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第六章 「恐怖を知った少年」

〈恐怖を知った少年〉

俺は、ずっと「恐怖」というものを知らなかった。

ガキの頃から裕福な家に生まれて、それなりに良い教育を受けていたからかもしれない。

外に出ても、いつもガードマンみたいな奴が付いてくるし、そいつらはいつも俺を狙うやつらを

密かに倒していた。だから、俺は「恐怖」を知らなかった。

でも、「恐怖」っていうのはいつ襲ってくるか分からないものだと俺が気づくようになるのは、

中学に入ってからだった。


中学1年の入学式の日。

「坊ちゃん、気をつけて行ってらっしゃいませ」

「分かってるよ。心配しなくても大丈夫だよ。佐々木さん」

俺は、学校に着くなり佐々木さんという人とそんな会話を交わしていた。

佐々木さんは、俺の家のお手伝いさん。

俺が生まれたときからずっと、手伝いとして俺の家に来ている。

だから、幼稚園に入る時も小学校の入学式の時も絶対俺を欠かさず、送り迎えしてくれる。

とても、優しい人だ。

俺の家は、金持ち一家だ。父さんが大手メーカーの社長。母さんは、トップモデルとして働いている。

送り迎えは、いつもリムジン。たまには、普通車に乗ってみたいものだ。

まぁ、金持ちに超したことはない。

校門を入るなり、女子の群団がこちらに迫っていた。

「またか。こりない奴らだな!」

俺は、なぜかは知らないがとにかく、女子にモテる。

俺のどこが良いのやらわからない。

金持ちだからかもしれないし、性格が良いとか外見がとかなんだかんだで「好き」という

気持ちを作り上げる。

それが、仮に冗談半分で「好き」と言われようが構わない。

どうせ、フルんだから。

幼稚園児の時も何度か告白されたが、俺は決まって「無理」という言葉で済ませていた。

なにせ、俺は「恋愛」なんてものには、一切の興味も関心もない。

校門を歩いているだけで、女子がわんさかやってくる。

「霧崎君、私と付き合って」とか「友達になろうよ」とか俺の耳元で女子の声が聞える。

そんな時は、俺は決まって走る。この場から抜け出すには、それしかない。

走って、走って、走りまくる。

俺が逃げると、女子は必ず追ってくる。だから、見つからない場所に隠れなくてはいけない。

それは良いとして、入学式の日にこんなことになるとは、俺は少し油断していた。

俺の噂は、他の学校にも広がっている。

それこそ、いい迷惑だ。勝手に他人の個人情報や顔写真を他の学校にばらまくなんて。

俺がそれを知ったのは、昔からの幼なじみの坂野泰介がそのことを教えてくれたからだ。

泰介は、俺とは別の小学校に通っていた。

俺は、有名な小学校。泰介は、いたって普通の小学校。格差があるのは、見ただけで分かる。

俺が金持ちだというのに、泰介はとても仲良くしてくれた。

毎日、学校に行く前に俺の家に寄って行く。そして、一緒に登校。

丁度学校に行く道が同じだったのだ。でも、分かれ道でいつも「夕方あの場所で」と言って

分かれていた。今思えば、なんだか懐かしい記憶だ。

そういえば、泰介は俺より頭が良かった。だから、学校では優秀な奴だったと聞く。

初めて心を開けた、友達だった。いや、親友だった。

「泰介、お前は今どうしてるんだろうな。俺は、お前のこと絶対忘れないからな」

そんな、懐かしい思い出を頭の中で思い起こしていたら、いつの間にか知らない場所にいた。

走り過ぎたせいか、息が荒い。

学校の中のようだが、初めて見る場所で戸惑った。

「どこだよここ、あいつらのせいで迷ったじゃないか」

そんな愚痴を零してみる。

少し進むと、校門に戻ってきた。多分、学校を一周してきたのだろう。

いつのまにか、外には人1人いなくなっていた。

これがどういうことかは、想像できた。

「遅刻だー!!」

入学式に遅れて行くなんて、バカか俺は。

今日は、きっちりしようと決めてきたじゃないか。

俺は、教室に鞄を置き、勢い良く体育館へ急ぐ。

体育館に着くと、丁度俺の名前が呼ばれたところだった。

「霧崎 風真」それを聞くと走っていることを忘れて。「はい!」と返事をした。

すると、先生からの注意を受けた。

「ちゃんと、席につきなさい」と。

あたりまえだ。なんせ、走りながら「はい!」と大きく返事をしたのだから。

でも、俺はこれで良いと思った。

なぜなら、こんな姿を見た女子達は、俺のことをさぞかし嫌いになったのだろう。

遅刻をするし、走りながら返事をするという変人ぶり。

これで、女子は俺に近寄ってこないだろう。

それでこそ、幸せだ。俺のスクールライフが始まる・・・・はずだった。

あいつに出会うまでは、そう思っていた。


「霧崎君、友達になってよ!」

