬼》鬼の血を引く者だ。と、言っても純粋な鬼ではない。純粋な鬼は浮世に住まうものだからだ。
ここにいるのは妖怪との混血。真木は先祖返りでもしたのか、現界に住むには力が強すぎたらしい。そんな世界の狭間の陽だまり横丁において、唯一の妖怪が猫又なのだ。
俺の名前は《 陽だまり横丁 猫頭補佐 空五倍子 》
殺さないだけ有難いと思うがいい。錯乱する奴らに一瞥をくれ、俺は帰路についた。
店に戻ると包帯を巻かれたクロにくっつくようにして眠る子猫2匹がいた。余程怖かったらしく白雪はまだ震えている。ここに住む者達は決して猫に手を上げることは無い。
猫が担う役目を理解しているからだ。しかし《外》から来た奴らはそれを理解できない。
片目を開き意志を伝えてくる漆黒に先程した事を見せてやると、ゴロゴロと喉を鳴らして笑っていた。仕返しはお気に召したらしい。本当ならば殺してやりたかったのだがな。人の世はたった五、六人居なくなっただけで大騒ぎする。大げさな生き物だ。あんなにわんさかいるのだからそれくらいいいだろうに。
帰ってきた俺に気付いた真木が、安堵したように小さく息を吐き、焼き鳥を多めにくれた。
数時間後、土方が何人か病院に運ばれたらしい。
『ミケ、お前何したんだ?』
『なぁ~ぉ?』
それは知らぬが仏だろう?
笑んだ俺に、真木が苦笑いを返した。
** 以上 表へ **