9 それぞれの言い分(4)
三人の求婚者と初めて顔を合わせた後のことは、とても素面では語れない。
父はひたすら威厳ある傍観者に徹し、私はとにかく居心地の悪いときを過ごすことになった。
私の求婚者たちは、大変に美しい容姿をしていた。
この点は断言できる。三人の貴公子は、最高級の美貌を持っている。
最悪の状況にいながら、私は気が付くと純粋な賞賛をこめて見入っていた。
しかし、三人の貴公子はライラ・マユロウたるこの私の夫候補に名乗りを上げただけあり、一言で語り尽くせるような人間ではなかった。お互いに私に求婚している存在と知ると、こともあろうに腹を割って話し始めたのだ。
「下世話な言い方をすれば、私はライラ・パイヴァーを母に持つ。父たるカドラス伯は、このマユロウと中央街道の平安を保ちたいと考えている。……利益を分けるかわりに、マユロウ家の軍事力をあてにしているということです。その見返りの一つがパイヴァーというわけだ」
カドラス家のルドビィス殿は、華やかな美貌とは落差のある鋭い目でゆったりと座を見回した。
その物言いも、あまりに華麗な容姿とはかけ離れているほど不遜だ。
それがカドラス伯の血によるものなのか、パイヴァー家の血なのか、私にはよくわからない。
ただ、当事者である私を目の前にして平気で下心を口にできる人物であり、私がわずかに出してしまった表情を見て優しく微笑むような感覚の持ち主というのはよくわかった。
「我がエトミウ家は、ライラ・マユロウにいらぬ恥をかかせてしまいました。それを償うべく、ライラ・エトミウの子たる私が求婚します。やはり不穏な芽は完全に摘んでおく必要がありますからね」
エトミウ家のメトロウド殿は、優美な仕種で顎に触れ、穏やかにそう言った。
繊細な容姿にふさわしい言動に思えるが、私にはとりあえずマユロウ家と仲良くしたいだけだという傲慢さともとれたし、自身が婿に入るかわりに境界付近の領地はエトミウに、という思惑が見えるような気がする。
いや、そう気付かせているのだろう。
騎士が剣の柄に手を置いてさりげなく威嚇するのと同じだ。ハミルドの従兄のはずだが、実にエトミウらしい人物だ。
「私は皇族の末端にいるが、私自身の財はほとんどない。マユロウ家は都からも遠いですからね。安定した優雅な生活と、政争から離れた平和は何物にもかえがたいと思っています。マユロウならば、軍事力もあるから私を守ってくれるだろうと期待しています」
皇帝陛下の甥に当たるファドルーン様は、人形めいて見える整った顔なのに、言葉は妙に生臭い。
それに、マユロウが都から遠く離れているからという理由で選ばれたかと思うと、あまり嬉しくはない。吟遊詩人たちがこぞって歌にした婚約者に捨てられた一件が、この気高い血を引く方の興味を引いてしまったことは間違いないだろう。
よく見るとかなり若いようだが、その彫像のような外見に合わず、かなりすれていると見た。
それぞれの外見とはどこか異なるような、間違っても求愛する相手に聞かせるべきではない発言だった。
普通のたおやかなご令嬢なら、この時点で失神している。それくらい、麗しい容姿の殿方の辛辣な言葉は衝撃的だ。
もちろん私は、この程度のことで失神するような女ではない。逆に予想外の展開に興味を持ってしまった。
そういう効果を狙ったのなら、最初に口を開いたルドヴィス殿は相当の策士だ。
その流れに自然に乗ったメトロウド殿は、やはり私の性格をエトミウ伯からよく聞いているのだろうか。
しかし狙ってのこととしても、ファドルーン様の物言いはあまりにもひどいと思う。
そんなことを考えつつ、私はひたすら黙していた。
口数の少ない女を演出したわけではないし、がらにもなく恥じらって見せているのでもない。
「婚約者に捨てられた女」として同情を買っていたときもそうだが、言うべき言葉が見当たらないとき、私は敢えて口を開くことを選ばない。拙い言葉しか出てこない口下手だからだが、うまい言葉が見つからなくても頭は動く。当初の予想より興味深いとは言え、この苦境をどうやって乗り切るかを考える。
だが今回は、考えても考えても、この最悪の事態を好転させる名案は思いつかなかった。
お互いに腹の中を見せた三人だから、今更足を引っ張りあうことはしないと思うが、かと言って三人が同時に揃っている状況を嬉しいとは思えない。
困った……。
こっそりとため息をついて目を動かすと、父が今にも鼻歌を歌いそうな目をしていることに気が付いた。こういうときはろくでもないことを思いついている。
「お三方。私の提案を聞いていただけますかな」
父は、自分の発言を歓迎していない私を敢えて無視し、三人だけをゆったりと見渡した。
「三人の方の前ではどんな態度の差も許されまい。お三人はいずれも素晴らしいお方ばかり。どなたを選んでも我がマユロウ家にとってはよいことばかりですが、こういうときにこそ娘の意志が尊重されるというもの。全ての意味においてですよ」
どうやら父は、私に選択権を完全に押し付けるつもりらしい。だが、父の発言を止めるようないい言葉はまだ見つからない。
「それで私は、娘に一日に一人ずつお会いしていただくことを提案します。お三人は、それぞれ三日に一度娘に会うのです。お互いによく理解できるでしょう」
私は発言をあきらめた。
何とも傍観者らしい言葉ではないか。
毎日毎日、中二日で同じ人に会うなんて、私にとっては拷問にも等しい。お互いに理解しあったところで、私を気に入るような物好きがいるとも思えない。
父はつまり、困惑する私を肴に酒を楽しむつもりなのだ。
だが、父の提案にも一理ある。
政略尽くして結婚相手を選ぶとして、お互いにどの程度のルールを作れるかがあらかじめわかりあえる、という点では悪くない。
身もふたもない言い方をすれば、愛人をどこまで容認できるか、などだ。こういうことは重要な問題になる。私が愛人を作るような性格でないことは当然として、夫となる人がどういう考えを持っているかで長い夫婦生活は変わってくるだろう。
父のように側室を何人も持つタイプか、義理堅く正妻一人あるいは側室一人で終るか。次期マユロウ伯の夫にそんな自由が許されるのかという問題はあるが、過去に前例がないわけではないのだ。
しかし……こうなったら誰かを選ばなければならないが、一体どうやって選べばいいのだろう。
私はうんざりと天井を見上げた。