「え?あぁ、別に良いけど誰にもこのことは、内緒だぜ。」

「えー、どうして?いいじゃん言っても、そしたら霧崎君にもいっぱい友達できるじゃん!」

「いや、頼むから誰にも言わないでくれ!メアド一応交換しておくから、何かあったら連絡しろ。」

放課後の教室で俺は、彼女とそんな会話をした。

彼女は、毎日放課後俺が帰るまで、待っていてくれた人だ。

でも、いつも俺はそれを無視していた。どうせ、「恋愛」という感情でいると思っていたから。

でも、彼女は全く「恋愛」の心を持っていなかった。

俺と「友達」という関係になりたいと言ってきたのだ。

初めてだった。「友達」になりたい。「恋愛」としての「友達」じゃなくて、本当の「友達」

として、付き合ってくれる人がいるなんて、なぜだか嬉しかった。

その夜、早速彼女からメールが来た。

「今日は、ありがとう。これからよろしくね!風真君」

彼女からの言葉は、優しさそのものだった。

俺は、すぐに返事を返す。

「こちらこそ、よろしく。この事は、俺たち2人の「秘密」だからな!」

俺は、そう返した。彼女からの返事は、「はい!」の一言だった。

それからというもの、俺は彼女と毎日会うようになった。

彼女といる時間がどんなときよりも安心できた。

彼女とは、別のクラスだったが気軽に話すことができたし、何より彼女優しさが俺を包んでくれた。

その優しさからか、俺はいつの間にか「泰介」のことを忘れていた。

そして、彼女との別れの時が来た。その時、俺は「恐怖」を知った。


ある日の放課後、俺はいつものように体育館の裏で彼女と待ち合わせをしていた。

だが、俺は約束のことをすっかり忘れてしまっていた。

俺は、いつもの通り走った。

体育館の近くまで行くと、「きゃああああああああ!!」

いきなり、体育館の裏から悲鳴が聞こえた。

彼女の声だった。俺は、走った。全速力で走った。

彼女の名前を心の中で叫びながら走った。

俺が辿り着いたときには、彼女の姿は残酷なものに変わっていた。

辺りには、彼女の血が飛び散っていた。

この状況を俺はよく理解できなかった。

いったい、ここで何が起きた?いったいここで・・・・。

「あははは!いやー、良かったよ。さっきの悲鳴は最高だったねー!君もそう思うでしょ?」

突然、誰かの声がした。上の方から、はっきりと聞えた。

「何が、最高だよ。彼女に何したんだよ!」

「えー、何って殺してあげたんだよ。全ては、君のためだからね!風真君」

「なんで、俺の名前を知っている?」

「僕は、なんでも知ってるよ!君が幼い頃のことも全て知ってるんだ!」

彼、というか女の姿にも見えるが、とにかく彼にしておこう。

彼は、俺のことをずっと昔から知っていると言った。

なぜだかは、分からない。俺は、こんな奴に会ったこともなければ話したこともない。

でも、なぜか彼のことは知っているような気がする。

何処かで会ったか?思い出せない。

「あれー、もしかして僕のこと忘れちゃった?そりゃーそうだよね。僕は、君の記憶の一部を

 預かってるんだからさ!」

「記憶の一部?なんだそれは?」

俺は、彼女のことより、そっちのほうに首を突っ込んでしまった。

俺の「記憶の一部」。その、記憶にはどういう物語が詰まっているのだろう?

そんなことを思った。

「君に返してもいいけど、後悔しない?この記憶は、君にとって悲劇な記憶だから」

彼は、突然そんなことを言った。

「後悔?なんで、そんなことを聞く?」

「えっ、なんでかって?それは、返してから分かるよ。僕が預かっている記憶は、君の親友の記憶と

 君に宿っている力の記憶だ。君がそれを思い出すとどうなるか、僕には分かる気がするんだ」

そういうと、彼は俺の目の前まで迫っていた。

あんなに高い塀をどうやって越えたのだろう?

「返して欲しい?それとも、このまま返さなくてもいい?2つに1つだよ」

俺は、迷った。返して欲しい気持ちも半分。返してもらいたくないような気持ちも半分。

それでも、このまま何も思い出さないままいるのも、後々後悔する気がした。

俺は、迷った末。「返してくれ!その、記憶の一部を」

記憶を返してもらうことに決めた。

「やっぱり、君はそうくるかー!いいよ、返してあげる!」

そういうと、俺の頭に手を置いた。

俺の頭の中に流れて来たのは、知ってはいけない。いや、知りたくもなかった記憶だった。

頭の中に直接、声が聞えてくる。俺と泰介の会話がそのまま聞えてくる。


「風真。俺、もう生きていけねぇーや。だってよ、自分の未来が決まってるならもう、生きようとは

 思わねぇー!お前もそう思うだろう?風真」

「何言ってるんだよ?俺には、何がなんだか分からねぇーよ!何かあったのか?」

「お前、気づいてないのか?お前のせいで俺は、こんな思いをしなくちゃいけないんだ!

 全部、お前のせいだよ!風真!」

「だから、俺にはその原因が分からねぇーんだよ!話してくれよ!泰介!」

「お前の、その眼だよ!」

「眼?」

「お前と眼を合わせた時、自分の未来の姿が見えたんだ。薄っすらとじゃねぇー、この目にはっきり

 移った。風真、お前自分の眼が今、どうなってるか知らないだろ?教えてやるよ!

 お前の眼は、「時計の針」のような眼をしてる!」

「時計の針?何言ってるんだよ!嘘だろ。泰介」

「嘘じゃない。本当のことだ。その眼が俺に何を見せたか知ってるか?知らねぇーよな?

 お前のその眼は、俺に「5年後、自分は死ぬ」っていうことを見せたんだよ!

 原因は、事故だそうだ。5年後に死ぬって分かってるなら、今ここで死んでも後悔しない」

「待てよ!死ぬなんて冗談だろ?頼むから行かないでくれ!俺にとってお前は、大切な親友なんだ!」

「親友か。お前とは、長いこと世話になった。風真、お前は、自分のやりたいことを貫け!」

「泰介ーーーー!!」

「さらばだ、親友よ!」


この記憶は、残酷だった。いままで忘れていたと思っていた記憶。泰介は、どこかで生きているという

記憶。全てが、違う記憶だった。

俺が、いままで思ってきた記憶とは違う記憶。

なんで、こんなことになった?どこで、そうなった?

俺は、考えた。悩んだ。正しい記憶が戻ってきたことの焦りと戸惑い。

その全ての感情が俺自身を飲み込んでしまうかのように、押し押せてきた。

「どう?記憶が戻った感想は?あれ、もしかして後悔してる?知らなきゃよかったって思ってるでしょ

 今。でも、風真君が返してって頼んだよ!僕は、何も悪くないもんねー!」

彼は、俺に嫌味のような口調で言った。

俺は、その言い分に怒りを覚え始めた。

「ふざけんな!!何なんだよ!この記憶。これは、本当のことなのか?お前が作ったんじゃないのか?」

「変な冗談は、止めてよー!その記憶は、間違いなく君のものだよ。僕は、記憶を預かることしか

 できないんだ。作り変えるなんてできないよ。」

俺は、それが本当なのか嘘なのか分からなかった。

ただ、考えても分からなかっただけなのだが、俺は「恐怖」を初めて知ったような気がした。

そう、俺は「恐怖」を知らなかったのではなく「恐怖」を奪われていたのだ。

俺の中にあった全ての「恐怖」をこいつに奪われていたのだ。

「何で、記憶を盗んだ?意味があんのか?」

俺は、こいつの目的を知りたかった。

こいつが、何かをたくらんでいるとするならそれもアリだ。たくらんでないとするならそれもアリ。

「僕は、君達人間の願いを叶えてあげてるんだよ!分からないかい?人間は時にこんな願いをするんだよ

 「こんな記憶、欲しくなかった」ってね!だから、僕は君達の記憶を無くしてあげてる。

 僕が預かってあげてるんだよ!少しは、感謝してもらいたいな。」

人間の願いを叶えている。それもアリか。でも、こいつのオーラは、不思議だな。

この俺でも分かるほどのオーラだ。

ふと、俺は泰介が言っていた「時計の針」のような眼のことを思い出した。

泰介が言っていたことは何だったのだろう?

「おい、お前俺の力について、どこまで知ってる?」

俺は、こいつから教えてもらうことにした。

今、この状況で教えてもらえるかどうかは、分からないがそれでも知っておきたかった。

自分自身のことだから。

「う~ん、そのことはまだ教えられないな、君がどうしても知りたいと思ったなら、

 自分自身に問い質してみることだよ!君のことは、君自身が知っているんだからね。

 それじゃー、僕はこの辺で失礼するよ!また、会うことになるんだけどね。

 僕の名前は、カタロス。じゃーね、坂野風真くん。」


俺は、あいつがいなくなった後のことを覚えていなかった。

「自分のことは、俺自身が知っている?」

ずっと、そんなことを思っていた。

これから、起こることが分かるような気がした。

「泰介、ごめんな!全部、俺のせいだったな。」

俺は、空に向かってそんなことを呟くのだった。







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